祝福の儀
前回のあらすじ~
「気品が足りぬ…か」
(かといって言うて聞く者でもなし。縛り上げて無理矢理に覚えさせてコンディションを悪くさせることも出来ぬ。ともなれば…)
「う~、寝た気がしねー…」
あの日よりサーガは悪夢を見続けている。そのおかげかどうか、大分その身の振り方から粗野という言葉が削げ落ちていた。完全ではないが。
ベッドから下りて少し体を動かすと、頭がすっきりしてくる。旅慣れた体に高級ベッドなど最初は違和感があって寝付けにくかったものの、さすがに何日と続けば体も慣れてくる。慣れ過ぎても後戻りが出来なくなりそうで怖いものがあるけれども。
クロムの教育もあり、夜中にディアナとサマーラに襲われずにすんでいるのは有り難い。しかし2人は今獣王国までお使いに出ている。
婚前祭も無事に済み、サーガはマリエラ一行と共にすでに聖教国へと入っていた。作戦も終盤を迎えている。それを伝えるためと2人の身の安全を考え、マリエラが2人を獣王国へと帰したのだ。マリエラ達が無事に帝国へと帰還を果たした時、また2人は来る予定となっている。そこにサーガの姿があるかは分からないが。
起き抜けに生粋の貴族であるならばここで手を打って合図を出し、使用人に着替えを手伝ってもらうところかもしれないが、生粋の庶民であるサーガはささっと自分で着替えてしまう。使用人達も知ったもので、そんなものだと早々に受け入れてくれた。有り難い事だ。
食堂へ行くと、すでにマリエラが席に着いていた。
「うっす」
「そこはおはようだ。サーガ」
軽く小言をいただきサーガが席に着くと、すぐに料理が運ばれてくる。
クロム教育のおかげでサーガの食べ方も見えるものになっている。最初は抵抗していたサーガだったが、クロム教育、最早洗脳とか催眠とか言った方が合っている気もするが、条件反射で体が反応するようになってくると、抵抗の意思ももぎ取られた。まさに操り人形と化している気がする。
「何よ? 緊張してるんか?」
気の知った者達のいる間だけだが、わざとぞんざいな口調をするのは、サーガのせめてもの抵抗である。
マリエラの箸(この場合スプーンやフォークなどではある)がいつもよりも食事が進まないマリエラの様子を見てサーガが声をかける。
「ふ…。私ともあろうものがな…」
その顔は少し青ざめているようにも見える。
これまでにも権謀術数を巡らせ、女帝となるためにいかな手段も厭わなかった彼女でさえも、世に聖女と崇められている者を暗殺しようとしている事に少し気後れしているのだろうか。
「マリエラ様は知らなかったでいいだろ。犯人は俺達なんだから」
「それを引き込んだ原因となるんだぞ。奴等の陰謀を阻止するためとはいえ、関係各国から浴びせられる非難は相当なものとなるだろう」
後始末のことを心配しているらしい。
「それらしい奴等はあいつが間引く手筈になってんだろ? 証拠もあがってんだし」
魔薬の成分もほとんど解析され、それを流していた者達もある程度捕まえた。自殺しようとした者達はクロムの催眠にかかり、今はお喋り人形にされている。
「まあな。下地も作ってはいる」
話を聞いてくれそうな関係機関にはすでに手を入れ、少しずつ味方に引き込んでいる。それでも聖女を害した国としての非難は避けられないだろう。
聖教国という国ぐるみの謀でなければ、マリエラもここまでしなかったはずだ。
「冷血女帝も女の子だったってぇわけだ」
マリエラが一瞬きょとんとした顔になる。
「たわけ」
その後は静かに食事を終えた。
「いよいよか…」
唯一1人となれるトイレと言えど、貴族のトイレとなるとどうしてこんなに広い場所が必要なのかと思うほどに広い。
「これまでのトレーニングが活かされる時が来たと言うものだの」
下に落ちる影の中から声がする。
「この地獄から解放されるのもあと少しか…」
サーガが感慨深げに呟く。
「まさに地獄だったの…。これほど覚えの悪い者もなかなかおらぬぞ」
やはり影の中から声がする。
「俺が固っ苦しいのは苦手だってのは分かってだろう」
「それでも限度というものがあるのだの」
聞いている者がいたら、どうして一人二役で話をしているのかと首を傾げるところだろう。
もちろんだが影の中に潜んでいるのはクロムである。聖教国に入る直前から今日までずっとサーガの影に潜み息を殺している。2人きりの時だけこうして少し会話をするのであった。
「式典の最中にお前が主要関係者を行動不能にするってことでいいんだよな?」
「聞こえは悪いがまあそういうことかの。結界内に入ってさえしまえば、我が輩は影から影へ移動出来る。頭の中も覗き放題故、加担している人物は我が輩が速やかに片付けてしまおう」
「そんで最後に聖女様?」
「上手く行けば我が輩がそのまま片付ける事も出来よう。しかし、…もし我が輩が躊躇ったりしたならば、頼む」
「あいよ。ち、もっとふっかけときゃ良かったな~」
「10億だろうが100億だろうが用意できたが?」
「ふっかけときゃよかったなー!」
悔しそうに言いながら、サーガはトイレから出て行った。
神殿へと向かう通りは花吹雪などが舞い、華やかなものだった。
他国の王がまだ結婚まではしていないが、ほぼ結婚が決まったような婚約。それに聖女が祝福をかけるということで、聖教国一丸となって2人を祝福している。
狭い馬車に閉じ込められる形になりソワソワしつつも我慢して、サーガが大聖堂の方へと運ばれていく。
「本当に馬車が苦手だな」
呆れつつマリエラがサーガを見ながら言った。
「普段は徒歩か飛んでるかだしな。乗合馬車っつってもこんな四方壁だらけじゃなくて風通しの良いもんだし。こういう囲まれてて狭い所はソワソワする」
外を眺めながらなんとか誤魔化し誤魔化ししつつ、大聖堂の結界が近づいて来ることを実感する。
(あれさえ潜っちまえば…)
結界内に入るには事前に申請し、許可を得た証を身につけなければならない。もちろんだがすでに今日の式典の参加者となる帝国の者達はその証を身に付けている。
気になるのは影の中にいるクロムだが、クロム曰く、影の中なのだから多分問題ないだろうとのことだ。サーガにはその辺りの事情はよく分からない。クロムも確証はないようなので、不安は残る。
大聖堂に入ってしまえば、聖宮に潜り込むのは難しくなさそうだとも言っていた。つまりその間にクロムが仕事をこなすのだろう。
少し緊張しつつ、馬車が結界に近づいて行く。足元にある影に視線を落とす。これで何か反応してしまうようならば、計画を練り直さねばならない。
結界が迫る。
(・・・・・!)
特に何かが起こることもなく、馬車は無事に通り抜けた。
ほっと溜息が零れる。
馬車が大聖堂の前に付けられ、扉が開けられる。サーガが先に立ち馬車を降り、後から出てくるマリエラに向かって手を差し伸べる。
まさに洗練された完璧な仕草であった。
サーガの手を取り、静かに馬車から降り立つマリエラ。そしてサーガがそっと差し出した腕に自らの腕を絡めた。
2人が並び立ったことを確認すると、扉の前にいた2人の侍女が大聖堂の扉を開け放つ。
「行こうか」
「ええ」
聖女の祝福を受ける為に、2人は並んで大聖堂の中へと入っていった。
大聖堂と言われるだけあって広い空間に、サーガは気付かれないくらいに小さくほっと溜息をつく。
別に閉所恐怖症というわけではないが、風の気質を持つ者にとっては閉鎖空間はやはり落ち着かないものだ。
式典が厳かに始まる。もちろんだが大聖堂に入って聖女に会って「祝福します」でにっこり終わるという簡単なものでは無い。いちいち手順というものがあり、聖女が登場するまでにやれ神の祝福がどうのというとても有り難い訓示を大神官から頂く。
欠伸を堪えるのにとても苦労する。
ちらりと足元に落ちる影に時折視線をやるも、さすがに影の中まで気配を感じる術はない。いつもより影が薄く感じる気がするのは、クロムがいなくなったという事なのだろうか?
(上手くやれよ)
あの冷静沈着でいつも薄笑いを浮かべているなんとも生意気そうなガ…お子様の顔を思い浮かべる。「失敗」という言葉がこれほど似合わないと思わせる者もいなかろう。
有り難い訓示に意識が遠のきそうになるのを必死に堪えていたサーガの耳に、突然声が飛び込んできた。
『サーガよ』
ぐらつきかけていた体がピリシとなる。
「サーガ」の名を合図に、その後のクロムの話はどんなに小声でもサーガの耳に届くようになっている。
『聖宮内もくまなく調べたが、おかしい。小者達は見つかったのだが、主たる者達が見つからぬ。おまけに聖女もどこかに隠されているようだの』
隣のマリエラをチラリと見る。マリエラは神妙な顔付きで大神官の言葉に耳を傾けている。もちろんだがクロムの声は聞こえていない。
『お主の書いた地図と照らし合わせて、聖宮の一画にどうしても侵入出来ぬ場所があった。おそらくだがそこに皆集まっていると思われる』
頭の中で舌打ちする。どうやらこちらの動きに気付いている者がいたようだ。だが式典には聖女が出てくるはずだ。
『式典に聖女は出ぬのか探ったところ、本来ならば聖女が待機しているはずの場所に何やら怪しい雰囲気の女が待機しておった。おまけに此奴、何故か考えが読めなんだ。他の者も知らされておらぬのか、何やら困惑しておる。相手がどう出るかしばし見届けるしかあるまいの』
足元の影に視線を落とす。クロムはサーガの影に帰って来ているのだろうか。さすがにそこまでは分からない。
敵の動きもおかしな点があるとすれば、向こうがどう動くのか見極めなければならないだろう。
「それでは、聖女の祝福を」
大神官のその言葉を合図に、右奥の扉が開け放たれる。
そこには、1人の女が立っていた。しかし身なりからして、聖女ではないだろうことが一目で分かる。
一応女性聖職者が身に付ける衣類を纏い、頭にはベールをつけている。だが何故だろう。纏う雰囲気が聖職者のそれではない。
大神官やその場にいた儀式を執り行う神官達も困惑の表情を見せた。クロムの言うとおり、事前に知らされていなかったようだ。
「聖女様よりお言付けを預かっております」
女が恭しく頭を下げた。
「こと帝国のご結婚となればこれ以上の幸いもございましょう。よって、今回は特別に聖宮の祈りの間にて、祝福を授けたいとのことで、私がご案内を申しつかりました」
「祈りの場? しかし、あそこにこの人数は…」
大神官が辺りを見回す。控えていた帝国の騎士達も、突然のことに動揺しているようだ。
「それは大丈夫です。祝福をお授けするだけですので、お二方のみ来て頂ければ…」
「申し訳ないが、付き人もなく訪うのはこちらとしても聖女様への無礼となる。せめてこの4人だけでも連れて行って良いだろうか」
マリエラが何かを察したのか、近くにいた騎士達を指名する。
女の表情に変化は見られなかったが、その瞳が剣呑な光を一瞬宿したようにサーガには見えた。
「もちろんでございます。ではお付きの方とマリエラ様にサーガ様。ご案内いたしますのでどうぞ」
女が歩き出す。
マリエラが指名した騎士達を見回し、頷いた。そしてサーガの腕に自分の腕を絡めた。
「いいの? どうなっても知らないよ?」
マリエラ以外に聞こえないように言葉を発する。
「私の近衛騎士だぞ。侮るな」
「そ」
そして、サーガ達も女の後をついて行った。
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