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サーガとクロムの異世界譚  作者: 小笠原慎二
本編
72/81

サーガになってやろう

前回のあらすじ~

「皇族ともなれば結婚式の準備には1年以上の時間がかかるもので…」

「1年?!」(根が庶民なので貴族の婚姻制度など知らない)

「1年?!」(人に成ったはいいが時代が時代なので貴族の暮らしなど知識がない)

「おいクロム。サーガを知らぬか」

「またかの…」


仕度を終えて、調査のために聖教国へ出発しようかと考えていたクロムの部屋に、マリエラがやって来た。


「今日も式典の手順など打ち合わせをして、採寸もまだ終わっていないというのに…」


逃げ出したらしい。


「分かった。捕まえてくるのだの」

「頼んだ」


クロムの姿が一瞬にして消えた。











生け垣の隙間に身を隠していたサーガの肩が突然重くなる。


「ぅ!…」


辛うじて悲鳴を上げることを押さえ込んだ。やはり突然気配が現われるということには慣れない。


「お主…。まだ始まって3日だぞ?」


サーガの肩に乗ったクロムが、驚きのあまりに息を止めたサーガを上から見下ろしながら言う。


「ぶはっ! お、おま! 驚かすな!」

「お主が逃げ出すからであろうの」


マーキングしてあるクロムにとってはサーガを探し出すのも朝飯前だ。しかしサーガが本気で身を隠したらそれもどうなるか分からないが。


「まさに制限を掛けられることが苦手なのだの~。ここまでとは思わなんだの」

「何が言いたい」


クロムはこの世界に降り立つ前に、一応サーガのことを女神から、不信感も伴い、一通り性格や力について説明を聞いている。

風の神の力を宿し、何者にも捕らわれず、自由なる者。つまり風の本質である自由を奪われると弱体化するのだということも。


「仕方がないので1つ提案してやるのだが、聞きたいかの?」

「聞いてどうなる」

「お主が式典まで自由になる」

「お聞かせ下さい」

「変わり身が早いの…」


呆れ溜息を吐きつつ、クロムが提案する。


「我が輩がお主に化けて、式典の準備などを変わってやる。その代わりお主は聖教国へ行って情報収集をするのだの」

「是非に!」


被せ気味にサーガが答えた。

苦笑いをしつつ、クロムがサーガの頭をポンポンと叩く。


「しかし本番などはお主に出てもらうぞ? 最悪金縛りの術をかけてでも」

「え~、本番もお前でいいじゃん」

「そうとはいかぬわ。特に聖教国へ入る時には、我が輩はお主の影にでも潜んで潜り込もうと思っておるからの。お主には必ずやってもらわねばならぬ」

「お前が俺に化けて俺が従者にでも化けて行くのは?」

「聖女の御前に行けるのは女帝とその伴侶のなどと言われて、従者として行って離されてしまったら、もしもの時に手遅れになるやもしれぬ」

「くぅ…。そればかりは回避しようもねえか…」


苦い顔をしながらも、サーガは了承した。


「本番までは我が輩が身代わりになろう。本番でお主が使い物にならなければまさにただのお荷物であるからの」

「誰がお荷物だ」

「自由を奪われると弱体化するなど、難儀な体質だの~」

「そういやなんで知ってんだよ!」


サーガの顔に冷や汗が流れる。


「女神に聞いたと言ってもお主は信じまいが。ほれ、聖教国へ跳ぶぞ」

「ぬ…?」


一瞬で目の前の景色が変わる。


「では、情報収集は任せるでの」


肩からクロムの気配が消えた。


「ったく。おかしな能力だなぁ…」


瞬間移動。これほどに恐ろしい術もなかろうとサーガは思う。


「しかし…俺は、自由だ…」


顔がにやける。


「自由って素晴らしいっ!!」


るんたったとスキップしながら、サーガは聖教国の街中に溶け込んでいった。












「またせたの」


マリエラの待つ部屋に、サーガが入ってくる。


「おお、サーガ…? サーガか?」

「ほう、さすがに気付くかの」


クロムが変化を解く。


「クロムか。しかし何故サーガの姿を?」

「彼奴は言って聞くような者では無い。なので仕方ないので我が輩が身代わりになるのだの」


そう言うとまたサーガの姿に変わった。


「ほう…」


マリエラがクロムが化けたサーガを見つめる。

何故マリエラが一目でその違和感に気づけたのか。

それは気品。

普段のサーガから粗野という部分を削ぎ落とし、気品のある態度を取らせたならば、かくあろうという姿だった。


(粗忽者にしか見えなかったが、こうして見るとなかなか見える男ではないか)


普段の悪戯っ子のような笑みを隠し、上品な微笑みに。

粗野な態度を改めて、気品のある身のこなしに。

ただそれだけを変えただけでこうも違う人物に見えるのだろうかとマリエラは目を見張る。

いつも悪ガキのような笑みを浮かべているので忘れそうになるが、顔の作りもそれほど悪くはない。しっかり身なりを整えれば、それなりに見える男にはなろう。

背の高さを気にしてはいるが、そこはシークレットブーツなるものも一応存在しているのだ。


「無理だと思うぞ?」

「む? 何を考えているのか分かってしまったか?」

「彼奴に気品を求めるなどと、この世界がひっくり返っても絶対に無理な話だろうの。下手に押さえ込もうとすれば逃げ出すのがオチであろう」

「うう~ん。残念だな。それはそれで見てみたかったのだが」

「とりあえず虚像で我慢してもらうのだの。しかしそうだの…」


サーガに化けたクロムが、思案顔になりながらもマリエラに手を差し出す。その手にマリエラは自分の手を重ねる。


(こういうことも知らんのだよな。サーガは…)


サーガであれば、


「さっさとすますべ」


と、先に立ってとっとこ歩き出すか、嫌がるのをマリエラが引っ張って行くかだ。クロムのようにエスコートするような素振りは見せない。


(やはりこの男も欲しいな…)


そう考えた時、何故かクロムが一瞬ビクリと肩を震わせた。











「何をしておるのだのお主」

「見ての通り酒を飲んでいますが?」


これみよがしにグビリと酒を飲むサーガ。


「そういうことではない。どうしてここにおるのだの?」

「だってあっちは遊ぶ所少ないんだもん」


そろそろ迎えに行かねばとクロムがサーガの居場所を探ってみれば、何故かその所在は帝国内。

瞬間移動でやって来たらば酒場の中でほろ酔い状態。


「聖教国での情報収集はどうしたのだの?」

「いや~それがさ~、滅多な情報が拾えなくてさ~」


またグビリと口を付ける。


「お主を遊ばせるために自由にさせたわけではないのだぞ? 遊ぶだけならば明日からまた採寸や式の手配に回ってもらうぞ?」

「いやいやいや、ただ遊んでたわけじゃないぜ?!」


また自由がなくなると聞き、慌ててサーガが弁明し始める。


「その証拠を~とここで出すわけには行かないから、戻ったら話すわ。お前も一杯どう?」

「いらぬ。ではさっさと帰るぞ」

「ちょ、ちょっと待て! せめてこれ飲んでから!」


襟首を掴んですぐにでも帰ろうとするクロムに、サーガは必死にテーブルに齧り付いて抵抗した。













「ほい。これ」

「ぬ?!」

「こ、これは?!」


ベッドに放り出された数枚の紙を見て、マリエラとクロムが驚きの声を上げる。

ちなみにディアナとサマーラは今獣王国へお使いに出ている。


「こ、これは、聖宮の見取り図?! ここまで正確な物をどうやって…」


マリエラが一枚を手にとってマジマジと覗き込んでいる。

クロムもそれぞれを手に取り、丹念にそれらを眺めている。


「こういうのは俺の専門じゃないから少し時間はかかったけどね~。まあ時間はたっぷりあったし」


大聖堂から始まり、聖宮に続く通路。そして聖宮内の細かな見取り図。しかも誰が把握しているかも分からない隠し通路まで事細かに記してある。


「どうやったのだの?」


クロムのように頭の中を覗けるならばいざ知らず、サーガがどうやってこれを書いたのか不思議に思うクロム。


「音よ」

「「音?」」

「俺の耳が特別製なのは分かってんだろ? 音の反響の仕方とかで壁とか通路のでかさとか、家具の配置まで分かるんだって」


確かに、聖宮の見取り図には大きな家具などの配置も書かれている。


「恐ろしい耳だな…」


マリエラは見取り図に目を落としながら呟く。帝国の城にももちろん皇帝しか伝えられていない隠し通路などはある。この男にはそれも全て筒抜けになってしまうのだ。


「ん~。でも会話の内容は当たり障りのない事ばっかで、必要な情報は得られなかったんだよな。誰かもうちょっと有意義な会話してくれねーかな」


クロムと違い頭の中を覗けないサーガは、誰かが言葉を零してくれなければ情報を集めることが出来ない。便利そうに見える力も一長一短だ。


「なるほど。それで今日はこれを書いたので仕事も終わりと、あの酒場で飲んでいたのかの?」

「ちょっと待て。それじゃあ俺がサボってたみたいじゃねーか」

「事実そうであろう」

「お前なぁ。これまでどんな情報収集してきたのかなんとなく想像出来るけど、基本情報収集てのはな、人から話を聞くことなんだぜ?」

「それがどうしたのだの?」

「ああいう酒場ってのはな、皆酒飲んで頭がバカみたいになってるから、うっかり貴重な情報喋っちまう奴とかゴロゴロいんの! 俺はそういう話をああいう所で拾うものなの! てめえの物差しで考えんな!」

「では何故聖教国の酒場ではなかったのだの?」


サーガの眉が八の字になる。


「聖教国の酒場ってお前行ったことねーだろ? 神が禁じてるからとかいってエールとかないんだぜ? 唯一解禁されてる果実酒だって、酔えるほどのもんじゃねーし。んな所じゃ滅多に口を滑らせるアホもいねーわ」

「そうだったのかの…」


酒をあまり積極的には飲まないクロム。衝撃の事実。


「だから聖教国にまあ近い街で飲んでたんじゃねーか。ああいう交易の場所なら聖教国の事も拾えるんじゃないかってな」

「そ、それは、すまぬ…。我が輩の早とちりであった」

「分かればいーのよ」


勝ったとばかりにニヤリと口の端を上げるサーガ。


「だがしかし、お前まで飲む必要はなかったのではないか?」


マリエラの声に固まる。


「い、いや、なんだかんだ酒を注文しておいたほうが長居出来るからさ…」


目が泳ぎ出す。


「ほ~う」


今度はクロムがニヤリと笑う番だった。


「まあよい。お主にはこれからちいとばかし頑張ってもらわなければならぬこともあるしの」

「そうだな」


クロムとマリエラが何か納得するように頷き合う。


「え? 頑張る? 頑張ってるけど?」

「マリエラ殿の言葉で気付いたのよ。お主にはちと気品というものが足りぬ」

「うむ。採寸はクロム殿でも良いとして、お前には礼儀作法というものを一通り学んでもらわなければならん」

「レーギサホー…」

「さすがに今のままで式典に出すわけにも行かぬとマリエラ殿と意見が一致しての。案ずるな。日中の情報収集は今まで通りにやってもらうのだの」

「え…日中?」

「人というものはの、睡眠学習というものがあっての。寝ながら学習することが出来るのだの」

「いや、寝ながらって…」

「我が輩がお主の夢に入り、そこで覚えてもらう。自由は維持したままだの。問題なかろう?」

「え? 夢に入る?」


その日の夜からサーガは悪夢にうなされるようになったという。


お読みいただきありがとうございます。

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