おつかい
前回のあらすじ~
「我が輩はクロム。天界で会ったろう?」
「は~ん」
「よおっし! 南を目指すかぁ!」
よく分からん黒い子供は忘れて、サーガは目の前の楽しみに心を躍らす。
しかし、エルフは美人が多いが、胸に関してはあまり派手ではないということをサーガは知らない。
鼻歌交じりに街を出て、街道を歩いていた時だった。
「見つけたアル!」
どこかで聞いた声がして、後ろから人が飛びかかってきた。
反射的にそれを躱してしまうサーガ。
「ニャン!」
奇妙な声を上げて女が道端に転がった。
「げえ! てめえは…」
「捕まえました…。旦那様」
いつの間に側に寄って来ていたのか、サマーラがサーガの腕を掴んでいた。
「んげえ?!」
「痛た…。その声はないんじゃないアルか?」
「そうです。ひどいです旦那様」
「旦那様じゃねー!」
置いてきたはずのディアナとサマーラだった。
「な、なんでお前ら、ここに…」
「んふふ。獣人の鼻をなめたらダメね」
「はふう…。獣人は勘も鋭いのですぅ」
サーガがよろめく。
「んふふ。旦那様♪ 今日こそいいことするアルよ」
「ですぅ。強い者の子を孕むは獣人の女にとっては名誉なのですぅ」
「・・・・・・」
サーガは何も言えなくなった。
夕飯にこっそりと混ぜた睡眠薬で、襲い来る前に夢の中に旅立った2人をベッドに寝かせ、再びサーガは真夜中に宿と街を飛び出した。
「冗談じゃない。一度でもアホなことしたら絶対終生つきまとわれる」
すでにつきまとわれてはいるのであるが、そこには目を向けないようにする。
「う…仕方ねぇ。エルフの楽園は諦めて、ここは帝国を目指すかぁ…」
ただいま絶賛戦争中であり、帝国では獣人といえば奴隷だ。好んで帝国へ行く獣人はいない。
サーガは夜の空を北に向かって飛んで行った。
翌朝、サーガの姿が消えていることに2人が憤慨したのは言うまでもない。
風の力をフルに活用し、常人では考えられない日数で獣王国の最北の街へやって来たサーガ。
帝国への国境が近いということは戦線も近い。今まで以上に強そうなもの、殺気立つものが目に映る。
兵士であるもの達が多いのであろう。
只人のサーガが驚いたのは、その中に少なからず女性が混じっている事だった。獣王国は確かな実力主義である象徴のように見えた。
一見(体が小さいのもあり)ひ弱そうに見えるサーガは、獣人達からすれば通りすがりの旅人のようにしか見えなかったようで、珍しく絡んで来る者はいなかった。それはそれで寂しいような気もするが、殺気立っている者に手を出すような愚かなことはさすがのサーガもしなかった。
なので比較的、珍しくも平穏に過ごしたのだった。
「さって、あとは帝国に入るだけだが…」
獣王国北部は山が多く、それ故に戦争といっても山の裾野の多少開けた場所で小競り合いを繰り返しているだけのようだった。双方共に決め手がなく、押せに押せず引くに引けぬように見えた。
戦闘が行われていなければ、サーガのような旅人も検問を抜けて行けるらしい。ただ、只人の場合出るは簡単だが戻るのは容易ではない。
しかし獣王国にこれ以上留まるつもりも戻るつもりもないので、特に問題はなかった。
「んじゃ行くかな」
一晩最北の街に泊まって英気を養い、サーガは迷いもせず街を後にする。
今は小競り合いも落ち着いているので足止めを食らうこともない。
「やあ」
街を出て歩いている途中、何やら親しげに声をかけてくる者があった。サーガは無視して立ち去ろうとする。
「ちょ、ちょっと、そこまで華麗に無視されると私も悲しいんだが?」
追いすがってくる紺色の髪、金の瞳の長身の青年。(サーガからしたら皆長身に見えるなどとは言わない)
「なんだあんた」
いつもなら「てめえ」というところだが、なんとなく着ている物の上品さ、身にまとう気質の良さ、それとそれに反比例するように感じる凶悪さに、若干だが言葉遣いが丁寧になる。
「うん。街中になんだか面白い気配を感じてね。なんだろうと思って見に来たんだ」
「あっそ。見たならもういいね」
サーガは素っ気なくスタスタ去ろうとする。元より男には優しくない。
「ちょちょちょ待って! 君だって僕になにか感じてるだろう? こいつ誰とか思わない?!」
物理的に縋って来たその男を無視して行こうにも、どんな力の持ち主なのか巨石を背負い込んだように体が重くなり、前に進みにくくなる。
「関係ねえわ! それより男に縋られても嬉しくもなんともねえ! 放しやがれ!」
「ちょっとでいいから僕と話をしてよ! じゃないと死んでも放さない!」
放せ放さんの問答の末、サーガが折れた。
「僕の名前はねぇ…ええと、リュウと呼んでくれ給え」
偽名だということを隠そうともしない。いや、本人はいたって真面目に隠そうとしているのかも知れない。
サーガが白けた顔で黙り込んでいると、
「こういう場合相手が名乗ったら自分も名乗るところじゃない?」
少し困ったように青年が首を傾げる。
「…オーガ」
相手も偽名を名乗るならと、咄嗟に浮かんだ名前を名乗った。しかしどこかで聞いたような気もする。
「オーガ君と言うのか。いい名前だね」
なんだかその名前で呼ばれると、こそばゆい気もしたが我慢する。
「ねえ、君って何者なの? どうしてそんなに風の精霊に好かれてるの?」
「あんた、精霊の姿見えるのか」
サーガは驚いた。
「うん。僕は、まあ、その、なんだから見えるんだよ」
濁してばかりで話が見えない。
「どうしてと言われても、体質じゃね?」
「体質て…」
相手がはっきり話さないのならば、サーガも話す必要なしと判断した。
「うう~ん、僕の正体をやっぱり疑ってるよね?」
「別に知りたくもないが、だからと言って自分のことを話す気もない」
「うう~ん…」
なにかのしがらみに悩んでいるのだということは何となく分かる。しかしそんなことサーガには関係ない。
「ええと、まあ、僕はこの国でもかなり偉い人なんだ。ありのままを伝えたら臆してしまってしまうかもしれないから、その、僕は普通に話をしたいだけだったんだよ」
「あっそ。で、話は終わり?」
サーガとしてはとっとと帝国に逃げ込みたい。のでさっさと話を終わらせたい。
「冷たいなぁ。そんなに僕と話すの嫌なの?」
半べそ気味の男の顔を見ても面白くもなんともない。
「美人ならともかく。男と仲良くする気はない」
「はっきりしてるね」
リュウと名乗った青年が溜息を吐く。
「ちょっと世間話をしてからと思ったけど、難しそうだね」
男が懐に手を入れ、何やら手紙のようなものを取り出す。
「オーガ君、君、帝国に行くんだろう? ついでだから用事を頼みたいんだけど」
「ただではやらん」
リュウが笑う。
「そうだね。今手持ちが、ええと…、このブローチでどうだろう?」
胸元に付けていた、髪と同じ色の宝石が飾られたブローチを差し出してきた。
それを手に取り、じっくり眺め回すサーガ。
「かなり良いもんだな…。それに、何か魔法が籠められてる?」
「あ、分かる? 流石だね~。実は魔法攻撃を受けたら一度だけ反射してくれる魔法が仕掛けられてるんだよ」
「ま、これなら引き受けてやらんでもない」
サーガはすぐさま収納袋にそれを仕舞い込んだ。
「そう言ってくれて助かるよ~。この手紙をある人に届けてくれるだけでいいんだ。なかなか頼める人がいなくてね~」
「只人なら俺の他にもいっぱいいるだろう?」
手紙を受け取りながら答える。きちんと蝋印が押され、中身を見ることは出来ない。
「届ける相手が相手だからね。なかなか人が見つからなかったんだよ~。帝国に獣人を送るわけにもいかないしね」
「ふ~ん。で? その届ける相手ってのは?」
「うん。実は、帝国の最高位権力者で、現在は女帝として君臨してる、マリエラ・エメルラス・ユーステッド・ドルトン陛下に」
「はあ?」
「そして、できるだけ他の人の目につかないようにね。バレたら君の首が飛ぶかもしれない」
「いやいや、ちょっと待てや」
なんだか怪しさが増してきた話に、サーガは手紙を突っ返そうかと考え始めた。
「隠密行動は得意なんだろう? それ位出来るよね? それに報酬はもう受けとっただろう?」
「う…」
何故最初に受け取ってしまったのか、今さらになって後悔し始める。いや、それこそ戦略だったのかもしれない。
「ということで、頼むね」
と良い笑顔でがっちり肩を掴まれた。
お読みいただきありがとうございます。




