クロム
前回のあらすじ~
ご飯を食べていたら見知らぬ子供がやって来て、
「パパ☆」
子供の顔面目がけて口の中をぶちまけるところだった。
「天界と言うのか、神界というのか、あの世というのか分からぬが、女神に会ったことは覚えておろう?」
「はあ? 女神ぃ?」
男の子、クロムが言うことに首を傾げる。どこかの宗教かぶれの家族にでも毒されたのかと思った。
「ぬ? お主…」
クロムがじっとサーガを見つめた。
「お主、まさかこれだけ時間が経ったと言うに、まだ記憶を取り戻しておらぬのかの?!」
クロムが驚く。
「お主、下界に落とされてどれだけの月日が経ったか分かっておるのかの?!」
「何言ってんだ? どうしてお前、俺が記憶喪失だって知ってんだよ」
訝しげにクロムを見つめる。
「我が輩も受肉のショックからか、一時記憶があやふやになったのでの。しかし、いくら風の性質で執着心等が普通の人よりも薄いとは聞いていたが、薄すぎやせんかの?」
「受肉? 何言ってんだ?」
サーガにはクロムの言っていることが半分も理解出来ない。
「つーかなんで風だって知ってんだよ」
「女神に聞いたのだの。お主がどういう人間かとの。それで我が輩はお主より下界に降りてくるのが遅くなったのだの」
サーガは結論づけた。うん、この子ヤバい子だわ。
「あーはいはい。そうねー。女神様に会ったのねー。良かったねー」
「ぬ? 信じておらぬな? どれ、我が輩が記憶を取り戻す手伝いをしてやろう」
「あん?」
クロムの瞳が金色に光った気がした。
「うぐう?!」
頭の中をかき回されるような不快感に襲われる。
「な…に…す…だ…、やめろぉ!」
「ぬう?!」
頭を抱え込み、ベッドに倒れ込むサーガ。
「むう…。さすがは一応神の眷属か…。我が輩の力をはね除けるとはの」
クロムが何かブツブツ言っている。
「くぅそぅ…、気持ち悪…」
何故か赤い髪が記憶の中にちらついた。それがなんなのかは分からない。
「記憶は自分自身で取り戻してもらうしかないようだの。仕方ない。とりあえずお主がこの世界に落とされた事情を話しておこう」
クロムが女神に呼び出され、邪神がこの世界を滅ぼそうとしているということを聞かされたことを語る。
サーガは適当に聞き流す。
「で、我が輩の大事な人が、その邪神にいいように操られているらしいとのことだの。我が輩とお主の仕事は、その者の抹殺、だの」
「あ?」
抹殺。物騒な言葉が聞こえ、ベッドに伏していたサーガが顔を上げた。
「多分、ではあるが、これまでの流れからして対象は女。既に世界に落とされ、それなりの年月が経っていようであるからして、年は30前後といったところらしいの」
「女を殺せって? 冗談じゃねーぞ」
「冗談など言っておらぬわ」
サーガが起き上がる。
「俺はその話しを受けたのか?」
「…まあ」
クロムの目が泳ぐ。
「余程の報酬がなけりゃ、そんな依頼、俺が受けるはずねーもんな」
サーガがにやりと笑う。
「また報酬の話しかの…」
「そうだな。女神様とやらと一発とか…」
「お主、天界でも同じ事を言っておったぞ」
「え? さすが俺」
「何がさすがか!」
クロムが額に手を当て、溜息を吐く。
「やはりこんな奴当てにならぬではないか…。我が輩1人でやった方が余程というものだの」
「よく分からんが勝手に呼びだして報酬もなしにただ働きさせようとするのが悪いと思う」
「あー、そうだの。お主はそういう人間だの」
誰かが苦しんでいるなら手を貸そう! という熱血漢ではない。
「もうよい。我が輩1人で動く。ということで、少し金を借りていくぞ」
「何言ってんだ。俺の金は俺の金。1エニーもやらんぜ」
「ふむ。まあよいわ」
クロムがベッドに横になった。
「とにかく、今日はもう寝るのだの。おやすみだの」
すぐに寝息が聞こえて来た。
「変なガキ…」
サーガは念の為収納袋に結界をかけ、同じようにベッドに横になり、眠った。
「ふむ。なるほどの」
聞いたことのない声が聞こえ、サーガが目を覚ます。と、子供が寝ているはずの隣のベッドに腰掛ける黒髪黒目の美青年がいた。
サーガが跳ね起き、身構える。
「おや、起きたかの」
今にも剣を抜き放ちそうなサーガに向かって、青年はのほほんとした笑顔を向ける。
「誰だてめえ」
微かに殺気の籠もった声にも青年は動揺も見せない。
サーガはベッドを見るが、あの小生意気な子供の姿は消えていた。
「そういきるな。我が輩はクロムなのだの」
「は?」
子供と同じ名前だ。よく見ればあの子供によく似た顔立ちをしている。
「どういう意味だ?」
警戒を解かずにサーガが尋ねる。
「こういう意味だの」
青年がパチンと指を鳴らすと、その姿がかき消えた。そして代わりに昨日の男の子がちょこんと座っている。
「分かったかの?」
「……はあ?」
分かるわけがない。
「やっとこの体にも慣れてきたのでの。どういった能力が使えるのか実験していたのだの」
「はあ?」
まるで意味の分からない事を、小さなクロムがスラスラと説明していく。
「前の体で使えた力はほぼ使えるようだの。ただ変身能力がちと上手く使えぬようだの。まあこれは前の生でも同じようなものだったのでよしとしよう」
「……」
意味が不明過ぎてサーガは最早口を出す気にもならない。
「空間の隙間に入ることは出来るようでの、ちと借りたぞ?」
クロムが指に挟んだ金貨を見せる。
「はあ?」
「そのうち倍にして返してやろうの。元手さえあればなんとかなるものだの」
「はあ?」
サーガにはさっぱり意味が分からない。
「それと、まあ一応お主には言っておくが、我が輩が女神からもらった力は「瞬間移動」という技だの。影渡りとは違い瞬時に別の場所へ行くことができるのは便利だの~」
そう言っているクロムの手の中から、金貨が消えた。
「物質の転送も出来るようだの。便利だの~」
「はあ?」
サーガには何かの手品にしか思えない。
「お主も願えば特別な力を授かるのだの。よく考えて願うのだの」
「はあ? 特別な力?」
クロムの姿が突然消えた。と思った瞬間、肩にずしりと何かが乗った。
「こういう特別な力だの」
サーガは冷や汗をかく。こんな恐ろしい力をこんな子供が操っていることに。
今の一瞬でサーガの命を断つことも容易に出来ただろう。
「良く考えるがよい。風ではできぬ力なぞごまんとあろう?」
「望めば…俺にも同じような力を使えると?」
「その通りだの」
サーガの肩に肩車したまま、クロムが上からサーガを覗き込む。
「……千里眼、みたいな? そんで風呂とか覗き放題…」
クロムがサーガの頭にチョップをかます。
「何しやがんだよ!」
「お主、天界でも同じ事を言って呆れた女神に地上に落とされたのだぞ?」
「え? さすが俺」
「何がさすがか!」
クロムがもう一発チョップを叩き込んだ。
「お主、これから先獣王国を見て回るつもりなのだろう?」
頭の上からクロムの声が降ってくる。
「なんでんなこと知ってんだよ」
「我が輩は聖教国が怪しいと睨んでおる。故に聖教国へ向かう」
「だからなんだよ」
突然肩が軽くなると、目の前の床にクロムが立っていた。
つくづく恐ろしい力だとサーガは思う。
「この力は行った事のある場所しか行けないようだから、徒歩などで行くしかないの。まあ何か分かってお主が必要と思えたら迎えに行くでの」
クロムがパチンと指を鳴らすと、再び青年の姿になった。
「逃げようと思っても無駄ぞ? しっかりマーキングはしたからの」
クロムがニヤリと、女性ならばイチコロになりそうな怪しい笑みを浮かべ、次の瞬間には消えていた。
「…夢かな?」
なんだか理解の範疇を超えた事が起きぬけに次々と起こり、サーガは夢として処理したくなった。
「ああ!」
そして気づく。
「あの野郎! 金持ってるなら宿代飯代払ってけ! チクショウ! なんで俺があいつの分まで払わなきゃならねーんだよ!」
その金が、実は自分の懐から掠め取られたことを、サーガには理解できていなかった。
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