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サーガとクロムの異世界譚  作者: 小笠原慎二
本編
54/81

穴の中へ

前回のあらすじ~

お貴族様のお嬢様を助けたのに、報酬が安すぎた。

さて、サーガはどうやって説得しようかと考える。

人里離れた山の中。ザクザクと穴を掘る人影。


「こんなものかな?」


もとから山の中にあった穴。それを余計に深く掘り下げていたサーガが額の汗を拭う。


「あ~、穴掘りはあんまし得意じゃないから、時間かかっちまったぜ」


あの屋敷を出てから宿に泊まり一夜明け、サーガは適当に山の中を探りつつ、この穴を探し当てた。そして掘り進めること数時間。すでに陽が暮れそうになっていた。風では穴を掘るには時間がかかる。


「さって、仕上げと行きますかね~」


穴から出て、サーガは周辺の風を集め始めた。












庶民とは貴族のために働くものである、と教えられてきたイリアーナ。貴族とはそんな庶民を管理するためにいるのだと。その教えがいつから受け継がれて来ているのか分からないが、その考えに疑問を持つことはなかった。周りにいる貴族も同じような考えの者達ばかりであったからでもある。類は友を呼ぶの典型だ。

貴族のために働くことは庶民にとって名誉なことであり、喜びであるはずなのだ。そこに金銭的な話など割り込む余地はないはず。

お金とは貴族がその地位を維持するために、そしてもっと上の位を目指すために使われるものであって、庶民にばらまくものではない。貴族の地位が確固たるものであれば、さらに上のものになれば領地はますます安定し栄えるものだ。つまり庶民の暮らしも確約されるものだ。だから庶民は貴族に金銭を献上すれども、貴族が庶民に払うなど愚かなことなのだ。

一部の冒険者などは安定した暮らしをしないので、貴族から金を搾取しようとするものだと。つまり冒険者とは下品な者達なのだとイリアーナは教えられてきた。

つまりサーガはそういう部類の人間なのだと彼女なりの見解で理解していた。

就寝の仕度を整え、ライラを下がらせる。ライラは下級貴族の出の侍女なので、それなりに厚遇されている方である。なにせ給金が少ないため、下働きの者達もあまり居着かないのだが、その原因を子爵達は理解していない。

ベッドに潜り込もうとしたイリアーナ。その目の前で音もなく窓が勢いよく開いた。


「え?」


鍵をきちんとしていたはずである。それにあれだけ勢いよく開いたのならば、それなりに大きな音がしてもよいはずである。しかし、音もなく勢いよく開いた。

その矛盾に理解が追いつかず、ボケッと開いた窓を見ていると、窓から誰かが入って来た。


「! だ…」


誰?! と言おうとして声が消えた。

訳が分からず何かを叫ぼうとするが、何故かまったく声が出ない。


「風は暗殺向きの力だとはよく言われるんだよな~」


黄色い髪を風に靡かせ、少し背の低いその男がベッドの横に立った。

思わず男とは反対の方へ逃げようとするが、何か見えない壁にぶち当たった。


「まあまあ、そんなに怯えないでと言っても無理だろうけど、さ、楽しいところへ行こうか」


その男、サーガがイリアーナの手首を掴んだ。イリアーナは振りほどこうとするが、掴まれた途端に体がフワリと宙に浮く。

抵抗することも出来ず、イリアーナはサーガに連れられ夜の空へと連れ出された。

叫び声をあげているはずなのにまったく声は出ず、暴れようにもサーガに手を放されたら地面まで真っ逆さまである。初めて空を飛ぶ感動もなく、ただ恐怖のままに空を飛んでいった。

そして連れられてきた山の中。


「お前さんのために特別に用意したんだ。存分に堪能してくれ」


と手を放された。


「・・・・・・!」


体が地面へと落下して行く。しかしその速度はそれほど早いものではない。だが初めて空から落ちるイリアーナにとって、そんなこと分かる訳もなく。


「…あああああああああ!!」


地面近くになって何故か声が出て来た。


ふわりと穴の中へと着地する。何故着地がこんなに緩やかなのかという疑問が頭を過ぎるが、一瞬でその考えも過ぎ去る。


ぐちゃ


お尻の下で何かが潰れた感触。そして周りをザワザワと何かが這いずり回る気配。


「な…何…」


地面に手を付くが、途端に何かが手に触れた。


「ひ…」


思わず手を引っ込める。


「暗いと何も見えないだろうから、明かりをあげよう」


と、サーガがランタンを穴の中に放り投げる。不思議な事にそれが空中で停止する。おかげで穴の中がよく見えるようになった。


「い、いやあああああああああ!!!」


周りを埋め尽くす虫虫虫、虫だらけ。虫の知識があればそれは毒などを持たない無害な虫であることは見分けがついただろうが、毒などなくとも虫が集団で蠢いている景色はあまり気持ちの良いものではない。


「いやあっ! 助けて! 来ないで! いやあっ!」


地面に座っていると体中に虫が上って来るので、イリアーナは立ち上がる。しかし足元にも虫虫虫。一歩踏み出すごとにぐちゃりと嫌な感触。しかも寝間着で連れ出されたので裸足だ。


「ひいいっ!」


気持ちの悪い感触。しかし動きを止めると這い上がってくる虫達。


「なんでこんなっ! お願い早く出して!」


穴の淵からニヤニヤと見下ろすサーガに助けを求めるが、サーガが動く気配はない。


「約束を守らない奴には天罰が下るって教わらなかった~?」

「約束って! お金は払ったでしょう!」

「働きに対しての報酬が少なすぎる」

「これだから冒険者は! ! いやあっ!」


寄ってくる虫達を払いつつ、イリアーナはサーガを見上げる。


「早く出して! こんなことをして許されるとでも?!」

「別に~? どうせここは山の中だし、あんたの力じゃこの穴からは出られないだろうし、置いて行っちゃえばいい話だしい?」


イリアーナの顔が真っ青になる。


「お、お願い…、置いて行かないで…」


虫が足に上って来る。それを足を振って追い払う。


ぐちゃり


また嫌な感触。


「お願い…。なんでも言うことを聞くから…。た、助けて…」


置いて行かれるという恐怖から、イリアーナは人生で初めてとても素直に心の底から嘆願した。


「ん~、でもなぁ。あんたは一度約束を破ってるからなぁ」


のんきに首を傾げながら、サーガが渋る。


「お、お願い! お金なら払うから! 私のお小遣い全部上げてもいいから! だから助けて!!」


イリアーナの頭から庶民とか貴族という考えはどこかに飛んで行っていた。最早ここから早く出ることしか考えられない。


「ん~、それほど言われたらまあ、しゃーないか。助けてやろう」


ほっと胸をなで下ろすイリアーナ。すぐに助けに来てくれるのかと思いきや、


「んでもちょっと待っててちょ。ちょっと大きい方したくなって来ちゃった。事が済むまでしばらく待っててね~」


と立ち上がり、ヒラヒラと手を振って何処かへと去って行ってしまった。


「え? うそ…。嘘でしょう?」


頭上で煌めくランタンは相変わらず穴の中を眩く照らしている。その中を蠢く虫達。そしてその中心で呆然となるイリアーナ。


「待って! 行かないで! せめてここから出してからにしてー!!」


涙を流しながら懇願するイリアーナの声が、穴の中で響き渡った。












夜の空を横切る影。

行きとは違い、サーガが親切にもお姫様抱っこをしてあげているのだが、


「虫は嫌虫は嫌虫は嫌…」


その腕の中でイリアーナはただ震えているだけだった。

常時であるならば「気安く触らないで!」とでも言っていたかもしれない。しかし今の彼女にはそんな余裕も無さそうだ。


「明日、きちんとした報酬を取りに行くからな。ちゃんと用意しとけよ?」


サーガの言葉に、イリアーナがぼんやりとした瞳を向ける。


「約束を守らないと、どうなるかはもう分かったろ?」


サーガがちらりとイリアーナに視線を向けると、首が外れそうな程にイリアーナが首を縦に振る。


「お前の親父さんにもきちんと話しはしておくから。安心しな」


どういうことかとイリアーナはぼんやりと考えたが、虫ショックで頭が回らなくなっていた。

そして部屋に到着し、サーガの腕の中から下ろされる。


「じゃーな。ゆっくりお休み」


窓をきちんと閉めてサーガは出て行った。

ぼんやりと部屋を見回し、イリアーナは安全な自分の部屋に帰ってきた、いや、帰ってこられたことを実感する。


「う…、うう…、ううう…」


虫のいない床にぺたりと座り込み、しばらくイリアーナはそのまま泣き続けた。















音を立てずに窓が勢いよく開く。


「?! なんだ?!」


寝る仕度をしていたランドルステア子爵は驚いて開いた窓を見つめる。そしてそこから入ってくる人影。


「だ…!」


突然声が出なくなる。訳が分からず口をパクパクさせる子爵に近づく男、サーガ。


「俺は男には優しくないよ?」


子爵の襟首を掴み、そのまま一緒に夜の空へと飛んで行った。

雲が近く、地面が黒一色に見える程の上空。闇の間に見える仄かな明かりはきっと街の明かりなのだろう。いや、子爵にとって今はそんなことはどうでもいいことだ。


「ど、ど、ど、どういうことだ!! こ、こ、こ、こんな…!」


いつの間にか声が出るようになっていた。なんとか虚勢を張りつつも、サーガが掴む襟首しか安全の保証がない今の状態に恐怖しか感じられない。


「ちょっとお話しようかと思って~。誰にも聞かれないこの場所ならいいかなって?」


なんでもないことのようににっかりと笑うサーガ。今はその笑顔がとても怖い。


「普通に話しをしようにもさ~、俺の話なんて最初から聞く耳持たずでしょ? だからさ~、聞きたくなるようにしてあげようと思ってさ」

「な、な、な、何を…」

「てことで、1回落ちてみよっか?」

「は…?」


サーガがぱっと手を放した。唯一の支えを失い、子爵の体は重力の法則に従い、地面へと引っ張られて行く。つまりは落ちていく。


「ぎゃああああああああああ!!」


遠くなっていくサーガの影。見たくもないのに近づいて来る地面に顔を向けてしまう。子爵の頭に今までの人生に起こった出来事が次々と思い出されていく。いわゆる走馬燈というやつか。

このまま地面に叩きつけられてしまうのかと覚悟した。

しかし、地面まであと少し、というところで体は空中で制止した。


「はあ…、はあ…、はあ…」


訳が分からないが助かったのだと言うことは理解出来た。しかし何故こうなっているのか状況が掴めない。


「ど~う? 空から落ちるってめっちゃ怖いでしょう~?」


いつの間にか近くに来ていたサーガが、逆さまになった子爵の顔を覗き込んでニタリと笑った。


「あ…、ああ…、あ…」


あまりの恐怖に言語能力が迷子になってしまった子爵。声は出ても言葉が出てこない。


「俺の話を聞く気になった?」


何かわからない魔法の力でこうなっているのだろうことはさすがに予想がついた。子爵が素直に首を縦に振ろうとするが、恐怖で強ばってしまっているのか体が動かない。


「あらあ~? まだその気にならない? んじゃ、も1回いっとこうか~」


子爵の体が上空へと引っ張られる。


「ひ…」


落ちていくのとはまた違う恐怖に、口から悲鳴が零れる。

雲が近くなった頃に停止。サーガもすぐ横に浮かんでいた。


「じゃあ、も1回。いってらっしゃ~い」

「ま…」


待ってくれという言葉を発する暇もなく、再び子爵は地面へと真っ逆さまに落ちていった。


「はあ…、はあ…、はあ…」


今度こそ本当に死んだかと思った。地面スレスレで止まった子爵の体。体中汗でびっしょりである。


「さて、これで俺の話を聞いてくれる気になったかな?」


サーガが地面に降り立ち、空中で停止している子爵の顔を覗き込む。


「き、き、聞く! 何でも聞く!」


慌てて子爵が声を絞り出す。また上空に連れて行かれて落とされるなどごめんだ。


「うんうん。素直になったね~」


サーガが嬉しそうに頷く。


「んでも、人ってそんなに簡単に変わるものじゃないからね~。最後の仕上げをしとこうか」


にっこりとサーガが笑う。その笑顔に恐怖を感じる子爵。


「し、仕上げ…?」

「あんたの娘さんも通った道さ。親のあんたも通っておいた方がいいかもよ」


子爵の体がふわりと動き、森の中へと突き進む。


「ど、どこへ…?!」

「すぐそこ」


そして、森の中に開いた穴へ、子爵の体は落ちていった。


「ぎゃああああああああああ!!」


サーガが親切にランタンを翳してやると、子爵の悲鳴が穴の中で響き渡った。


お読みいただきありがとうございます。

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