寝惚けてうっかり出て来た名前
前回のあらすじ~
アオイの歴史講座。そして勇者は魔王に勝ったと。
そして物語は…続いてるのか?
お店が慌ただしくなっていく夕時頃。ふらりと帰ってきたサーガ。
「ただいま~」
「お帰りサーガ!」
サーガを見付けたアオイが飛び付いて来る。
「アオイさん…、仕事は…」
「あんたを接待するのがあたしの仕事だから。じゃ、アカネ、後はよろしくね」
「はい。頑張って下さい」
「いいの?」
「女将さんからそうしろって言われてるからいいの!」
再び引き摺られるようにサーガがアオイに連れられていった。
アオイが目を覚ますと、サーガはまだ寝ていた。その顔はまだ少年の面影を残している。
(ふふ。可愛い)
こんな変態でも寝顔は可愛い。
イタズラ心も手伝って、頬を指でプニプニと押す。どんな筋肉質でも頬は柔らかいものだ。そして何気にサーガはいい体をしていた。
「ん…、メリンダ? やめろよ…」
サーガがうっとおしそうに頬を撫でる。しかしその前にアオイの手は止まっていた。
(メリンダ?)
明らかに女の名前だ。それを寝ぼけたままで呟くならば、かなり深い仲であろうことは予想がつく。
しかもサーガは記憶を失っているのに、その名前を呼んだ。
記憶を失いながらも不意に出て来たその名前。どれだけの絆を紡いだら、この男の口からその名前がこぼれ落ちるものだろう。
(…バカ…)
アオイはサーガの胸にぎゅっと顔を埋めた。
「アオイさん?」
「・・・・・・」
「そろそろ起きたいのですけど」
「・・・・・・」
「遅刻しちゃうんだけど」
「・・・・・・」
目が覚めたらアオイが抱きついていて、動けなくなっていた。
さきほどノックの音で目が覚めたので、きっと朝食は扉の前の台に置かれているに違いない。寝ている、または出てこられる状態ではない客の為に各部屋の前に台が置かれている。
せめて朝食を食べてから出掛けたいのだが、何故かアオイは胸に顔を埋めたまま動こうとしない。
「仕方ないなぁ…」
サーガが風を集める。
「きゃ!」
アオイの体がふわりと浮き上がる。驚いた拍子にサーガから手が離れた。
「やっと動ける」
「馬鹿! 下ろしてよ!」
すぐにふわりとベッドの上にアオイが下ろされた。
自由になったと同時にベッドから下りて服を身につけ始めたサーガがアオイを振り返る。
「どしたんアオイさん? なんか不機嫌?」
なんだかぶすっとした顔をしている。美人が勿体ない。
さっさと着替えたサーガがさっさと朝食を持って来る。
「ほれ。食べよ」
言うが早いかサーガはもうぱくつき始めている。
しかしアオイはぶすっとしたまま。
「アオイさん? 俺なんかした?」
寝ている時に何かしたかしらと首を捻るが、そもそも寝ているのならば何かしていても記憶にあるはずはない。
(夜中に出掛けたのがばれたかな?)
ちょっとこっそり出掛けたけれどもすぐに帰って来た。出る前と帰って来た時とでアオイがぐっすり寝ていることは確認している。
アオイが口を開く。しかし、何も言わずに口を閉じた。
「…別に」
少し間を置いてやっとその言葉を吐き出す。
「う~ん、昨日満足出来なかったとか?」
首を横に振る。
「寝相が悪かったとか?」
横に振る。
「う~ん?」
何もしていないのに何故そんなにぶすっとしているのか。
「おっとやべ、時間ねえや」
残りを口に押し込み、ほとんど噛まずに胃に流し込む。もっと味わってあげて。
「アオイさん」
ぶすっとしたままのアオイの前に立つ。
「え~と、そろそろ俺、行くよ? せめて、お別れの前は笑顔見たいなぁ」
その言葉を聞き、アオイがはっとしたように顔を上げた。そしてがしっとサーガの腕を掴む。
「…行っちゃヤダ…」
「そんな顔されたら俺も行きにくいんだけど…」
切なそうな哀しそうな顔。こういう時の女の子はいつも以上に可愛いと思えてしまうから大変だ。
空いている方の手でアオイの頭を撫でる。
「アオイさん。ごめんな」
アオイが泣きそうな顔になる。
「そんな顔しないで。アオイさんには笑顔が一番似合うんだから」
軽く上を向かせ、軽い口づけを交わす。
「じゃね」
アオイの手からサーガの腕がするりと抜けて行った。
「! サーガ!」
扉を開けて、サーガが出て行こうとする。
「サーガ! いってらっしゃい!」
サーガが振り向いた。
「うん。行ってきます」
サーガがにっかり笑う。アオイもつられて微笑んだ。
扉が閉まる。途端に、部屋が静かになった。
(帰ってこないくせに。馬鹿…)
「いってらっしゃい」その言葉はアオイのささやかながらの嫌味だった。自分の元へまた戻って来ることを願って。
「おう、ツナグ」
「あ、サーガさん。もうご出立ですか」
廊下で朝食を配っているツナグに追いつく。
「おう。そいでこれ、依頼の品。確かめて」
ぽいっとツナグに放り投げる。慌ててツナグがそれを受け止めた。
「これ…」
受け止めたのは掌サイズの小箱。そっと蓋を開けると、そこにはいつの日にか見たあのブローチ。
「間違いねーな?」
「は、はい…。でもどうやって…」
「それは秘密。んじゃな。俺よりでかくなるなよ」
「すいません。それは保証できません」
「生意気だ!」
そう言ってサーガは足早に立ち去っていった。ツナグは見えなくなるまで頭を下げていた。
「まったく忙しないね。あの小僧は」
また見送りに遅れた女将が、なかなか出てこないアオイの部屋へとやって来る。
「アオイ。起きてるんだろう? 何してるんだい?」
ノックをして扉を開ける。
「女将はん…」
「あんた…、なんだいその顔…」
あきらかに泣きはらした後の顔。というより現在進行中で涙がダラダラと出ている。
「あいつ…馬鹿…ほんと…」
しゃっくりをしながら訳の分からないことを喋り始めるアオイ。
「あ~、分かった分かった。とりあえず1度落ち着きなさい」
こんな顔で店の中をうろつかせるわけにもいかない。女将は扉を閉めてアオイの側に寄る。
「ごめんな…引っ掛け…別の人…」
「いいから一先ず泣くだけ泣いちまいな」
「ふええええええん」
布団をタオル代わりに、アオイはしばらく号泣し続けた。
しばらくして落ち着いた頃、辿々しい説明を聞く。
「寝惚けて、メリンダって。忘れてるって、嘘」
忘れていることは嘘ではないが、覚えているわけでもないということだろう。
「そうかい。あいつには既に想い人がいたのかい」
やもすればアオイとくっつけてどうにかそれで恩を売れないかと考えていた女将も溜息を吐く。あれだけ使える人間もなかなかいないものだ。しかしそれを繋ぎ止められるだけの物を女将も持っていなかった。
「仕方ないね。まさに風みたいな奴だったよ。繋ぎ止めるのは難しいかね。あんたは、どうするんだい? このまま諦めちまうのかい?」
アオイがすんすんと鼻をすする。
「諦めたくない…けど、叶わない恋を続けられるほど子供じゃないわ」
もうすぐ母にも会える。アオイだって生活が、そして夢がある。アオイがもっと若ければ、サーガを待つという選択をしたかもしれないが、アオイももう19歳。それほど時間的余裕があるわけではない。
「アオイ…。いい女になったじゃないか」
アオイが目をぱちくりさせる。
「そ、そんな…。あたしは元々いい女よ!」
照れ隠しか、つんと上を向く。
「ふ。顔付きが今までと違って来てるよ。どれ。今日のところはそんな顔だから休むのも許してやるが、明日からは今まで以上にびしびし行くからね! 覚悟しておき!」
「ええ…? 今まで以上?」
「落ち着いたらさっさと朝飯食べちまいな。片付かないとツナグ達も困るだろうが」
動こうとして裸であることに気づき、反対に縮こまる。
「はい。さっさと食べます…」
「じゃあね。あたしは仕事に戻るよ」
そういうとさっさと部屋を出て行った。アオイが着替える為に気を使ってくれたのか、はたまた本当に忙しいだけなのか。
女将が出て行った後、のそりとベッドから下り、服を身につける。だいぶ着慣れた下働きの服も動きやすくて気に入っている。
「メリンダか…。どんな女性なんだろう…」
朝食を突きながら、アオイが呟く。サーガに聞こうとして聞けなかった名前。
下手にそこから記憶を取り戻す事になってしまったらと思うと、怖くて聞けなかった。記憶を取り戻したら、本当にその女性の元へ行ってしまうのだろう。
あの自由奔放な男を繋ぎ止めている女性…。
アオイは苦手な野菜をあまり噛まずに飲み込んだ。
お読みいただきありがとうございます。
今年のサクラは長く保っていて見応えがありますね。
しかし天気が雨雨雨に曇り曇り曇り…。まともに晴れた日が少ない!(関東住まい)
サクラは晴天の下で見たいものですよね!
ああ、晴れてくれないかな! 洗濯物の乾きも悪いんだよ?!




