強そうには見えない黄色い髪の男
前回のあらすじ~
女神に対して「報酬一発!」を要求したら問答無用で世界に落とされた。
「ん…」
黄色い髪、黄色い目をしたその男は眼を覚ました。すぐに起き上がり辺りを警戒する。
「れ? ここ、どこだ?」
何処とも知れぬ森の中、少し背が低い黄色い髪の男は寝転んでいたようだ。
「背が低いは余計だ! ってあれ? 俺、誰に突っ込んだんだ?」
誰にでしょう?
「え~と、俺、何してたんだっけ?」
寝転ぶ前は何をしていたのか、思い出そうとするが何も思い出せない。
「あり?」
何をしようとしていたのか、何処へ行こうとしていたのか分からない。なんとか自分の名前だけは覚えていた。
「んあ? 記憶喪失ってやつか?」
首を捻るも他に何も思い出せそうにない。
「まあ思い出せないんなら思い出せないでしゃーないか」
男は前向きだった。
風を操り周囲を探る。そして荷物を点検する。愛用の剣はある。多少の携帯食料もある。
「金がねえ…」
いつでも必要最低限は持っていたはず。それが巾着ごとなくなっている。
「寝てる間に? しかしなぁ?」
気配に敏感なその男から財布を取るなど、余程の手練れであっても難しい。しかしなくなっているのは事実。どうにか工面しなければいろいろ困る。
「まあおいおい」
どこか街に出て、また仕事でも探せばいいかと顔を上げた。
「さて、まずは、ここはどこだ」
すぐに森が切れて道があるのが分かった。そして微かに悲鳴も。
「む! 金の臭いがする!」
悲鳴が聞こえた方向へと走り出した。
「た、助けてくれ…」
少し小太りなちょび髭の男が、人相の悪い男に剣を突きつけられていた。ちょび髭男より少し離れた所には従者だろうか、血溜まりに倒れている人影。
同じように人相の悪い如何にも盗賊といった風情の男達がちょび髭の男を見ながらゲラゲラと笑う。
「運が悪かったと諦めるんだな」
男が剣を振り上げる。ちょび髭男が目を瞑る。剣が振り下ろされ、ちょび髭男が血塗れに…ならなかった。
「あ?」
突然目の前からいなくなったちょび髭男。剣を振り下ろしたものの手応えのなさに首を傾げる人相の悪い男。
「おっさん、金持ってる?」
少し離れた場所で、ちょび髭男に話しかける少し背の低い黄色い髪の男がいた。
「も、持っているが?」
切られると思っていたちょび髭男は、突然現われた黄色い髪の男に驚きつつ素直に返事を返す。
「よし、助けてやるから幾ら払える?」
いきなり交渉をして来た。
「た、助けてくれるなら、今持っている有り金全部やる! 10万エニーは入ってる!」
よく分からないがそれで命が助かるならばと、ちょび髭男は目の前の男の言葉に思わず縋り付いた。
「よし、交渉成立だ」
黄色い髪の男がニヤリと笑い、人相の悪い男達に向き直った。
「なんだ? ガキがどこから?」
ぴく
黄色い髪の男の眉がピクリと動く。確かに黄色い髪の男の背丈は平均よりも若干背が低い方に見えるが…。
「ガキじゃねー。これでも16だ、じゅうろく!」
15歳で成人と言われているので、16歳は立派な大人だ。
ちょび髭男が青くなる。思わず助けてくれるという言葉に縋ったものの、どう見ても目の前の男は強そうには見えない。しかも16歳ときた。ちょび髭男は早まったかもしれないと絶望に頭を抱えた。
「へ、チビのガキがいきりやがって。大人の俺達が現実というものを教えてやるよ!」
剣を突きつけていた男が黄色い髪の男に向かって斬りかかってきた。ちょび髭男はやられた! と目を瞑る。
「おっさん、生きてるのと死んでるの、どっちの方が報償金が高いと思う?」
暢気な声が聞こえてきて、ちょび髭男が顔を上げる。
何をしたのか分からないが、人相の悪い男が黄色い髪の男の前で俯せに倒れている。
ポカンとなるちょび髭男。一体何が起きたのだ?
「い、生きている方が高いと思う…」
生きている方が犯罪奴隷として使えるので報償金が多少上乗せされたはずである。記憶違いでなければ。
「よし! ならやっぱり殺しちゃ駄目だな!」
嬉しそうに黄色い髪の男が両手の指を鳴らす。
「こ、この野郎! 何しやがった!」
別の人相の悪い男が黄色い髪の男に向かってくるが、やはりあっという間に地面に倒れ伏す。
(つ、強い?)
そんな風には全く見えないのだが、黄色い髪の男はバッタバッタと人相の悪い男達を沈めていく。そしてあっという間に人相の悪い男達は全員倒れ伏した。
「他にはいなさそうだな。ほい、金」
黄色い髪の男が手を差し出して来た。
「あ、ああ…」
ちょび髭男はポヤンとなりながらも、懐に仕舞っていた財布を出し、その手に乗せた。黄色い髪の男が嬉しそうに中を確認する。
「ん? なんか見たことねー金だけど…。おっさん、これで幾ら?」
金貨を出して黄色い髪の男が尋ねてくる。
「? それは1万エニー硬貨だよ? この国では広く使われている硬貨だけれど」
「ふ~ん、これで1万ね」
珍しそうに金貨を眺める。もしかしたら田舎の出で金貨を見たことがないのかもしれないとちょび髭男は思った。
「そ、そうだ! ザイード!」
ちょび髭男が血溜まりで倒れている男の方へと駆け寄る。
「ザイード…、ああ、なんてこった…」
「なんだ? そいつおっさんの仲間?」
黄色い髪の男が尋ねてくる。
「私の店の従業員だよ。今回一緒に仕入に行ったんだが…。私を庇ってこんなことに…」
倒れた男の前でちょび髭男がハラハラと涙を零す。
「まだ息はあるか…。もしかしたら応急処置くらいはできるかもしんねー」
「! ほ、本当か?!」
「別料金だぜ?」
「! 払おう…!」
「うし!」
黄色い髪の男の周りで風が舞った。
今にも消えそうだった男の呼吸が少し力強くなる。
「ち、俺の力じゃこれくらいが限界だ…」
黄色い髪の男が疲れたように尻餅をつく。
「な、何をしたんだ? ザイードは…?」
「とりあえずの応急処置だ。さっさと医者に診せた方がいいぜ」
何をしたのかはちょび髭男には分からなかったが、ザイードがとりあえず持ち直したことだけは分かった。
「分かった。急いで街に向かおう。もしよければこのまま街まで護衛を頼んでも良いかな? 元々頼んでいた護衛の冒険者達は私達を置いて逃げてしまったんだよ」
立ち上がり、ズボンに付いた土を払いながら、ちょび髭男が黄色い髪の男に提案する。
「別料金だが」
真面目な顔で黄色い髪の男が提案してきた。うん、ちゃっかりしている。
ちょび髭男は商人なので、こういう対応は嫌いではない。
「もちろん。街に無事に着いたら治療費共々それなりの額を払わせてもらうよ。どうだろう?」
「良し! 契約成立!」
黄色い髪の男が差し出して来た手を、ちょび髭男が握り返した。
「わたしはオックスという商人だ」
「俺はサーガ。傭兵だ」
「傭兵? 冒険者じゃないのかい?」
「そういえば、冒険者ってなんだ?」
オックスは確かにこいつは大変な田舎者なのかもしれないと、道々説明することにした。
「ふ~ん、そのギルドって奴で依頼を受けてこなしていくのが冒険者ね」
荷物の隙間に体を埋めながら、サーガは手綱を握るオックスの説明を聞いていた。その側にはまだ青い顔をしたままのザイードが寝かされている。まだ余談を許さない状況なのだ。
盗賊達は不思議な事に、幌馬車の屋根に全員縛られながら乗せられている。何故落ちてこないのかオックスは不思議であったが、サーガが「魔法で」と言ったのでそうなのかとまあ納得した。記憶喪失なのに魔法を使えることに感心しつつ、田舎のほうではそんな魔法があるのだろうかと疑問符を持ちながら。
「あんた強いんだし、せっかくなら登録しておいた方がいいよ。ギルドカードは身分証にもなるからね。いろいろ便宜も図ってくれると言うし」
「そうなのか。じゃあそうしよう」
「そうなったら今度から護衛はあんたに指名依頼してもいいな」
「ん。気が向いたら受けちゃる」
指名なんだけど…。
オックスは突っ込まなかった。
「! あれは!」
オックスが手綱を引いて馬車を止める。
「なんだ? どした?」
「ニードルボアだ。まずいな、道を塞いでいる…」
サーガが前を見れば、確かに道の真ん中に固そうな毛を持つ動物が地面を掘り返していた。
「あら、確かに邪魔な所に」
「あの魔物は毛を針のように固くして突っ込んで来るんだ。1人で相手をするのは難しいか…?」
ちらりとサーガを見る。
「ああ、片付けろって? はいはい」
今は馬車の護衛中。サーガは馬車からひょいっと飛び降りる。
「待て待て。確か普通は盾役の者が引きつけてから背後から強襲すると聞いた事がある。1人じゃ難しいんじゃ…」
「でも急がないと不味いっしょ」
ちらりとオックスの後ろに視線をやる。オックスも後ろのザイードを気にしつつ、それでもサーガ1人で大丈夫かと心配そうに見つめる。
「あれくらいならなんとかなるって」
ひらひらと手を振り、サーガは堂々とニードルボアに近づく。
地面を掘っていたニードルボアがサーガに気付き、臨戦態勢に入った。
「ほい、おいでませ」
挑発するようにサーガが手で来い来いという仕草をする。
「ブオ!」
一声鳴くとニードルボアが全身の毛を固く逆立て、サーガに突進した。
途端にサーガは背を向けて逃げ出す。
(ああやっぱり…)
オックスはその姿を見ながら頭を抱える。そのままニードルボアに突撃されてサーガは倒されてしまうかもしれない。
サーガは反撃する様子も見せず大きな木へと一直線へと逃げていく。すぐ後ろにニードルボアが迫る。このままでは木との間に挟まれて死んでしまう。思わずオックスは手で顔を覆った。
ダン!
木にぶつかる直前、サーガが見事なジャンプを見せる。勢いに乗っていたニードルボアはそのまま木へと突っ込んだ。
ドゴオ!
「ぶ…」
勢いよく突っ込んだニードルボアは、脳震盪でも起こしたのか足元がふらつく。逆立っていた毛もふにゃりと元に戻った。
「ほい、お疲れぃ」
木の枝に捕まっていたサーガが、落下の勢いも合わせて剣を一振り。
ザン!
ニードルボアの首が飛んだ。
その様子を指の間から見ていたオックスはぽかんとなる。そんなにあっさり片付く魔物だったか? それにあの見事な跳躍力。身体強化の魔法でも使っていたのだろうか?
「これでいいだろ?」
サーガが剣を収めてほてほてと何事もなかったかのように歩いてくる。
「そ、素材は、いいのかい? ああ、まあ今は時間がないか…」
「素材ってなんだ?」
オックスは先程とは違う意味で頭を抱えた。
お読みいただきありがとうございます。
誕生日とは自分が生まれたのを祝いつつ、自分を産んでくれた母に感謝する日でもあります。
作者の母はすでに天国へと旅立ってしまいましたが、毎年この日には母に感謝を述べております。
しかし、自分は予定日を過ぎてもなかなか出て来ず、
「年末も近くてお医者様も予定があるからこの日に薬で追い出した」
と母の言葉を思い出す度に複雑な思いにも駆られます。
母よ…言い方…。