お願いしてもいいかしら
前回のあらすじ~
「金が無い? 君を売れば万事解決だね!」
「…は?」
呼び止められ、自然とアオイの足が止まった。アオイが止まればルーデンも必然的に足を止める。
「ヤッホー、アオイさん。さっきぶり」
振り返って見れば、壁の所で分かれたはずのサーガがやって来るところだった。
「サーガ? なんで?」
「うん。実はあの後よくよく考えたんだけど、やっぱり100万は貰いすぎたかなって」
「は?」
アオイが目をパチクリさせる。今さら何を言ってるんだこいつは。
「そうだよ! そうだよね! アオイ。100万はいくらなんでもぼったくり過ぎだよ! 返して貰おう!」
「てめえには話してねえ。ちょっと黙ってろ」
サーガがそう言った途端、何故か口をパクパクさせ始めるルーデン。何かを喋っているように見えるが、全く声が出ていない。本人も何故こうなったのか分からず焦っているようだ。
「だからね? 返すのは無理だとしても、なんかもう一つくらいサービスでお願いを聞いてあげようかと思ってさ」
「お願い?」
「そ。例えば、そこにいるそいつをぶっ飛ばすとか」
アオイがきょとんとなる。
ルーデンが何か必死に身振り手振りで伝えようとしているようだが、全く伝わらない。というかその動きが視界に入ってきて邪魔にしか思えない。
アオイがルーデンの顔を見る。ルーデンが必死にこくこくと頭を上下に振って頷いている。
アオイがサーガを見る。
「どする?」
サーガがにっこり笑顔で聞いて来た。
そのいつも通りの何気ない笑顔を見て、なんだかアオイは胸のつかえがとれてスッキリした気分になってきた。
そして自然に言葉が滑り出て来た。
「お願いしてもいいかしら?」
アオイもにっこり笑顔で答えた。
「りょ~かい!」
サーガがにっかり笑い、右手の拳を左手の掌にぶつける。
ルーデンがアワアワとアオイとサーガを交互に見る。何かを必死にアオイに伝えようとしているようだが、さっぱり分からない。
アオイがルーデンを見上げ、すまなそうな顔をする。
「ごめんなさいルーデン。あたし、恋人を娼館に売るようなゲスな男と一緒に行きたいと思えなくなっちゃった」
最後ににっこり笑って伝えると、ルーデンの顔がさっと青くなった。
「は~い、お兄さん、こっち向いて~」
言われて素直に振り向いてしまうルーデン。目の前に拳が迫っていた。
バキ
軽く宙を飛んだルーデンが転がって滑って木に当たって止まった。気絶したのか動かない。
「さ~て、用も済んだし、帰るか~」
肩を軽く回して、サーガが回れ右する。
「急ぐわけでもないし、ゆっくり行くかな~。誰かが勝手に付いてくる分には別に金も取らないけど」
そんなことを大きめの声で呟いて、サーガがゆっくり歩き出す。
「ぷ…」
付いてこいと言っているようなものではないか。アオイは口元を軽く手で抑える。
そして、倒れているルーデンに腰に付けていた魔物除けの香を放り投げてやった。
「餞別よ」
そしてサーガの後に付いて行った。
壁の所まで戻って来る。
この壁を越えたら明日にはテッドリーに連れて行かれる。
知らず溜息が漏れる。このまま帰っても結局地獄をみることには変わりない。ただ、今自分が姿を消すと、女将さん達に迷惑がかかることだけは確かだ。
「腹を括るっきゃないわね」
と、壁を見上げる。
で、サーガをちらりと見る。
金がない。
帰りの運賃がない。
サーガがこちらを見る。なんとなく顔を背けてしまう。こいつ相手にただで運んでくれとはなんとも言い辛い。今持っている金もやっと5万。一桁足りない。
「あ~、今たまたま両手が空いてるんだけど」
だからなんだ。
「女の子1人くらいだったら抱えられるかな~なんて」
アオイが驚いた顔でサーガを見た。今度はサーガが顔を逸らす。
「こ、ここに、女の子、1人、いるけど…」
「あら~ホント!」
なんだこの白々しいやりとりは。
「壁の中に行きたい人?」
「行きたい人」
アオイがこくんと頷く。
「じゃあついでに運んであげましょう! お姉さん可愛いから特別サービス!」
大袈裟にサーガが両手を広げる。
「じゃあ頼もうかな。…ちょっとくらいなら、事故ってもまあ許してあげるわ」
「え? 揉んでいいって?」
「言ってない!」
ショートコントを終わらせて、サーガがアオイを抱き上げる。
「それじゃあ行くよ、お客さん」
アオイがショックに備えて身構える。しかし今回は先程のような圧はなかった。
ふわりと浮き上がり、すーっと空へ上がって行く。
「…さっきと違くない?」
「急いでたし。男と手を繋ぐなんて気持ち悪いから」
さよけ。
街壁の上まで来る。明かりが丁度あまり届かない場所なのだろう。見張りの目にも触れずに堂々と壁を越えた。
「わあ…」
先程とは違い、景色を見る余裕が出来たアオイが感嘆の声を上げる。暗い場所、明るい場所、遠くに見える立派な屋敷。いろいろな明かりに照らされ、見慣れた街がとても美しく感じる。
「このまま飛んでけたら楽だけど、ばれたらまずいからまた屋根の上伝って行くよ」
視界が徐々に下がっていき、サーガが近くの家の屋根の上に降り立った。そこからまた屋根屋根を伝って駆けて行く。
(これはこれで、ちょっと楽しいかもしれない)
流れる景色をサーガの腕の中から眺める。前から後ろへとあっという間に通り過ぎて行く景色がなんだか不思議と面白い。そしてあっという間に花街へ帰ってきて、満華楼の屋根の上に帰って来た。
「ん~、出るのは楽だったけど、入るのはちょっと難しいかな?」
サーガがそう呟き、目を閉じて何か考えているようだった。
「うん。ちょっと申し訳ないけど」
サーガがそう言うと、
ガシャン!
すぐそこで何かが割れる音がした。
アオイがそちらに目を向けようとしたその時、また強い風が吹き、気付けば自分の部屋の中へと戻って来ていた。
「今の音、何?」
「近所にあったツボを風を使って割らせてもらった。皆の視線が一瞬でもそっちに集まるだろ?」
サーガの腕から下ろして貰い、外を見ると何やら騒がしい。
高価なツボが! 風が突然! とか叫び声が聞こえた気がしたが、気にしないことにした。一応心の中で小さく謝りつつ、窓を閉めた。
「高価なツボだって」
「さいでっか」
サーガは素知らぬ顔をしている。
アオイはクスリと笑い、荷物の中から財布を取り出す。
「仕事してもらったんだし、あたしにはもう必要ないから」
そう言ってサーガに押しつける。
「あらまあ。まあ、ありがたく受け取っておくよ」
素直にサーガが受け取る。がめつさでは女将さんと並ぶかもしれない。
「でも、壁を越える料金には足りないでしょ?」
「アオイさんの可愛さでお釣りが来るよ」
アオイが噴き出す。
「あんたでもそんなこと言うのね」
「心外だなぁ。アオイさんが可愛いと思ってるのは本当だよ?」
「それは知ってる」
アオイがサーガに近寄り、その首に腕をかける。哀しいかな、アオイの方が1、2㎝くらい身長が高い。
「だから、足りない分は体で払うわ」
「え? マジ?」
サーガの目が驚きで見開かれる。
「まさか、借金に上乗せとか…」
サーガが警戒し始める。
「あたし、明日には身請けされる身なんだけど」
「あ、そか」
今アオイは借金がなくなって、ただ身請けされるのを待つだけの身だ。ある意味満華楼には置いてもらっているだけの状態だ。
「あたしをまともに買ったら、一晩で50万はくだらないのよ。壁越えの料金には丁度良いくらいでしょ」
「お釣りが来るくらいだね」
「何もかも忘れられるくらい、滅茶苦茶にして…」
「了解…」
2人の唇が重なり合った。
お読みいただきありがとうございます。
まだまだ放出中。




