可哀想なヤツ
近くのファミレスにつくと、少女はよほど空腹だったのだろう。三つも料理を注文し、満面の笑みを浮かべながら、運ばれてきた料理を口一杯に頬張っている。
対して俺は水一杯。財布と相談した結果、こういうことになっていしまった。
俺は何をやっているんだろうか。お人好しが過ぎると、ため息も吐きたくなるが、
「ん?欲しいのか?それじゃあ、あ~ん、だ」
嬉しそうにハンバーグを食べる少女を眺めていると、損したという気分も薄れていく。
フォークに突き刺したハンバーグを差し出してくる少女に、俺は呆れながら言った。
「頬っぺたにご飯粒がついてるぞ?」
「気にするな」
「いや、気になるわい」
「それより、ほら、あ~ん、だ」
「はいはい」
差し出してくるハンバーグを貰いながら、俺は少女の頬っぺたに付いたご飯粒を取ってやる。子供みたいなやつだな、まったく。
「あむ」
・・・あむ?
不意に指先に温かい感触。視線を指先に落とすと・・・ご飯粒を取るためだろうか。少女が俺の指を小さな口で咥えていた。
「ばっちいな」
「そんらことわなひ」
「人の指を咥えたまま喋るな」
柔らかく温かな唇が俺の指を包み、ぺろりと、舌が俺の指を舐めあげてくる。
なんかエロい、とか思いつつも俺は少女の口から指を引き離す。
ご飯粒を舐めっ取った少女は「うまい!」と笑顔で言ったあと、テーブルに乗ったポテトやらスパゲティやらに手を伸ばし始めた。
苦笑しながら、俺は改めて少女に目をやる。
間近で見ると、まつ毛は長く、顔立ちは整っており、本当にかわいらしい少女である。
これで喋らなかったら最高なんだろうが・・・まあ、嬉しそうにご飯を食べている姿も魅力的ではある。
俺は飽きることなく少女を見つめていた。そして、
「ごちそうさま!」
満足げに少女が手を合わせたところで、俺は切り出した。
「罠にかかったな!ここでの食事代を支払ってほしくば、俺の言うことを聞け・・・いや、冗談だ。そんなに青い顔をするな。奢ってやるから」
「そ、そうか。びっくりしたぁ。びっくりして心臓が動き出すところだった!」
「ふ~ん。それでお前、名前は?」
「スルー?私のギャグはスルー?ちょっと高度すぎたかな?いまのはな、普通なら動いている心臓がな」
「いや、変な解説はいい。話が進まなくなる」
少女の言葉を遮り、俺は口を開く。
「ちなみに、俺の名前は杉浦 慎司だ。色っぽく『しんじぃ~』と呼ばれるのが夢だ」
「ねぇ、しんじぃ~。周りから見たらいまのわたしたちって、どんな風に見えているのかしら?」
「で、お前の名前は?」
「スルー?またスルー?せっかく、のったというのに・・・」
不満げにぶつくさ呟いた後、少女は胸を張って答えた。
「まあいい。わたしは神だ!」
「・・・救急車を呼んでやろうか?」
ああ、なんて可哀想なヤツなんだろうか。
「そ、そんな可哀想な人を見る目でわたしを見るなぁ!本当なんだぞ!」
「はいはい。それじゃあ神では呼びにくいから、お前のことはバカと呼ぶな」
「失礼だぞ!」
「じゃあ、ホットドック泥棒。長いからドックと略称するか」
「ガルルゥ!」
イヤだったのか、少女は両手を伸ばし、威嚇をしてきた。
とんだ狂犬もいたもんである。
「じゃあ何て呼べばいいんだ?」
「そうだな・・・」
腕を組んで考えた後、ドックは言った。
「フォルトゥーナだ。長いからトゥーナでいいぞ」
「わかった、ドック」
「そう、俺はマッドドック。狂犬と呼ばれた男。飼い主に嚙みつく危険な・・・って、違う!誰がマッドドックだ!誰が男だ!このおっぱいが見えないのか!」
自分で言っておきながら怒り出すドック。
どうでもいいが突き出してきた小ぶりの胸を俺にどうしてほしいのだろうか?
突っついてもいいというのなら、俺は決して迷わない!
「まったく、失礼だな。ドックだなんて・・・わんわん!」
ドックはわんわん言って怒っていた。
「すまんドック。だが、フォルトゥーナって、何かの女神の名前だろう?お前、神にでもなったつもりかよ?」
「だから、神だって言ってるじゃないか!」
ブンブンと手を振り回すドック。本当に子どもみたいなヤツだ。。
「まあ、信じろというほうが無理だ。お前は俺の購入したホットドックを奪い、俺のお情けで飯を奢って貰っている。ちょっと可哀想な小娘でしかない」
「そこは誇張でもいいから、美少女と表現してはくれまいか?」
「お前は俺の購入したホットドックを奪い、俺のお情けで飯を奢って貰っている、ちょっと可哀想な犬コロでしかない」
「い、犬コロだと!なんだ可愛いじゃないか!そ、そんなこと言われてわたしが喜ぶとでも思っているのか!・・・ちょっと嬉しかったじゃないか!」
・・・嬉しかったのかよ。
「だが勘違いするな。わたしがいつまでも犬に甘んじていると思うなよ?飼い犬だって、イヤがることを飼い主がすると、怒って噛みついたりするんだぞ?」
「ないおう。犬コロの癖に生意気な。貴様は、どこの出身だ?」
「日本生まれ、ヒップホップ育ち」
「頭悪そうなヤツは大体友達ってか?」
トゥーナは笑顔で俺を指差しいった。
「友達!」
ぶっ飛ばしてやろうか、こいつ。
ニコニコ笑いながら、人の手を掴んで握手なんてしやがってからに。
柔らかい小さな手が俺の手を包み込み、上下にブンブン振り回す。
「・・・それで話を戻すと、神とか言ってたけど、お前は何の神なんだ?」
「すごい神だ!」
ああ、予想以上に頭の悪い答えが返ってきてしまった。堂々と胸を張っているあたり救いようがない。まだ『食欲の神だ』とか言ってくれたら、笑い飛ばすこともできたのに。
思わず俺は視線を落とし、「あっ、そう」と曖昧にうなづいた。
「ど、どうして、そこで目を逸らすんだ?な、なんだ、その曖昧な笑顔は!信じてないな!信じてないだろ!」
素直に「ああ」と頷くと、ドックはプンプン怒りながら言った。
「もう怒ったぞ!そこまで言うなら証拠を見せてやる!」
証拠か。目の前の少女は、バカな上にドックだから、きっと何か残念なことを仕出かすに違いないだろう。可哀想なので、からかうのは止めてやろう。
「別にいいよ、トゥーナ」
「トゥーナではない!マッドドックと呼べ!」
気に入ったんだろうか、それ。
「まあ、落ち着けよ。ほら、プリン食べろ、プリン」
「わ~い、プリン食べゆ~、じゃない!慎司は信じてないだろ?」
「誰が呼び捨てにしていいと言った?」
「あ、ごめんなさい・・・って、いいじゃないか!慎司だって、わたしのことをトゥーナって呼んだじゃないか。名前で呼び合うことで、ふたりの仲は急接近なんだぞ?」
「急接近は別にいいとして、お前証拠とか言って、いきなり雨乞いとかはじめるなよ?周りの人の迷惑になるから」
「そんなことはしない。雨が降ったら、傘を持っていない慎司が濡れて帰ることになるじゃないか。わたしはご飯をくれた慎司に感謝しているんだ。慎司にはイイコトをしてやろう」
む?イイコトとな。