馬車の中で…
ガチガチになりながら、目の前の偉丈夫を見上げた。天也、緊張するな流水の心得だ。
「向川寛治殿、お初にお目にかかる。私は、小山天也と申します。」
ギロっと向川殿の目が俺を捉える。
「敬称不要。向川とお呼び下さいませ」
「では、向川君でどうでしょうか?」
向川殿は、頷いた。向川君になった瞬間である。
「では、帯同を」
向川君に智里と二人でついていく。家の外には立派な馬車が止まっていた。中世ヨーロッパかな?
「足元に気を付けて」
そう言うと、智里の手を取りエスコートしている。智里の姿が馬車の中へと消える。
「…」
向川君は、黙したまま立っている。俺のエスコートは?と疑問に思っているとライトノベルを思い出した。ゆっくりと歩いていき自分でタラップを登る。向川君は、恭しく一礼した後、静かに馬車の戸を閉めた。
座席は俺が御者席に近い位置に。智里は対面に。
「向川君は、傑物ですね」
「そう言って頂けて嬉しいわ。何せ筆頭執事だもの」
なるほど。智里の父上の右腕なのか。気品があるはずだ。家を纏めているのかもしれない。書類仕事だってあるはずだ。主に持って行く書類の取捨選択などだ。代筆もするときもあるだろう。バレないように頑張ろう。貴族で通したのだから…。
たわいのない会話の中に智里から、この国の情報を得た。国の名前は、大和帝国。和后と言う年号は、新たな帝が初の女性だから。これからは、男女均等法により、男女の差別を無くそうとしているそうだ。
だが、一部の古い考えを持った元老院は、対立しているそうだ。元老院には、新たに女性の役人も在籍していて孤軍奮闘と言う訳ではないらしい。
上杉謙信については、温厚で物腰が柔らかく、柔軟な考え方を持つ人物のようだ。娘は六人。智里が長女だった。なんてこったい、、、、頑張れ、俺!
「それにしても揺れないね。どういう構造してるの?サスペンションでもつけているのかい?」
「いやですわ、アナタ。車じゃありませんから。板バネ式ですわ」
そうだった。自動車整備士をやったことがある兄が言ってたな。構造的に馬車にサスペンションは、あり得ない、と。板バネ式が現実的だと。というか、
「自動車があるのかい?」
「ええ、帝専用車一台だけですが。王都の貴族は皆知ってますわよ」
ヤバい、ミスった。バレる。挽回できない。顔を忘れた女神様助けて。
「と言う事は…」
止めて!それ以上言わないで!笑顔を崩さないようにするのが精一杯だった。
「次男だから、王都に言ったことが無いのですね。よっぽど古い考えを持ったお家にお生まれになったのですね」
天也は、女神に百の感謝と愛の言葉を捧げた。