非の打ちどころがない。
ある少女がメタヴァースコミュニティにアクセスする。彼女はあるタブーをおかそうとしていた。
『そばかす、それから、鼻をてからせて、鼻をぺちゃんこに』
彼女がメタヴァース空間にアクセスしてから周囲の人間は驚嘆の声をあげた。
『なぜそんなに醜い形にしたんだい』
空中都市の街中で、傍らに彼氏の腕を抱きながら、彼女は、笑う。彼氏も人々と同じ質問をする。
『醜い顔にする必要などないのに、今日は冗談がすぎる』
だが彼女は強気にいう。
『私はついに私になる、私がいやなら、別の女を探しなさい』
人々がすれ違いざまに彼女の異変にきづき、口をそろえたように罵倒する。
“醜いものだ”
“あまりに醜い”
“あれは罪だ”
街中の人々がみんな、どこかに電話をかけはじめる。
『私は、あまりに“うまくつくられすぎた”そのことに飽きてしまったのよ』
すぐに天上警察がかけつける。少女はとりかこまれた。
『あああああ!!』
少女はひとにもみくちゃにされ、ふんずけられる、雑踏の中で叫ぶ。少女が口にしたいことばを人々が叫ぶ。
『醜いひとだ』
『悪夢だ』
『メタヴァースから追い出せ!!』
現実世界の少女にも、警察の魔の手がせまった。
『警察だ!!開けろ』
少女は頭に装着した端末をおき、メタヴァースから出る。自室の扉をあける。直ぐに警察によって外につれだされた。
外へ出て、ひろがったのはメタヴァースの中と同じ光景。人々が口々に叫ぶ。
『醜い』
『愚かな!』
『○○!!あなたは美女でしられていたのに!!何が不満なの!』
集う野次馬。その中から一人の男がでてくる。まるでマネキンのように整いすぎた顔をした男、彼女のメタヴァースでの彼氏であり現実でも同様だ。
『やはりこうなった、すぐに君は捕まるぞ、わざわざ自分の顔を侮辱して描くとは、君は、ここでの生活の何に不満があったというのだ』
『なぜ、同じ世界を反復するの、なぜ同じ現実を反復するの、比較するものもなく、自分たちだけ美しくなって一体何になるというの!!』
『でも、僕は君のことを大事におもっているよ』
『私は、どうでもよい存在になりたい、だれにとっても一切何の気にも留められないような、そんな奇跡的な存在になりたい、生まれてからずっと、私や私たちは奇跡の人間のように扱われてきたけれど、奇跡が集まりすぎて、もはや私たちは“ふつうになってしまった”』
そういった瞬間、発狂したように周囲の人間たちが、町の人間たちが、家のベランダから、マンションのベランダから、街角から、天をむいて頬を抱いて耳をふさいで同様に叫びはじめる。
『ああああああ!!!!』
『彼女は悪魔だ!!』
『悪魔の言葉を聞くな!』
彼女は、天上の生活に飽きていた。天上の生活ー地上1200メートルに打ち上げられた浮遊する船。その中に限られた天才の子供たち容姿端麗で知性が優れた人間たちだけが住む。その人々の楽しみが、余暇に使われるのが、メタヴァースの中で第二の人生を創造するということ。だがその中でも、日々の生活と同じもの、そう、あまりにもうまくつくられすぎた顔と、高すぎる知的水準を持つ人々と、代わり映えのない、現実の繰り返しがまっているだけ。老いもなく、まるで同じ町、同じ時間に何時間も何日も何年もとじこめられたような苦痛の日々だった。
少女はいう。
『飽きたのよ』
人々が少女を指さ口々に叫ぶ。
『なんて傲慢な』
『贅沢な!!』
『地上の人々になんていいわけをするんだ』
少女はそれでも、わるびれることなどなかった、むしろ彼女の決意は固く、いま自分の顔にナイフをつきつけて、いきおいよく傷をつくった。鮮血がとびちり、わめく観衆。警察が少女を取り押さえる。
『この“天上船”では、あらゆる醜いものはタブーだ、醜いものは、知性や美意識の邪魔だ、あらゆる犯罪の源なのだ』
だが少女だけがしっていた、覚えていた。そんなわけがなかった。ここでも犯罪は起こる、あらゆる美意識や知性は、つきつめれば“平均的感覚”におちつく、この船の上ではだれもが似たり寄ったりな顔をしている。少女は個々の生活に飽き飽きしていた。ここでの生活は何不自由なく、ありとあらゆるものが手に入り、ありとあらゆる欲望をすぐにみたせる、それが少女を狂わせた。
だが少女は連行された。現実がすでに彼女においつきはじめていた。しばらく牢にいれられ、彼女が“正常”になるまで人々はまった。だが彼女は変わらず、人々は彼女の存在をあきらめ、裁判が行われた。彼女のような存在は、しばしばあらわれる、時にここでの生活は、欠点がまるでないということが最大の欠点となる。だがだれもがそれを“犯罪”という、“醜さ”を見せるものすべて、“罪”にとわれる。そして、彼女は一切の反省もみせなかったため、罪に問われた。この船の極刑である。
『地上送り』だね
人々は笑う。その少女の目的がそれだったことをしらず。
36日後、彼女はパラシュートをつけられ、警察につきおとされることになった。
未来の地上には何もない、デザインされていない空間だけがある。地上の人々は差別されている、電気やガスをほとんど使うことができない。暗く閉ざされたゴミと荒れ果てて滅びゆく大地とともに生きていくしかない。半野生の生活だ。パラシュートが開く、彼女は地上におりたった。醜い野生動物たちが彼女を迎える。動物などというものも醜く、ありとあらゆる微生物も土も醜いとされた空中から、少女はつちをふむ。
醜いやじうまたちが地上をみている。つちをふんで、少女はそのつちをかおに、まだ傷のいえぬかおにぬりたくった。やじうまたちは恐怖した。
だが少女はその牢獄のような地上に降りてわらう。
『私の半生はデザインされすぎていた、やっと自由を手に入れることができる、綺麗なものより、整ったものより、私は自由を愛している』
彼女が叫ぶと、地上の原始人と化した人々がわらわらとよってきた。