終章4 愛しい人に最大の告白を
数秒間、アーリアはレオンの言っている言葉が理解できなかった。
彼の勘違いの癖を思い出し、三ヶ月前を思い返して、誤解が生まれたことに気がつく。
「あのね、わたしがエンツォを好きだと言ったのは、仲間としての好きなのよ?」
教えてやるとレオンはぎこちなくこちらへ目を向ける。
「仲間としての、好き?」
返された言葉に、アーリアは頷く。
「……俺の誤解だったんだ」
「わたしが誰かを好きになったら、真っ先にレオンに教えに行くわ。だから変な勘違いをしないで」
「……うん」
頷いて、彼は強く唇を結ぶ。
「あなたは一人じゃないし、あなたを一人にしようだなんて、わたし達は思わないの。レオンが側にいることがわたし達の幸福なんだからね。だって、わたし達仲間じゃない」
言ってやると、レオンは大げさに溜息を吐いた。
それから手の中に握っていたなにかをくしゃくしゃと動かしてから、アーリアへ目をくれた。
「…――アーリア、あのさ」
「……なに?」
「髪、ほどいていい?」
髪を軽く引っ張られ、アーリアは動きを止める。
レオンの整った顔からさっきまでの子供のような表情が消え失せ、切ないまで張り詰めた空気が漂う。
レオンはアーリアの答えを待たずに、髪を結ぶ黒い紐を解いた。
ゆるい巻き髪が風をはらんで肩へ落ちる。
「髪飾りを買ったんだ」
艶のある声でそう言って、彼は手の中の髪飾りを見せた。
白い花が三つ並んだ髪飾り、真ん中の花の花心は無惨に切り取られている。
「これ……壊れちゃったの?」
(だから、そんな顔をしちゃうの?)
アーリアがレオンを見ると、彼は首を振った。
「ここに神王の星が入っていたから、切り取ったんだ」
深い事情を聞きたかったが、話をそらしてはならないような雰囲気が漂っている。
きりっとしているのに甘く柔らかで、逃げ出したくなるのに留まりたくなるような、何とも言えない空気に胸が詰まる……。
「壊してしまったけれど、アーリアに付けてもらいたくて……ずっと眺めていた」
レオンが髪の中に指先を差し入れて、やさしく彼女の髪を整える。
「……好きだ」
甘い呟きが頭のてっぺんに落ちてきて、心臓がとくりと鳴る。
(きっと仲間に対しての好きだわ)
すぐに頭の隅にある冷静な思考で言葉を認識し、アーリアは目線を上げる。
レオンは不器用な動作で髪に髪飾りを差し込んで、また口を開く。
「聞こえてる? アーリアが好きなんだ」
「レオンの好きは聞き飽きたわ」
「じゃあ、他になんて言えばいいんだよっ」
言い放ってからレオンが苦しげに俯いてしまう。
(え……、好きって、仲間の好きな方の好きじゃなくて、好きは恋人の好きで、好きなのがわたし? えーと、わたしを女の子として好き? そんなのありえない)
頭の中が混乱していく。
だが、頭の中が複雑化していくのに対して、身体は状況を的確に判断し、顔は熟れ、心拍数が跳ね上がり、筋肉は緊張してしまい、唇は震えてしまう。
「あ……、ありがとう」
お礼を述べてから、アーリアはレオンの潤んだ瞳から逃げるように項垂れた。
「……でも、……わたし、まだ恋なんて考えられないわ」
今は、これが精一杯の答えだった。
イルマの結婚を見届け、会社が安定し、悩みが無くなった頃なら考えられるかもしれない。
それでも好きだと言われたのが嬉しくて、心が満たされていくのを感じた。
「すべてが終わるまで待つから、考えて」
「う、うん」
戸惑いながらも頷くと、レオンは少しだけ黙った。
「アーリア、何を考えるのか分かってるのか?」
「え!」
レオンに突っ込まれて、アーリアは瞬きする。
「こ……恋を考えるんじゃないの?」
「俺が会いに行けなかったのは、天姫を迎えに行けと一部の神官達に急かされているからだ」
「――?」
「神王と百番目の天姫が結ばれると、天姫の遊戯は千年間行われなくなるらしい」
レオンはアーリアの目を覗き込みながら言う。
「アーリアがエンツォを好きなら、こんな結婚はできるはずがない。だけど、アーリアが仲間としてエンツォを見ているなら――俺と結婚してほしい」
琥珀の瞳に宿るのは、嘘偽りのないひたむきさ――。
誤魔化しや冗談ですませることはできない。
それだけに答えを出すのは、とても重い。
「待って……今のレオンは神王だし……わたしじゃ……」
「アーリアは天姫だろ」
「わたしは無理矢理に天姫になったようなものだし……」
「だけどアーリアが、俺を神王にしたんだ」
「わたしに時間をくれるのよね?」
「時間ならいくらでもやるから、最後には俺を選んで欲しい」
「――ッ!」
言葉に詰まって、アーリアは足元に視線を落とした。
(わたしなんかのどこがいいんだろう?)
「アーリアだから良いんだ」
心の声が聞こえてしまったのか、すぐにレオンが言ってきた。
「俺の妃になるのは、アーリアしかいない。だから、いつまでも待つから……いつかは俺の傍にいて」
「それって……時間はあるけど選択肢がないんじゃ」
「だから、好きになってもらう努力をたくさんする。今まで見たいなバカな悪口言わないし、
アーリアがして欲しいこと何でもする」
「何でも?」
「ああ、アーリアが望むなら柄にもない甘い言葉とか吐きまくってもいい。毎日だって跪いて愛を乞う」
「……そ、そんなの、レオンには無理だと思うわ」
なんとか言葉を口にすると、レオンは軽く背筋を伸ばす。
それから綺麗な動作で跪き、アーリアの顔を見上げた。
「今までの酷い態度はごめん。本当はアーリアのこと、ずっと可愛いと思っていた」
ありえない言動に、アーリアは驚きすぎて声も出なかった。
そんな彼女を前にして、レオンは視線を揺るがせずに言葉を続けていく。
「これからは素直に気持ちを伝えていく。アーリア、誰よりも大好きだ。だから……お願いだから俺との未来を考えて。いつか妃として俺の隣に座って欲しい」
固くなりそうだった心が、真摯な言葉に甘く煮られそうだ。
髪飾りに手を触れてから、アーリアは両手の指先で唇を押さえた。
レオンは、アーリアの中でエンツォともダニエレとも違う存在だ。
イルマに近い位置にいるが、イルマとも違う。
だが、どう違うのか分からない。
分からないけれど、側にいたい、と思ってしまうのだ。
「……ゆっくりで、いいなら……考える」
まごまごしながらも、心にわき上がる想いを形にしてから、アーリアは両手で顔を隠す。
頭も身体も上せてふらふらしてしまいそうだ。
するとレオンが立ち上がって強く抱きしめてきた。
「ありがとう、アーリア」
耳元に囁かれ、アーリアの胸がレオンの存在でいっぱいになる……。
冬の冷たい風が、二人の赤い頬を撫でてから木立をざわめかせる。
風の中に神兵達の溜息が混じっていることに気がついて、アーリアはレオンから身を離そうとした。
だが、彼は抱きしめた腕をゆるめてくれなかった。
大切な仲間が、大切な別の存在へと変わっていく瞬間が、今……アーリアの元に訪れようとしていた。
~終わり~
最後まで読んでくださって、ありがとうございます。
感想や評価などいただけたら、とても嬉しいです。
(誤字脱字もありましたら、ご指摘よろしくお願いいたします)
なにかまた作品がありましたら読んでくださると嬉しいです。
それでは、ありがとうございました。




