6-4 目前の死と命の恩人
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太陽は光線の羽根を天へ伸ばし、夜空だったものが朝空へと変わっていく。
空の下で、精霊を前にした人々が蟻のように散っていく。
山頂前で交通規制をしていた神官達も、途中で解散するはずの仮面の男達も、精霊に飲み込まれ、数々の叫び声が震えながら響き渡る。
精霊がアーリアの足を噛みくだこうとし、彼女は小岩につんのめって転んだ。
すると精霊達が笑いさざめき、一斉にアーリアを取り囲んだ。
赤い気を纏った色鮮やかな精霊達は、とぐろを巻いて彼女を押しつぶそうとする。
それでも立ち上がり、精霊をがむしゃらに掻きわける。
しかし、彼らは実体があるようでいて、掴むと何の手応えもない。
ただ、触れた部分が熱を奪われて重くなっていくだけだ。
(……寒い)
身体中の筋肉が外側から凍っていくようだった。
(これじゃ、走られなくなるっ)
歯がみして呻き、麻痺し始めた足を引きずった。
砂利に線を書きながらずるりと足を動かしていく。
ここで諦めるわけにはいかないのだ。
きっと仲間が、神王の星を見つけてくれる。だから、倒れてはいけない。
そう思っているのに、身体の熱が徐々《じょじょ》に奪われ、呼吸も浅くなり、意識がもうろうとしていく。
己の力のなさを嘆くことすらできない。
(……ぁ)
精霊達に両腕で抱きしめられ、アーリアはくたりと倒れた。
砂利に頬を擦りつけ、二度三度動こうとする。
だが、鉛に押しつぶされたように身体の自由がきかない。
(――みんな……)
肺から小さな息が漏れた時、彼女は思わず目を閉じる。
全身が麻痺して地に伏した感覚さえ失われていく。
感情さえも奪われて、意識が遠くへ流れていきそうになる。
(殺されてしまう。みんな、ごめん……)
死に心囚われた時、身体を掴んでいた精霊達の手がゆるんだ。
のろのろと瞼を上げると、誰かが駆け寄ってくるのが分かる。
窒息しそうなほど密な闇の中で光を投げかけられたように、その人の姿は眩しく見えた。だが、視線がぶれて相手が誰なのか確認できない。
(――レオン)
神々しい面影から連想される幼なじみの名を呼んでみたが、反応はなかった。
「あの子のお願いだからね」
声がした途端、身体の重みが消え失せる。
にぶかった感覚や、歪んでいた視界がきりりと正常に戻った。
「……宝石泥棒さん」
アーリアは地べたに頬をすりつけながら、駆けつけてきた人を見た。
「起き上がって、まだ走れる。そして、あの子と次の世代を継ぐんだ」
(……あの子?)
「さあ、先に進め!」
青年は彼女の前で立ち止まり、両腕を伸ばした。
すると精霊の大群がざわめきながら遠くへ追い出される。
青年が精霊を払ってくれたらしい。
「君は山頂へと逃げ続けるんだ。山頂の天姫が殺される前に!」
(山頂の天姫……イルマだ!)
アーリアは飛び起きて、また走り出す。
宝石泥棒の手から逃れた精霊や、新しく来た精霊が、アーリアに襲いかかっていく。
足がなかなか前に進まない。
(――でも、イルマを助けないと)
「私の足よ、動けッ」
精霊にやられなくても、もう両足の筋肉は限界を超えている。
辛くて、吐き気さえこみ上げてきて、涙がこぼれるが、止まるわけにはいかない。
(全てが無事に終わればいい。みんなが無事になる未来が来ればいい)
アーリアは無我夢中で山頂を目指す。
木がなくなり、植物は岩間に少しだけ見え、砂利道の石が大きくなっていく。
夜露で濡れた山の岩々は、朝明けの光でうっすらと輝き始め、歪な形を見せ始めていた。
人の形のような巨岩が連なる谷間を突き進み、自然に作られた岩のアーチへ向かう。




