6-1 国一番の善人とは
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(アーリアは夜明けまでは、殺されない)
どんなに精霊が追いかけてきても、捕まえたとしても、人間と精霊の神聖な約束を破るはずがない。
(だから、俺が夜明けまでに神王の星を見つけるんだ)
レオンは駆けながら空を仰いだ。
東方から白み始めていて、星の煌めきも淡く滲み始めていた。もうすぐ遊戯の期限が終わり、朝が来る。
彼は全力で曲がりくねる大通りの坂を下っていった。
(レオンッ……、……聞こえるか?)
エンツォの声が頭の中で弱々しく反響する。
必死に祈りながら声を発して、自分に知らせてくれているのだ。
(……善人リストのカオスは……星になっていない。残りの三軒を……アーリアが探しているけれど、もしかしたら彼女も……見つかっていないかも)
途切れ途切れにエンツォの思念が届く。
アーリアは星を見つけていない。
と、なればリストの善人の元に星は降りてこなかったのだ。
では、誰の元に星が降りたのだろう。
アーリアが警官から聞いた言葉を分析すると、天姫の星は大神官の家にあったのだろう。
だからあの家のカオスは盗まれたのだ。
神王の星は無欲な者の元に降りるという。
(無欲……誰が無欲だろう?)
無欲であるということは、自分のことより他人のことを優先したりする人だ。
親切で優しい人だ。
ふっと一人の女性の姿が頭に浮かんだ。
(――クールオさん)
働いているところしか想像できないほど、彼女は働き者だ。
かといって稼いだお金で贅沢をしているわけではない。
心底、人が良いのだ。
腰が痛いのに世界中から髪飾りの予約を受け続けている。
人々がほしがる恋の幸運を必死に与えている。
(だが、髪飾りは銀貨一枚もするぞ)
悩みながらも、なぜか彼女しかいない、と感じた。
金は確かに取るが、いつも人に親身になってくれて、色んな人の恋の相談も毎日毎日何時間も聞いている。
善人を絵に描いた様な人柄は誰からも好意を持たれている。
(そうだ。髪飾りに神殿で祈りを捧げた綿を使っていると言っていた)
ズボンのポケットの上から髪飾りに触れる。
神殿の清浄な空気が、そこから漂っていた。
(神殿でこういったものの祈りを捧げるには、金貨一枚はかかる)
髪飾りの布は絹のようだし、クールオさんが手作業で一個一個作っているから……もしかしたら大した稼ぎになっていないのだろうか。
レオンは膝から手を離して、大通りを眺めた。
もう少し降りれば、クールオさんの家へいける。
(――迷っている暇はない、行こう!)
足を一歩大きく前に出した時、筋肉が悲鳴を上げる。
体力の限界が近づいているが、そんなものは超えてやるのだ。
己の身体がどうなろうとも、たとえ死んだとしても、アーリアを守りたい。
彼女は、十年前のあの日、孤独に震えていたレオンを優しく抱きしめてくれた。
人の体温を初めて感じ、人に触れられることの嬉しさに泣いた。
以来、ずっと、本当にずっと、彼女はレオンを支えてくれたのだ。
アーリアには話していないが、レオンは大神官を憎むあまりに彼を殺そうとも思っていた。
あの人さえいなくなれば、悪夢のような日々から解放されると信じていた。
それを行動に移さなかったのは、アーリアがいたからだ。
人の心の温かさを彼女が教えてくれた。彼女が友情という愛を与えてくれた。
だから彼は狂気に心を動かされなくなったのだ。
どこまでも深く広がる感謝の念と、揺るがない友情と、気持ちを駆り立てる恋心を栄養にして、レオンは走りに走った。
膝の間接が痛み、振り上げる腕が軋み、腹に力が入らなくても速度をゆるめなかった。
そうして大通りを曲がり、階段状の小道に入り、石段を駆け上がっていった。
目的の店にたどり着き、レオンはバルコニーを仰ぎ見る。
「クールオさん!」
こんな時間だ、寝ているかもしれない。
だが、呼ばずにはいられなかった。
「クールオさん!」
何度も繰り返して彼女の名を叫んだ。
しかし、バルコニーから人が出てくる気配がない。
バルコニーの奥に寝室があるはずだった。
レオンはじれったくなって、店の戸に手をかけた。
錠がかかっていて開きそうにない。
(……また、侵入するしかないのか)
躊躇っている時間はない。やるしかないのだ。
悪事を働く度に痛む胸を押さえた時だった……。




