5-1 悪い行いに震える心
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自分の身体に風が戻ってきたようだった。
お土産物の仮面を付けた人々が往来する中、アーリアは軽やかに路地を駆け抜ける。
「また宝石泥棒が出たぞ!」
宝石泥棒を追う警察の姿を見かけ、顔をベールで隠し、小道に入って深呼吸をする。
そこも人があふれかえっていた。
食べ物を口に運びながら談笑する少女達、おもちゃに興じる子供達、足を怪我した恋人を背負おうとする男性、今日は遅くまで起きている老人方……。
賑わいの中から、毅然として祭りに挑んでいるというイルマを褒める声がして、アーリアは従姉の顔を思い出す。
(わたしは、イルマと夜明けに会うんだ。会うために、彼女のために、生きるんだ!)
決意を新たにして、坂の上を小走りし、建物の壁面に貼られている住所のプレートを見てから家を探しつつ進んでいく。
そして蔦に覆われた緑の邸宅に辿り着き、玄関の戸を叩いた。
しかし何度叩いても人が出てきそうな気配はなかった。
また、忍び込むしかないのだろうか……。
だとしたら、今度は、一人で全てやらなくてはならない。
エンツォとダニエレとは離れて行動することになった。もう時間が僅かしか無く、全員で固まって探してはいられないのだ。
(わたしが精霊に負けたら、この国に災いが起きるかもしれない)
ポケットから今日の売り上げ分の金貨を一枚出して、目の前で握りしめる。
(凶作に不漁なんて起きたら、大陸から離れた小さな島国だもの……直ぐに危機になってしまうわ)
アーリアはすっと垣根の中へ入り、糸杉に囲まれた小さな庭へ移動する。
そしてレオンの真似をして、躊躇いながらも小石で格子窓の端を割った。
鋭利に割れたガラスの隙間から鍵を外し、窓を開く。
泣きそうになりながらそっと窓から内部へ侵入し、金貨を一枚窓枠に置いた。
(ああ、そうか。宝石泥棒さんが金貨を置いていくのは、窓の修理代なんだ。そしてきっと、忍び込んだことへのお詫びなんだ)
そこまで思ってから、アーリアは項垂れそうになる。
(お金を払っただけで、お詫びになるとは思えないけど)。
落ち込みながらも、明るすぎては見つかるから……とハンカチで覆っていたランタンを解放する。
室内がランタンの細い火で照らされ、闇がオレンジ色を纏いながら透けていく。
(どこを探せばいいんだろう)
さっきはレオン達がいてくれたから、少しだけ安堵して作業をすることができた。
今は独りぼっちで、何からどう手を付けたらいいのか分からない。
ふわっと風が窓の隙間から入り込んで、被っていたベールを動かす。
びくりとして振り返り、ただの風の仕業だと知って緊張で上がっていた肩を落とす。
だが、作業をしようとすると、また肩が上がってしまう。
(……ごめんなさい、ごめんなさいっ)
もし、無事に戻れたら……と彼女は心中で思う。
不法侵入した家に、謝罪の手紙を書いて送りたい。
直接会って謝った方が良いとは思うけど、それではレオン達のこともバレてしまう。
(ごめんなさい。こんなことしか考えられなくて)
辛くて動きを止めたアーリアの耳に、柱時計の音が入り込む。
時を刻む時計の音が心音と重なって――ああ、わたしはもう少しで死ぬかもしれない――とこれから先を考える。
死ぬ前に、何かをイルマに残したい。
(わたしが死んでもイルマが安心できる、何かを……)
「……駄目だ」
死ぬことばかりに心を囚われそうになるが、アーリアは頭を振って嫌な考えを棄てようとした。
生きるのだ。
生きるために行動するのだ。
精霊に負けてはいけないのだ。
ぐるりと部屋を見渡して、椅子のクッションをどけては戻し、椅子の裏を見たり、棚を開けていったりしていく。
国民を守るという責任と、忍び込んでいることと、死を目前としていることで、鼓動がどんどん早くなり、呼吸は長く制止する。
震える足で台所に行き、お母さんが貯蔵庫に宝石を隠していたことを思い出す。
台所隣の貯蔵庫の扉を開けて、干したハムが並ぶ中に頭を入れる。
ガタッ。
戸に腕がぶつかって、大きな音が鳴り響く。
するとすごく近くでギシリと床を踏む音が聞こえた。
(――誰かいる!)
体温が急激に冷えていく感覚に襲われながら、慌てて貯蔵庫に逃げ込んだ。




