4-9 忘れ去っていたこと
「エンツォの都合なんて、無視しちゃいたくなってきたわ……」
「今、おしゃれを楽しまないでいたら後悔するかもしれないよ」
「しないわよ」
「はぁ。全く、この子は」
彼は本当に面白くないという顔で言って、またボタンを留め始めた。
「いいから、急いで着替えて。祭りのどこにいてもおかしくないような格好になりなさい」
エンツォが戸をあけたまま部屋へ引き返し、アーリアも客間に戻った。
時々だけれどエンツォは厳しいことを言ってくる。
「そんなに私の服装って変かな……」
(でも、近所のおばあさん達が、わたしにってくれたものだし、愛情だけはこもっていると思うわ)
そんなに着ていない服を彼女達はアーリアに譲ってくれる。
がんばりやさんだね、えらいね、って褒めて服をくれるのだ。
みんなの好意はとてもありがたい。
(――みんな)
アーリアは額の星を人差し指で押さえた。
(わたしが頑張らなければ、みんなが飢えてしまう)
星から指を離して、大切な人たちが贈ってくれた大切な服を腕で抱きしめる。
彼女たちの好意のおかげで、自分がどれだけ助かったのか……、どんなにお礼を言っても伝えきれない。
だから、イルマや自分の身のためだけではなく、彼女たちの気持ちを上回る思いで頑張りたいと思うのだった。
アーリアは、ほのかに石けんとお日様の香りがする服を脱いで、柔らかでいて張りもある綿のブラウスに袖を通す。
肩のところから袖口までふわっと膨らんでいて、袖のボタンは刺繍の花がある。
ブラウスの上から身体にぴたっと合う深紅のベストを頭から被ってお腹の上でリボンを引っ張って結び、たっぷりとしたスカートをはき、フリルひらひらのエプロンを着ける。
本棚のガラス扉に己の姿を映してみて、髪に手を伸ばした。
今朝、きつく結んだ髪の結び目は緩み、左右から髪が落ちていて、やつれているように見える。
黒いリボンを外し、手ぐしでゆるい巻き髪を整えてから、レースの薄いベールを被って、備え付けのピンで固定する。
「……変なの」
着飾った自分は、いつもより不細工に見える。
いや、不細工というより滑稽に見える。
無理して似合わない服を着ているような気がしてしまうのだ。
女性であることなんて、とっくの昔に棄てているのに、どうしてお洒落をしなければならないのだろう。
「エンツォには悪いけど、……この服はイルマにあげるって言わなきゃ」
独り言を言ってからアーリアは部屋を出た。
男性の民族衣装に着替えた二人が、アーリアを見た直後に笑う。
(――あ、やっぱりおかしいんだわ!)
「若く見える」
ダニエレが可愛らしい笑顔のまま言って、視線でエンツォに同意を求めた。
「ほんとだね、五歳ぐらいは確実に若く見える」
「そんなに、ガキっぽく見えちゃうの?」
アーリアが恥ずかしがりながら聞くと、「違うよ」とダニエレが即答した。
「今までが老けて見えすぎたんだよ。今のアーリアは年相応に見える」
思いがけない言葉に、アーリアはチラッと服に視線を送った。
ひらひらふりふりの服がおかしくないなんて……。
「いつも、そんな服を着ろとは言わないけど、たまには着てあげなさい」
着てあげる、という言葉に引っかかりを感じてアーリアは目線を上げた。
エンツォは意味深に微笑んだまま、もう語らない。
ボォォォンと時鐘の音がして、エンツォが懐中時計を確認した。
「あと、二時間か……」
おしゃべりを続けている暇はない。
着々と時は刻まれ、身に危機が迫っていた。
「さて、準備もすんだし、次の家へ向かおうか」
いつも穏やかなエンツォの声が、微かに強ばっていた。
*大切なお願いです*
この作品を少しでも気に入っていただけたら、
下部の☆マークを押して評価をお願いいたします。
ブックマークや感想もいただけると、とても嬉しいです!
励みになります!
よろしくお願いいたします。




