4-8 幼なじみの贈り物
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エンツォの家に人の気配はなかった。
遠くにあるわき水の音がチラチラと聞こえてくるだけで、ひっそりとした空気に占領されていた。
お手伝いもいないのか、家の中には僅かな暖かさも残っていない。
秋夜の冷えた空気が広い屋敷を制していて、家へ入ったのにアーリアは身震いする。
エンツォの家族は毎年、大通りにある二階に広いバルコニーを持つ親戚の家に行く。
そういう場所は天姫の行列を混雑にもまれずに見られる特等席である。
「残念、うちのカオスには変化がなかったよ」
大きな袋を抱えたエンツォが廊下に出てくる。
「ダニエレ、私の部屋で一緒に着替えよう。アーリアはこっちの部屋でこの服に着替えて」
彼は言って、膨らんだ袋を差し出してきた。
「別に服は汚れてもいないわよ」
「警察に私達の服装が分かられている。一瞬の判断をごまかせるだけにしろ、着替えておいた方が良い。それにアーリアの服装は目立つよ」
「え、どこが?」
「若い女の子がおばあさんみたいな服装で歩いているんだもの。人の記憶に残りやすいでしょ」
「……だって」
言い訳を考えたけれど、たいしたものは浮かんでこない。
「着替えなさい」
エンツォに袋を押しつけられて、アーリアは黙って受け取った。
客間に入り、ソファーの上に包みを置いてテーブルの上にランタンを置く。
幼い頃から慣れ親しんだ家だけど、エンツォの部屋以外に入るのは気が引ける。
エンツォの家は代々続く製紙工場で、ちょっとやそっとのお金持ちではない。
調度品から滲み出る品格が、アーリアのような庶民を寄せ付けようとしなかった。
気軽に置かれているテーブルの上の灰皿だって、きっとかなりの品物なのだ。
早く着替えて早く出よう、と彼女は袋を開いた。
きっとお姉さんの服だ、と思っていたのに、どうみても新品の民族衣装が入っている。
白いひらひらのブラウス、深紅に黒いリボンの編み上げベスト、黒い刺繍が施された薄紅色のスカート、フリルたっぷりのエプロン。
頭から被るレースのベールもある。
「……えっと、えっと」
もしかしたら恋人にでもプレゼントする服じゃないのか、とアーリアは考えた。
エンツォは毎回違う女性と歩いているので、その内の誰か用かもしれない。
部屋の戸をあけて、エンツォを呼ぶと、斜め前の部屋の戸がガタガチャと忙しない感じで開いた。
「なに、アーリア」
エンツォが民族衣装の白シャツのボタンを留めながら姿を現す。
「これ、着て良いの? 誰かにプレゼントするんじゃないの?」
「ううん。アーリアにあげようと思っていたものだから」
しれっと言われて、アーリアは一度手の中の服に視線を落としてから、またエンツォを見やる。
「もらえないわよ、高そうだもの」
「しかたないな……今まで黙っていた私の気持ちを正直に言うけれど」
エンツォは辛そうに息をついてから口元にそっと指をあてた。
「な、なに……」
「実は……ずっと心に秘めていた想いがあるんだ」
「秘めてたって? 何?」
「どうせ祭りの中を連れて歩くなら、おしゃれしている子と歩きたい」
「!」
ちょっとした衝撃を受けながら、アーリアは手の中の洋服を握りしめる。
「いくらなんでも、服装にも時と場合があるでしょう。店で働いている時はいつもの服装でかまわないと思うけど、お祭りを私と楽しむなら、それ相応の服装をしてくれないと」
「そんなこと思ってたの!」
「みんな着飾って祭りを見に来ているのに、君だけおばあさんみたいな格好で行くの? そんなの一緒にいる私がつまらない」
ぷー、と子供っぽくエンツォは頬を膨らましてみせた。




