4-7 契約の星と姫の命
その時、ガタッと何かが揺れる音が聞こえた。
「失敬、酔いが回ってしまったようで……火照った顔を冷やしてきます」
カーテンが動き、レオンは足音を潜めて木立の陰に隠れた。
アントニオがてかった額を叩きながら外へ出てくる。
彼はリュートの音をかき乱すようにザカザカと音を鳴らしてテラスを歩き、そして荒々しく飛び跳ねて芝の庭に降り立った。
彼が不機嫌なのは態度で分かる。
レオンはそっとアントニオの背後に近づき、リュートの音がひときわ高くなった時に彼の口を塞いだ。
「精霊からもらえる代わりの星とは何だ?」
耳に囁きかけると、アントニオが強く奥歯を噛むのが分かった。
「神王が、この国どころか世界も終わる、と言っていた。代わりの星のせいではないのか?」
口を塞がれたままアントニオは「精霊隠しのレオン?」とくぐもった声で言う。
「そうだ、五百年間も精霊に隠されていたレオンだ。今、百番目の天姫と精霊の遊戯が行われている。俺は神王の星を探している」
「……っ」
驚いたのか、アントニオが振り返ろうとした。が、レオンは体勢を崩させずに、腕の力で元へ戻す。
それから「落ち着け」と話しかけながら、彼から手を離した。
アントニオがそろそろと首を動かしてレオンを見、眩しそうに目を細める。
「代わりの星とは何だ」
「飢餓を起こさないと精霊と契約した証の星です」
小声でアントニオが答えた。
「そのような星があるのか」
「精霊達が見目麗しい乙女の魂と引き替えに大神官にくれるのです。ただし、元々の約束は……」
アントニオが言葉を詰まらせてから、宴会が行われている部屋へ視線を傾ける。
「言え」
リュートだけではなく太鼓の音まで鳴り響く中、アントニオは顔を両手で押さえて項垂れた。
彼はぎりっと自分の顔面に爪を立てて、小さな悲鳴を漏らす。
「元々は、神王が眠ったままだから……眠っている五百年の間は、遊戯は行わなくて良いということで渡された星です。百番目の天姫の遊戯を、神王なしでやるのは不可能に近いから……」
「神王は目覚めている。そして遊戯を行っている」
アントニオは顔を押さえたまま、蹲って小さくなった。
「知っています。神王は何日も前から……行方不明です。ですが、大神官が公表するなと……精霊祭は通年通り行うと命令してきて……」
彼も苦悩しているのだ。毎日の様に大量の酒を飲み、喉が焼け、嗄れ声になってしまうくらい飲み続けるほど辛いのだ。
「教えて欲しい。どうして精霊は、そのような遊戯をするんだ?」
「精霊は、北極星と南極星から、人の管理を命令されています。百番目の天姫の儀式は、人がおこした罪悪の数だけ人を呪うという制度です。この制度を知っているから神殿の上層部は、人の罪を正しく罰することができるのです」
「ならば、罪人だけ呪えばいい。どうして全ての民が犠牲になるんだ」
「罪人を生み出す人間社会そのものに問題がある、と……精霊は考えているようです」
理不尽だ、とレオンは言い出しそうになった。
「アリキート国は、人の価値を確かめるための島です。人がどのように生活するのか、人がどのように行動するのかを精霊によってみられています」
アントニオは当たり前のことを言うように真顔で語った。しかし、レオンの心の中で怒りがふくれあがる。
「くだらない。飢餓を引き起こす精霊こそが罪悪だ」
そんな制度無くなればいいのに、と彼は怒りを心の中で更に叩いて腫らさせる。
この感情は決して忘れてはいけないと思う。
「建国から千五百年、続けられてきた、大切な儀式です」
「千五百年間も、こんな馬鹿げた内容に反発をしなかったなんて」
アントニオの言葉にレオンは反発して口を開く。
が、ただ非難するだけなら誰でもできるのだ。
変えたいと思うなら行動しなくてはならないのだ。
「今更、変えることはできません。それにもう百番目の天姫の遊戯が始まっているというならば、遊戯を成功で終わらせなければいけません」
(まずは、今回の精霊遊戯を終わらせることが先決か)
レオンは大切な人々の顔を思い浮かべて右手で親指を握りしめた。
アーリアとこの国を救う手だてが一つしかないのなら、なんとしてでも無事にやり遂げなければならない。
精霊遊戯を天姫側の勝利で終わらせるのだ。
「――お前の家のカオスは、カオスのままか?」
怒りを鎮圧し、声のトーンを落として問いかけると、アントニオは深く頭を落とした。
「私のカオスが星になるかもと思って見ていましたが、カオスは透明で丸いままでした」
「そうか。では、次の家へ行く」
レオンが庭の闇へ入ろうとした時、アントニオが彼のズボンを掴んだ。
「もし、神王の星を見つけたら、大神官には渡さないでください。ああでも……」
アントニオがそこまで言いかけた時、ざっとカーテンが開いた。
「アントニオ、そろそろ神殿へ……」
張りのある声が闇に響いてから、ひぃっと声が高く響いた。
「レオンッ!」
若い神官をレオンは睨み付けてから、黒き夜風の中へ身を駆けさせた。




