4-5 呪い祓いと近づく終わり
「お前達のような、ガキの遊びに付き合っている暇はない」
「我々の話を信じないのですか。信じなくても結構。だが、現に、宝石泥棒は霧のように人々の前から消えている。今回の事件は、不思議だらけなのをお忘れなく」
おおぼらなのか真なのか、判断ができない境目をエンツォは渡っていく。
「アーリアの額の石をご覧なさい。内側から光を放って輝いている。こんな石、今まで見たことがありますか?」
エンツォがアーリアの額を指さし、所長が脂臭い息を吐きながら顔を近づけてきた。
「まあ、光っている……な。火もともっていないのに」
「原理は、宝石泥棒を捕まえたら解ると思われます。多分、あなたがたより、我々は宝石泥棒に詳しいはずです」
「なにを言う!」
エンツォの一言で、所長が瞬時に怒りをわかせる。
「警察では、宝石泥棒が、どういう理由でカオスがある家を狙っているか分かりますか?」
所長が黙ると、エンツォは小さく笑った。
「今の彼は、善人の家ばかり狙っているのです」
「しかし、一昨日はマフィアの家でも宝石泥棒騒動があったと聞いている」
所長が言い返すと、エンツォは安心させる為にアーリアの頭を軽く叩く。
「今は、と言っています。標的が善人の家に絞られたのです。信じないなら、今日、宝石泥棒があった家を並べてみてください。絶対、善人の家にしか忍び込んでいませんから」
エンツォの歯切れの良い言葉に所長は押されたのか、暫し黙った。
「おい、お前ら。今日、被害にあった家をリストアップしてこい」
「はいっ」
取調室から警官達が急いで出て行く。
「今年カオスを購入した善人を捜して、カオスが無事なのか確認してください。これによって被害が防げるでしょう。私達は、あなたたちより一歩踏み込んで調査します」
「――次に違法な動きをしているのを見つけたら、必ず逮捕する」
言い捨てて、所長も取調室からバタンと出て行く。
室内が急にしんとして、アーリアは瞬きして、身をかがめさせてきたエンツォを見た。
「もう大丈夫だよ」
真実と嘘をない交ぜにして、都合良く警察を動かしたエンツォが笑う。
「今、ダニエレが呪い祓いをしてくれるから」
(――呪い祓い……。ああ、神殿で年に一回やってもらう儀式だ)
アーリアはぼぉっとしている頭の中で思った。
ダニエレはレモンの葉をアーリアの唇にはさみ、レモンの枝でアーリアの身体を叩いていく。
叩かれる度に、少しずつ身体の重りが消えていくような気がした。
「一に北の星の輝力、二に南の星の輝力によって、この者の呪いを祓う」
ダニエレがレモンの枝をアーリアの頭の上で動かしながら祓えの言葉を唱えていく。
「海の大渦の奥へこの者の罪悪を流し、また山の風によってこの者を清めたまえ。天命を宿す星の輝き、この者の頭上に降り、明るき未来へ誘い給え」
朗々と唱えられる言葉によって、身体が楽になっていく。
腕のこわばりが抜け、肩が軽くなり、首を上げられるようになる。
背骨に張り付いていた重りが消え失せ、上半身を上げられるようになる。
「星神よ、この者を良き方へ導きたまえ!」
バサっとレモンの木の枝が、アーリアの頭に降りた。
枝から水のしたたりに似た清涼な風が生まれ、全身を撫でていく。
身体に溜まった怠さが、頭から足の底へ、そこから床へ向かって流れ落ちていった。
「……はぁ」
アーリアは大きく息をつき、そして思いっきり空気を吸い込んだ。
消え失せていた力が、全身に漲るのが分かる。
ぎゅっと手を握り、強く瞬きし、ぶんっと頭を振った。
それまで動かなかった肉体が、意志のままに機能する。
「――ありがと、二人とも」
はっきりとした声でエンツォとダニエレに礼をする。
「それとダニエレ」
アーリアは軽くなった腕を伸ばして、レモンの枝を持って微笑んでいるダニエレの服の袖を掴んだ。
「この前、神様がいないなんて言ってごめんなさい」
「気にしてないよ」
ダニエレはくすっと笑ってからアーリアに明るい光で満ちた目を向けた。
「だって、わたし……動けるようになっているし……神様はいるんだわ」
そう言うと、ダニエレは僅かに微笑みを消す。
「たんに精霊の呪いを祓っただけだよ」
そして軽く唇を舐めてから、
「神様に頼りすぎるといけないと思うけどね。だって神様の力が何にでも効くとは思えないし、もしかしたら神様だってさぼるかもしれないし、神様にだって見落としがあるかもしれない」
と神官らしからぬことを言って、彼はアーリアの手を掴んだ。
「だけど、今回だけは味方してくれたみたいだ。アーリアが無事で良かった」
握手をしあってから、アーリアはダニエレの手を離した。
「私の家へ行って、うちのカオスを見よう。一応、私の家も善人の家だからね」
エンツォの提案にアーリアとダニエレは頷く。
エンツォは懐中時計を開けて時間を確認している。
「……もう四時半か。日の出まで……あと二時間半ぐらいだな」
精霊遊戯の終わりが近づいていた。




