4-4 友人達の巧みなる演技
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「宝石泥棒は、お前なんだろ!」
目覚めると、第二層の派出所の中のようだった。
(こっちが現実)
寝ぼけた意識を奮い起こしながら、視線だけを動かす。
エンツォがあの手この手の嘘をついて怒る郵便局長からアーリアをかばったが、やはり怪しいということで警察に引き渡されてしまったのだった。
(これからどうなるんだろう)
「宝石泥棒は二人いるんじゃないのか。お前と、美形の男の二人だ。ぐるなんだろ!」
身体どころか口も重くて開けないアーリアは、机にぐったりと上半身を置いている。
だが、具合の悪さは芝居であると警官達は判断していた。
「ねぇ、所長。この子変ですよ……」
調書を書いていた若い警官が、黄色い腕章を付けた所長に言う。
「この事件は大体、変なことだらけなんだ。今更、一個や二個の変さで動じるな」
「身体は大人四人で持たないといけないほど重いし、なんか変な汗かいているし、さっきから……呼吸していますか?」
「騙されるな。怪しい術を使っているに違いない。この女は、恐ろしい速度で走り、壁をも駆け上がるという話だぞ」
所長がそう言うと、アーリアの前の戸が開いて誰かが入ってきた。
だが、彼女は首さえ動かせず、誰が来たのか確認できない。
「また宝石泥棒が現れたとのことで」
「またか! 一日何件、襲っているんだ」
「どうやら、青年の方は宝石というよりカオスを探しているようです」
後ろの警官がそう告げると、所長は拳で机を叩いた。
「おい、寝てないで答えろッ。なぜ、お前達はカオスを探しているんだ。お守りなんて闇市場で売りにも出せないじゃないか」
アーリアはなるべく深く息を吸い込んでから、
「星」
と、所長に答える。これが精一杯だった。
「星? お星様か、何を言ってやがるんだ」
「……星ってあれじゃないですかね、天姫の星。あれはルビーだとか」
調書を取っている部下が答えると所長は鼻息を荒くして椅子から立ち上がった。
「天姫の星は天姫が付けていて、民家にはないだろ!」
(駄目だ。素直に話しても、きっと信じてもらえない)
彼女は木の椅子の縁を指で何度もなぞりながら、一生懸命、鈍い頭を働かせようとする。
(わたしは百番目の天姫なんです、って言ったら笑われるだけだわ。じゃあ、なんて話したらここから出してもらえるの?)
トントンとノックの音がして、また取調室の戸が開くのが分かった。
「所長、マーレ家の顧問弁護士が来ました」
「は……マーレ家?」
エンツォの家だ、とアーリアは耳を澄ます。
「宝石泥棒を追いかけていたのに捕らえるなんて酷すぎる、とマーレ家の長男が主張しているそうです」
「んなこと言われてもな。不法侵入には違いないし」
「もともと、第三層の警官が、アーリアさんを泥棒呼ばわりして捕まえようとしたことが発端だそうです。彼らはアーリアさんの無実を証明するために、宝石泥棒を捕まえ隊を結成したとか」
内容を聞きながら、エンツォが作り話をしているのだと分かった。
「彼らは宝石泥棒がカオスだけを狙っているらしいと推理し、街の有力者のカオスが盗まれていないか確認作業をしていたとも言っています。そんな中で宝石泥棒を見かけ、追いかけていたそうです」
「そんなでたらめ」
と、所長は唾を飲み込んでから戸の方へ歩いていった。
「しかし、もう拘束できませんよ」
部下が囁き声で何かを言っている。所長は何度か聞き直し、ダンッと壁を蹴った。
「郵便局長が、アーリアを許しているだと? なぜだ?」
「カオスが無事だったからです。アーリアさんが守ったからだとマーレ家のエンツォさんが主張し、郵便局長が態度を変えました」
「……くそ」
また壁を硬い靴で蹴った音がして、所長がアーリアの椅子の背もたれを乱暴に掴んだ。
「もう具合の悪い芝居はけっこうだ。自分で立ち上がりやがれ」
しかし、アーリアは動けない。
唯一力がはいるのは、右手だけだ。しかし、そろそろとした動きしかできない。筋肉の全てが粘土のように水っぽく重い。
「――どいてくださーい」
ダニエレの声が取調室に入ってきた。
「さて、みなさん。もう取り調べることがなくなりましたね。ここから出て行ってもらえますか?」
ダニエレが朗らかに警官達に話しかけている。
「ここからって、ここは俺たちの仕事場だぞ」
「これから呪い祓いをするのです。人は少ない方が良い」
「はぁ?」
「ああ、言い忘れました。僕は神官のダニエレ・カルボーレです。宝石泥棒を捕まえ隊の一員です」
「神官様が、どうしてこのようなことを……」
「カオスを悪者から守るためです!」
ダニエレはきっぱりと言い切って、アーリアの横へ来た。
「警官だというのに、まだ気がついていないのですか?」
「なにをですか……?」
「アーリアさんは、魔物の毒にやられているのです」
ダニエレがとんでもないことを言いだし、警官達がざわついた。
「その証拠に」
ダニエレがアーリアの前髪を指ではらって、額を出させた。
「この額の石を見てください。この石は魔物が彼女の額に付けたものです」
説明しながらダニエレは石を取ろうと何度もつまむ。
「この石を取ろうとしても、取れませんでした。これは呪いの石だと思われます」
「何の呪いですかねぇ」
所長が全く信じていない様子で、強めに聞いてくる。
すると、前方から、またカツカツと足音が聞こえてきた。
「それについては私がお話しいたしましょう」
エンツォの声だった。
「彼女の額についている石は、カオスが変化したものです」
エンツォが話し出すと、ダニエレがアーリアの額や手足に液体を塗っていった。清浄なレモンの香りが室内に広がっていく。これはレモン酒だ。
「宝石泥棒、つまり魔物は、お守りであるカオスの力をゆがめて、悪しき石に変えてしまったのです。被害を抑えるために、我々、宝石泥棒を捕まえ隊は、祭りで賑わう都を駆け回っていたのです」
エンツォが滑らかに嘘を言い放つと、所長は「馬鹿馬鹿しい」と一喝した。




