4-3 大切な従妹
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身体が重くて動けないだけではなく、意識さえ遠くにさらわれる。
第二層の派出所に運ばれた頃には、アーリアは夢の中にいた。
……四年前、両親の葬式が済んで二ヶ月経った時のことが、ありありとよみがえる。
その頃、アーリアの心は浮き沈みを激しく繰り返していた。
朝から夕方は社長なんだからと頑張り、夜になると気持ちが暗き縁へと落ちていった。
店の奥の独りぼっちの家で、亡くなった両親を思い出しては涙ぐみ、遺品に触れては唇を噛みしめ、最後には上手くやれていない社長業に辛さを感じて嗚咽していた。
神殿から出られる時はレオンが来てくれていたが、それ以外の時は隣の家に住むイルマが気づいて駆けつけていた。
彼女だって母を亡くして辛いはずなのに、耐えきれずに泣き出したアーリアを慰めてくれた。
『わたし、もう駄目だわ』
銀行も、取引先だった商店も、若すぎるアーリアを相手にしてくれない。
イルマの父がついてきてくれるから、どうにか交渉が進むのだった。
『わたし、お父さんとお母さんがいなきゃ、何にもできないんだわ』
『アーリア、直ぐに社長業をできる人なんて少ないですよ』
イルマは決まってこう諭した。
言われなくてもイルマの話は分かっている。
だが、一人ぐらいはアーリアの話を親身になって聞いてくれて、取引してくれても良いと思うのだった。
『私は仕事のことは、まだよく分からないけれど……。良い方向に努力していれば、誰かがきっと見てくれるはず。その人が協力してくれるはず』
『みんな、わたしが子供だから、女だから無理だって言うの』
イルマの細い身体に抱きついて泣きじゃくると、彼女は母のように背を撫でた。
『最初は反発もあると思いますよ。だけれど、そこでへこたれないで』
『今日は親無し子って言われたわ。家族がいない子は信用できないって言われたわ』
それが一番悔しかったのだ。
心の傷を更に擦られたような気がして、アーリアは切なくていられなかった。
『家族がいないなんて……』
『でも、当たっているの。わたし、独りぼっちだもの。誰もわたしの責任を取ってくれないわ』
するとイルマが背から手を離して、アーリアの顔をのぞき込んできた。
いつもなら彼女の綺麗な姿を見ると少しは心が晴れるのに、涙で視界がぼやけて分からない。
『アーリアには、私がいます』
イルマが強い口調で言い切った。
『家族が欲しいなら、私がアーリアの家族になります。血は繋がっているんですもの。そうね、今日中にこの家へ引っ越します』
『引っ越す?』
聞き返すとイルマは迷うことなく頷いてみせた。
『うちの父も、此処へ引っ越させます。私達は、家族になるんです』
あまりのことにアーリアの涙は引っ込んでしまった。
どういう態度を取って良いか迷っていると、イルマはすっと立ち上がって出て行こうとした。
『イルマ、でも……そんなこと叔父さんが許さないと思うわっ』
慌てて声を出すと、イルマは頭を振ってアーリアの考えを否定する。
『お父さんもアーリアのことを心配しているから大丈夫です。あなたが元気になれるように、私達は毎日祈っています』
叔父さんの顔が頭をよぎっていく。
彼は心の底からアーリアのことを心配していた……そんな大切なことすら今まで頭に浮かばず、自分勝手に泣いていた。
『アーリアは独りぼっちじゃないし、これからは家族になるんだから、もっと独りぼっちじゃありません。私がそうさせません!』
彼女の熱っぽい声が、固く閉ざされていたアーリアの胸に響く。
(わたしは、独りぼっちじゃないんだ)
そうだ、イルマと叔父さんは今までだってずっと家族だった。
(泣いてなんかいられない。立ち上がらなきゃいけないんだ)
アーリアが両手で涙を擦ってから頬を叩くと、イルマは「直ぐに戻ります」と言って家を出て行った。
そして一時間もしない内に枕と鞄を持って戻ってきた。
『お父さんも明日引っ越してきます。今日は、私だけですが我慢して』
イルマの生活まで変えるなんて、そんな我が儘なことできない。
そう言おうとしたが、先にイルマが口を開いた。
『私も寂しいんです。一緒にいましょう』
イルマは鞄と枕をソファーにおいて、アーリアの前に座り込んだ。
『欠けたものを補えば、少しは楽になれます。このことを教えてくれたのは、アーリア、あなたですよ』
そしてイルマはアーリアの頬に軽く口づけした。
心が緩んで、アーリアはまたわっと泣いた。
イルマの存在がありがたくて、側にいてくれることが嬉しくて、泣いて泣いて、もう独りぼっちだなんて言わないと心に誓ったのだった。
じんわりと胸に暖かさが広がり、アーリアは胸を押さえた。
いつもより左胸だけ膨らんでいる……。
(――あ、胸のポケットに紙吹雪を入れたんだっけ)
ポケットから清浄で暖かな感じがしてくる。
(そうだ、わたしは神王の星を探さなくちゃいけないんだわ)
記憶が今と繋がり、夢が遠くなっていく。
紙吹雪が、過去から現実へアーリアを連れ戻す……。
「起きろ!」
バシッと頭を叩かれて、アーリアは身じろぎした。




