4-2 目覚めた王と精霊の遊び
刹那、心臓が高く飛び上がって意識が真っ白になる。
言葉が出てこない。
頭の中で何も考えられない。
翼があるかのように軽やかに移動する白き者。
見る者の肌を震わせるほど神々しい人。
伸びやかな肢体から感じられるたおやかな優美さ、だが整った顔には男性的な勇ましさがある。
この姿を見たのは、二度目だ。
一度目は、一年前、カリファードの悪意を知って、父に直接会いに行こうとした時。
早朝、部屋の外にいる神兵達を殴り飛ばして、父の寝室へと向かった。
その寝室で眠っていたのが彼だった。
名を叫んでも、揺すっても、身体を叩いても、彼は目覚めなかった。
そしてやっと、彼が……神官達の噂通り、永劫に意識を失っている、と知った。
大神官の話では、毎日、夜明けに一度目を覚まして命令する――という事だったが嘘だったのだ。
だが、今はちゃんと目覚めている。彼は動いている。
「――っ」
レオンはありったけの力を込めて、彼に向かって腕を突き出した。
捕まえなければいけない。
彼を、今、ここで捕まえなければ、アーリアが助からない。
「父さんッ!」
父王の身体が、ふっと深く沈んだ。
ォッン!
いきなり宙に浮かんでいた足を、斜め上から蹴られ、バランスを失う。
同時、猛々《たけだけ》しい夜気の塊がレオンを連打し、屋根の上に吹っ飛ばされる。そのまま父はレオンから遠ざかっていこうとする。
「……ッ、クソ」
レオンはさっと起き上がって、屋根の上を走った。
逃がさない。
こんな馬鹿げた精霊の遊戯などやらせてはならない。
また父王を捕まえようと腕を伸ばすが、腕を手刀で叩き落とされる。
「話し合っている暇はない」
宝石泥棒は、レオンの父は、宙に浮かびながら情の一欠片もない表情でこちらを見た。
厳しい視線を受け止めながら、攻撃される筋合いはない、とレオンは怒りを剥き出しにした。
「ふざけんなよ!」
「私が憎ければ、私よりも先に星を探してみせよ。親に勝ってみせろ、レオン」
「あんたが、アーリアから星を取れば終わるんだ! 精霊の遊戯をやめさせろ!」
「神王の星が見つからなければ、あの子は死す。今死ぬか、数ヶ月後に死ぬかの差だ」
「ふざけんな。人の命を巻き込んでまで精霊と戯れなきゃならない理由なんかないだろっ」
言い返すと、父の瞳にレオンを突き放す冷たい光が宿った。
「――五百年溜まった罪悪の呪いを祓わなければ、この国も、世界も、飢餓に襲われる」
「……溜まっているだと」
「あの子が大事なら星を探せ」
去ろうとする父の衣を右手で掴み、左手で引き寄せ、行かせるものかと両足で踏ん張る。
「そんなに危険だったら、神殿の者達に言い聞かせて、神兵と神官を総動員して星を捜せばいいだろ。なんで、なんで、こんな事になっているんだ!」
「そうではなければ遊戯が成り立たない。これは鬼ごっこと同じだ。鬼の人数が多くては、精霊が納得しない。私たちは精霊と遊ばなくてはならないのだ」
全然納得できなくて、レオンは飛んで去ろうとする父王を引っ張った。
だが、彼の身体は動かない。
「人が悪事を働くと、善を好む精霊達は記録していく。これが五百年分溜まり、精霊は五百年分呪おうとしている。これによって大規模な飢餓が起きる」
「精霊が善を好むなら、こんな泥棒まがいのことをやらせないだろ」
「天姫の全てを精霊達は記録している。罪を厭う心や、人を思いやる心と行動があるかどうかを計るのも、精霊にとって大切な遊びなのだ。どんな風に天姫が感じ、どんな風に動くのか、それが楽しみでもあるのだ」
言葉の意味が分からず、レオンはただ口を閉ざすことしかできない。
「ずっと、百年に一度、精霊と遊ぶだけで我々は呪いを祓うことができた。だが、五百年の間、遊戯は行われなかった。だから国どころか、世界を滅ぼすだけの呪いが溜まってしまった」
父は淡々と語り、そして少しだけ熱がこもった眼差しをレオンに注いだ。
「精霊と遊ぶのは、星を失った神王と天姫の他に三人まで、とされている。真実を人に言わず知恵を回して行動しなくてはならない。少しの時間も無駄にできない――私などにかまわず、早く、星を探すのだ!」
答えは与えられたが、理由は与えられなかった。
「どうしてアーリアだったんだ」
レオンは納得できる説明を求めて、父を見据えた。
「……お前が親しく側にいるからだ」
(――俺のせい?)
問う前に、布は引きちぎれていき、細かな繊維となり、ザァァァと風にさらわれていく。
「もうすぐ夜明けが来る。そろそろカオス自体が力を持ち始める。探しやすくはなるのだろう」
衣服と共に父の身体も細かくなり、砂塵のようになっていく。
「待って父さん――神王!」
大声で呼んだが、夜が一息ついたような風に流されて父の姿は消えてしまった。




