4-1 神殿への不信感と、ある出会い
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昔から、レオンはどこかおかしい、と街の者達に言われてはいた。
(……確かに俺はおかしい)
十三歳になって、アーリアの心が届くようになった。
十四歳になって、遠くにいる仲間の声が届くことがあった。
十五歳になるとアーリアより速く走られるようになり、十六歳になると垂直の壁さえ登れるようになった。
そして十七歳の誕生日、自分へ向けられる強烈な悪意を言葉に発されなくても感じるようになった。
それが、大神官カリファードへの不信感を植え付けた。
カリファードは、誕生日を迎えたレオンに『死ね』と心中で言い放ったのだ。
『こいつを殺したら罰される。だから、こいつが自殺するよう仕向けるしかない。死ね』
彼の心の声を聞いて、レオンは己の過去を振り返った。
誰も触ってくれなかったり、教典の書き写しを二十四時間することを命じられたり、真夏の強烈な太陽の下、教典を大声で言い続ける修行を行ったり、かと思えば何日も食事も抜きで牢に閉じこめられたり、人に顔を見せては駄目だと布を被さられたり、声を発するなと猿ぐつわを噛ませられたり……。
これらは全て父の指示だと聞いていた。
だが、よくよく考えると歪んだ指示ばかりである。
幼い頃は、大神官の言うことだからと信じるしかなかった。
しかし成長するにつれて、大神官への不信感が募っていった。
不信感が鉄砲水のごとく心から飛び出した時、レオンは神殿を追い出される事件を起こしたのだった。
それが一年前のことだ。
そして再びアーリアに助けられて、郵便局員になったのだった。
(あ……アーリアの心の声がぷつりと途絶えた)
レオンは両手を強く握りしめて、逃げる選択をしたことを後悔した。
彼女の気配を探ってみるが、いつもなら幽かに感じる気配がまったくしない。
(郵便局長を力で魅了して……腰を抜けさせたらよかったんじゃないか……)
郵便局を首になったとしても、アーリアは助かる。
それで良かったのに、なぜ、彼女が求めるままに逃げてしまったのだろう。
(ああ、でも。郵便局長の家族も帰ってきていたら、全員を魅了するのは難しい)
逃げてよかったのだろうか?
アーリアを置き去りにして大丈夫なのだろうか?
不安ばかりが重なって、走る速度が遅くなる。
(考えても、もう遅い)
こうなったからには彼女を助けるために神王の星を探すしかない。
エンツォともダニエレとも離れてしまった。
きっと二人はアーリアのために動くだろう。
だとしたら、星を探すのはレオンと宝石泥棒の役目だ。
(このまま俺は星を探しながら宝石泥棒を演じよう)
早く宝石泥棒を捕らえて、精霊との遊戯をやめさせなければならない。
リリリン、リリリン!
大通りから、祭りのベルの音が響いてきた。
次に向かう家はどこだか分かっている。
第二層の大通りの向こうにある神官の家だ。
家主は、エンツォの家に頼んでカオス入りの紙を作らせたアントニオだ。
彼はレオンに対して親切にしてくれたが、大神官の権力に負けて配下となった人物である。
だんだんと人の密度が高くなり、足の進みも遅くなる。
それでも人をかき分け、前へ、更に前へと歩みを踏んだ。
大通りは、路を舐めるランタンの明かりで黄金色に染まっていて、人々の顔は熱気で上気していた。
皆、片手にベルを持ち、高々と上げては鳴らす。
ベルの音の繰り返しが混ざり合い、大波となって通りをざんっと飲み込んだ。
「天姫が来た!」
父親に肩車をしてもらっている少年が路の尾を指さして大声を放つ。
「天姫、天姫、我に幸福来たれ、我に幸福来たれ!」
通りに集まっていた人々は、押し合いへきあいながら盛んに祈りを唱える。
天姫を立ち止まらせることができれば、今までの罪悪の呪いが彼女の星に吸収されて、その場にいた者達に幸運が来るからと伝えられていた。
急な曲がり角から、金銀の麗しい仮面を付けて極彩色の衣装を着た男達が現れる。
彼らは手に棒を持ち、その棒の先端には長い布が付けられている。
布は真ん中に集められ、それらの先端はベールになって真下の天姫を包んでいた。
布がゆらりと動く度、イルマの姿が見え隠れする。
彼女は頭に金のティアラを付け、薄紅色の裾の長いドレスを引きずりながら、緊張した面持ちで、一歩一歩、慎重に歩いてくる。
「我に幸運来たれ」
レオンは唱えて、真横にある建物の避難用の鉄梯子をむんっと掴んだ。
そして、気合いを込めて、一気に階段を駆け上がる。
行列を横切るのは無理だ。ならば、屋根から屋根に向かって飛び移った方が早い。
一部の人が気がついたけれど、天姫のおかげで注目は浴びなかった。
……壁を上り終え、三階建ての建物の屋根まで辿り着き、彼はぐるりと周囲を見渡した。
大通りの坂の下、神殿の屋根が見える。
屋根の四隅でかがり火が燃えていた。
「宝石泥棒が出たぞ!」
真後ろから人の怒声が聞こえる。
湿った夜風を浴びながら振り返ると、斜め後ろで白い衣が棚雲のように広がっていた。
衣に包まれた者の身体が、レオンの前を横切っていく。
その者と、一瞬だけ目があった。




