3-9 国家の一大事
警察はアーリアのことを宝石泥棒だと疑っているのだ。
事件が起きて、真っ先に疑われるのはこちらの方だろう。
「わたしだけじゃなくて、みんなも捕まってしまうわ」
「警察が宝石泥棒を捜し出してくれれば、アーリアの額の星が取れるかもしれない。どこにあるか分からない神王の星を探し出すより、動き回っていて目立つ宝石泥棒を探す方がてっとりばやい」
たしかに、それもそうかもしれない。
(でも、人の家に入り込むのも、宝石泥棒に罪をなすりつけるのも……嫌だわ)
しかし、生命がかかっている状況で、他に方法がない状況で、躊躇ってしまうアーリアは甘いのだろう。
「彼はなりふりかまわずに家捜しするだろうから、きっと捕まえられるはずだ」
レオンが宝石泥棒の心情を察して言う。
「宝石泥棒さんがなりふりかまわずに……? わたしの命を守るために?」
「違う」
アーリアの希望的推測をレオンは言葉で切り落とす。
「国のためだ」
「この国のために……って、よく分からないわ」
するとダニエレが眼鏡の縁に指をあてて「うほんっ」と声を発した。
「天姫の星は、百年の間、この国の国民の悪事を記録したものざます。それによって国は精霊に呪われているでごわす」
「これって悪い星なの?」
アーリアは額の紅い星に手を触れてダニエレを見た。
「星自体はいいものですじゃ。天姫の星は南極星の光の結晶じゃからのぉ。ただ、本来の幸運の力を発揮するには、呪いを消すことが必要なのでし。呪い祓いでし」
「呪い祓いって……ええっと」
神殿でやる儀式のことだ、とアーリアは思う。
人は生きていく上で、さまざまな罪悪を追う。
その罪悪をかぎつけて精霊は人を呪うとされている。
だから一年に一度、銀貨五枚か十枚ぐらい包んで神官に渡し、神殿で祓ってもらうのだった。
「この場合、国民全ての罪悪を消すのが呪い祓いでごわす。神王の星を見つけて罪悪を払わないと駄目なのざんす」
ダニエレが小さく息を吐いてから眼鏡の縁から手を下ろして、少女のような唇を動かす。
「呪い祓いをしないと、凶作と不漁になるんだ。それらは罪悪を嫌う精霊が起こすとされている。でも、星探しをやめることはできると思うよ」
ダニエレが僅かに頬を緩ませた。
「星探しが止まったのは五百四十二年前と、大学にあった文献には書いてあるんだよ」
「五回も、百番目の天姫の星探しが行われなかったことになるな」
レオンがダニエレの言葉の意味をアーリアに伝える。
「なのに、ずっと災いは起きていない。だったら、そんなに重要な儀式じゃないのかもしれない。災いを回避する方法があるのかもよ。宝石泥棒は回避の手段を知っているかも?」
「だから私達は宝石泥棒を捕まえたいんだ。警察が捕まえてくれたら、従兄の弁護士に頼んで会いに行ける」
ちょっとだけ未来が明るく感じて、アーリアは身体を強ばらせていた力を落とした。
「国もアーリアも守るためには、あざとい手段もやらなくてはならない」
レオンがアーリアに、手に持っていた金貨を見せた。
「俺はアーリアを守るために、動く。みんなもそうだ」
そう言って彼は金貨を握りしめた。
「庭から見ても、この屋敷には誰もいなかった。侵入するしかない」
レオンが言って、エンツォに視線を送る。
「ダニエレとアーリアは見張り。金庫があるかもしれないから、エンツォは俺と来てくれ」
「駄目よ、わたしも行くわ。身軽さなら、わたしが一番だもの」
アーリアが言うと、レオンは少し考え込んだ。
「……わかった。三人で行こう」
レオンは言ってからアーリアを見た。
「もし、誰かに見つかったら、アーリアはみんなを置いて逃げろ」
衝撃的な言葉にアーリアは頭を振った。後ろで束ねた髪が背中を激しく叩く。
「――そんなことできない」
仲間を犠牲にするなんて、絶対にイヤだ。
「ほんっとバカだな」
頬を固くして頭を振り、拒否の姿を見せるアーリアに、レオンは言い放った。
「誰かが自由のままじゃなければ、星も見つからないし、宝石泥棒にも会えないだろ」
確かに彼の言うとおりだ。
だけれど、彼らを罪人にするわけにはいかない。
「……もし、星をつけられたのが私だったら」
エンツォがそこまで言って、アーリアの左肩に右手の親指を付けた。
「君は、きっと逃げて、私を助けるために、星を探すし、宝石泥棒にも会ってくれるだろう?」
するとダニエレも親指を立ててアーリアの右肩に付けた。
「僕が星を付けられていたら、アーリアは僕のために動いてくれる」
「何のための仲間だ、バカ」
最後にレオンが言って、親指でアーリアの鼻を押した。
心に暖かで切ない思いが広がる。くっと混み上がる感情をアーリアは飲み込んで、睫を振るわせた。
「泣くなよ。泣くのは終わった後だって言っただろ」
アーリアは深く頷いてから、ゆっくりと頭を上げる。そして親指を離した仲間の一人一人を見つめた。
「ごめんね、ありがとうみんな。でも、わたし個人のためではなく、国のためにやって」
凶作と不漁が起きるとなると、アリキートの国民が飢えてしまう。
食欲旺盛なイルマを思い出し、近所の人達やお客さんを思い出し、アーリアは自分が担った責任の重さを痛感した。




