3-3 友達を意識する瞬間
「うだうだ悩んでいるみたいだけど、後で考えろ」
「わかっているわよ。わたしだって、あんたのこと考えたくないんだから」
言ってしまってからアーリアは動きを止めた。
顔に体中の熱が集まり、頬がほてっていく。
「――なんで、この状況で俺のこと?」
「勝手に身体が大きくなっちゃって、いやになっちゃうと思っていたの」
心にもないことを言うとレオンがふっと笑った。
「俺は三年前に、アーリアの背を超している」
「……そ、なの?」
「手だって、同じ頃にアーリアより大きくなった」
言ってレオンはアーリアの右手を握り直した。
その手の大きさに、アーリアは今さら驚いてしまう。
「もう、子供じゃない」
馬の速度をゆるめ、レオンは言葉を積み重ねてきた。
(もう、子供じゃない)
アーリアはレオンの言葉を胸の内で繰り返し、深まる闇に視線を走らせる。
エンツォとダニエレが乗った馬の蹄の音がカツッカッカッと近づいてくる。
エンツォもダニエレも、レオンも、学校を卒業して働いて……自分を自分で養える大人になっている。
(――わたしも働いている内に、大人になっていたのかしら)
(……わからない。だって、わたし……がむしゃらだったから自分のことなんてよく考えてこなかったもの)
目の前に迫っていることに一生懸命になりすぎて、自分がどうなっているのかも分からない。
分からないと言うことは、子供のままなのだからだろうか。
馬が停まり、レオンがアーリアの右手を離した。
レオンはアーリアより先に馬を下り、降りる手助けをするために片手を差し出してきた。
「こんなの一人で降りられるわ」
レオンの手を借りず、ひらりと馬を飛び降りてアーリアはエンツォ達に視線を向けた。
「頼れよ」
そんなアーリアの背に、ぼそりとレオンが話しかける。
「男は女を守るために作られたって、クールオさんも言っていたぞ」
「……わたし、女を棄てたの」
「なに、バカなことを」
「四年前、立派な社長になるって心を固めた時に、女のままじゃいけないって思ったの」
だから、女っぽくなってしまうのは嫌なのだ。
「男でも女でも関係ないだろ。アーリアは女の子なんだし、棄てるとか言うな!」
「ちょっと、夜道で騒ぐんじゃないよ」
エンツォが馬を停めて話しかけてきた。
「痴話喧嘩するなら、全て片がついてからにしてね」
「痴話喧嘩なんてしてない!」
アーリアが否定すると、エンツォは「はいはい」と話を横へ流す。
「レオン、ここが花聖院の院長先生の家?」
エンツォは馬に乗ったまま、緑の垣根に覆われた寂れた小さな家を見る。
「なんどか配達に来たから間違いない」
ダニエレとエンツォが馬から下り、アーリアとレオンはアーチの門を潜った。カーテンが橙色のランプの明かりで透けているのが見える。
人がいる証拠だ。
「ねぇ、簡単にカオスを見せてもらえるかしら」
「うーん。事実を正直に話せたとしても、変な人だと思われてしまうだろうね」
エンツォはそう答えて、入り口の方へ歩いていった。
もし、カオスを見せてくれなかったら、どうしたらいいのだろう……。
エンツォがイルカの形をしたドアノックを叩くと、暫くしてから玄関の奥が明るくなった。
ドアにはめ込まれた気泡の入ったガラスに人影が映っている。
「どちら様ですかね?」
「マーレ家のエンツォです」
エンツォが答えると、「ほぉ」という声がしてドアが開いた。
白髪の初老の男性がドアから顔を出してエンツォを見、他の三人にも目を向ける。
彼の指に評判とは噛み合わない大粒のダイヤモンドが光っていた。
「慈善団体の件ですかね?」
「いえ、そうではなくて……ちょっと確認したいことがあります」
エンツォは、いい人を絵に描いたような微笑みを浮かべた。




