2-12 大切な望み
********
民家を借りた休憩所で、イルマは長い溜息をついていた。
そして、飴のように光る木の柱に背中を付けて、丸テーブルの上に置かれたトマトのパイを掴む。
食べていれば、なんとなく楽になる。
満腹になれば、心も満たされたような気持ちになれる。
それなのに、どうして、この胃は、こんなに消化が早いのだろう。
祭りが開始する前にパスタを食べたばかりなのに、もうお腹が空いている。
(――今日は、いつもよりお腹が空くのが早いです)
天姫という立場の重圧と、アーリアが側にいないことの不安と、そしてもう一つ……得体のしれない恐怖を感じていた。
両手でパイを持ち、もくもくと食べながら彼女は考えを巡らせる。
(――お父さんに会ったら、今度はアーリアに会いたくなってしまいました。どうしてかしら?)
考えた直後に、「お母さんのようだから」という答えがぽんと頭に浮かんだ。
イルマにとって、アーリアは母親的な存在だった。
アーリアは、彼女の母がイルマの母親代わりになっていたと思っているだろうが……(それは身支度や料理的なことだった)、実際、心の支えとなっていたのはアーリアの方である。
幼い頃からアーリアは側にいてくれて、感情の乏しいイルマの相手をしてくれた。
人との接し方も、友達の作り方も、遊び方も、アーリアから教わったのだ。
パイを口に押し込んでから、従妹の優しい笑顔を思い浮かべる。
(ちゃんと頑張らないと。私が立派に天姫の役を果たしたら、アーリアが喜んでくれます)
天姫の役を引き受けたのは、神殿のためでも、国のためでもない、アーリアの笑顔が見たかったからだ。
本心からの、太陽のような笑顔がみたい。
何も考えずに嬉しくて笑うアーリアが見たい。
(……私はアーリアのために、今までで一番優れた天姫にならないといけない)
二つ目のパイを手に取ろうとしたとき、窓ガラスがカタカタと激しく揺れた。
イルマがいるのは、長方形の屋敷の三階の、侵入経路になりそうなベランダすらない部屋である。
そんな部屋の窓が、外側から何かに揺さぶられて動いている。
悲鳴を上げそうになったとき、「開けて」とアーリアの声が聞こえた。
(――え、アーリア?)
驚いて動きを止めると、
「……開けて、イルマ」
と小声で催促され、慌ててイルマはレースのカーテンを引っ張った。
すると、ぺたっと蜘蛛のように窓に張り付いているアーリアの姿が現れた。
「!?」
びっくりしてしまって次の行動が取れないでいると、彼女が再び「開けて」と言った。
息で曇っていくガラスを見てから頷き、イルマは引き窓を上げた。




