2-6 伝わらない恋心
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愛しい人の声が聞こえたような気がする。
それまで呆然と歩いていたレオンは息を止めた。
(――アーリアが泣いている?)
思った瞬間に、エンツォの顔を思い浮かべた。
そろそろアーリアの店に彼が来て、二人で仲良く出かけるのだ。
またアーリアを思い浮かべてレオンは落ち込み、潮風薫る海沿いの道をとぼとぼと歩いていった。
仮面の行列が立ち去った後だったが、港には熱狂が残っている。
行列を見た人々が「今年の天姫は美しい」と絶賛している中、彼は俯いたまま中央郵便局へ戻っていった。
「アーリアがエンツォを好きということは、俺とは完璧な友人関係ということで、つまりアーリアはエンツォだけを男として見ているということで、結論として、俺は眼中にないというわけで……。俺は必要ないわけで……」
エンツォなら納得できると思う反面、彼にも譲りたくないと思ってしまう。
「――諦めたくない」
十年前、親指を重ねた瞬間からこの心はアーリアのものだ。
孤独で心が砕けそうだったあの日、彼女が支えてくれた。
レオンの出自も、背景も知らずに、無垢なまま彼女が助けてくれた。
今も、レオンのことを深く知らないのに世話を焼いてくれる。
そんなアーリアに対する、この想い、消せるはずなどない。
だけれど……自分の恋心がアーリアの邪魔になるのならば……。
(一生懸命頑張っているアーリアの、重荷にはなりたくないな……)
悲しみを心で握りしめながら郵便局に入り、漂うような動作で与えられた作業机へ行こうとする。
ぼーと歩いていたら、右肩が何かにぶつかった。
「おいっ、レオン前見て歩けよ!」
先ほど腰を抜かせた同僚が、配達のバックを腕に抱えてレオンをキッと睨んだ。
「ちょっと女に人気があるからって、ふてぶてしい態度しやがって」
「……好きな人には相手にされないけどな」
思わず愚痴をこぼすと、同僚はぽかんと口を開けて意外そうな表情を作る。
「へ……イルマちゃんってお前のことが好きなんじゃないの?」
どうしてここでイルマの名が出るのだろう、とレオンは訝しんだ。
「なんだ、そっかぁ。イルマちゃんは誰のものでもないのか」
「……俺が好きなのはイルマじゃない」
「は?」
同僚は声を上げて暫し固まった。
「嘘だろ……あんな美人が側にいて好きじゃないなんて」
彼が漏らした言葉で分かった。
この同僚が、いちいちレオンの行動に口を出すのも、第三層の配達に関わり合おうとするのも、イルマが原因なのだ。
「イルマが好きなのは、俺じゃない」
きちんと説明してやらないと、と片思いをしている同士をレオンは見下ろした。
「イルマが好きなのは、アーリアだ」
「え、あの勝ち気ババァ子――イテッ!」
ババァと言った瞬間に、レオンは同僚の頭をはたいてしまう。
「好きったって……女同士じゃないか」
「家族愛と友情が合体したあげく、母親代わりとか、支え合いとか、複雑に絡まっている――『好き』だ。イルマはアーリア以外の人に目もくれない」
「そんなの……恋愛じゃないだろ」
「恋愛関係に踏み込むには、アーリアを超えなければならない。つまり……お前には超えられない」
「なんでだよっ」
同僚は顔を怒りで真っ赤にしてレオンに食ってかかった。
「お前より頑張ってイルマの視界に入ろうとしている男がいる。こつこつと日々努力しているのに全く報われてない。あれだけやっても、イルマの視界に入らないなら、大抵の男は無理だ」
ダニエレの涙ぐましい努力を思い出して、軽く息をついた。
彼は、イルマのためとあれば一肌でも二肌でも脱ぐ。
イルマの笑顔のために美味しい食べ物を日夜探しては差し入れし、ほぼ毎日恥ずかしいラブレターをイルマに書き、イルマに釣り合おうと勉学にいそしみ、イルマと結婚した時を考えて神官という公務員にもなった。
ダニエレの毎日はイルマで染まり尽くしている。
でも、想いは届かないのだ。
どれだけ努力したら恋心は伝わるものなのだろうか……。




