2-2 胸に広がる、甘い波紋
食堂のピカピカに磨かれた窓ガラスに自分の姿が映っている。
きっちりと結んだ髪、地味な顔立ち……。
容姿の美しさから目立ってしまうレオンの目には、アーリアは貧相な娘に映ってしまうのかもしれない。
「レオンって顔しか良くないよね」
ガタンと食堂の戸が開き、少女の声が路地に転がってきた。
「私のラブレターを目の前で破って、『君なんか知らない』って言うのよ。最悪!」
「だから、じょうろの水をかけちゃったの?」
「だってママ、毎日顔を合わせているのに、知らないって言うのよっ」
食堂から出てきたのは、可愛らしい顔立ちの少女だった。
彼女はひだがたっぷりのブラウスに濃緑のベストと緑のスカートにフリルのエプロンを着けている。この国の民族衣装だった。
祭りの日、若い女の子達は民族衣装を身につける。
そしてお目当ての男性に会いに行ったりするのだ。
「私、こんなに可愛くなった姿、レオン以外の人に見せるわ」
「お兄ちゃんと一緒にいなさい、あんまり遅くまで遊んでいちゃダメよ」
少女と母親は会話しながら大通りの方へ歩いていく。
(あんな可愛い子まで、あいつの目には対象外なんだから。わたしなんて……)
そこまで考えてから、なんでそんなことを気にしているのだろうと我に返る。
別に容姿が釣り合う必要はない。全く、ない。
「そうよ。……見た目なんて、……多分、関係ないわ」
呟いて、アーリアは窓ガラスから顔を離した。
(こんな風に気になってしまうのは、さっきのレオンが変だったから……)
頬に微熱を持ち、視線は逃れられないほど強くて、耳に触れた声は滑らかなビロードのようだった。
レオンに見とれたことがなく、「美的感覚がおかしい」とエンツォに言われるアーリアだったが、さすがにあんな顔を見せられたら……胸の奥がきゅっと握られてしまう。
「ああいう顔は、好きな人に見せるものだわ。レオンの方こそ、バッカじゃないの」
むーっと唇を尖らせてから、石畳の道を歩く。
(大体、さっきはなにしに来たの? すぐ帰っちゃうし、わけわかんないっ)
「……はぁ」
吐いた溜息がやたらと大きく聞こえて、思わずきつく口を閉じる。
すると、今度は苛立ったような自分の足音が耳に入ってきた。
それが何となく嫌で、音を忍ばせて歩を進めていった。
周りから身の気配を消した途端、祭りのベルの音が大きくなっているのに気づく。
すぐにイルマを思い出し、アーリアは気配を消したまま、再び駆けだした。
軽やかに白い壁が続く住宅街を通り、店の近くまで来たときだった。
「宝石泥棒よ!」
少し後ろから甲高い女性の声がして、ガタンッと窓を開ける音がする。
光が通りに漏れて、周りが少しだけ明るくなる。
「ここから逃げたのね!」
女性の声に引っ張られ、アーリアは立ち止まって振り返った。
窓から顔を出した家人と目が合ってしまう。
彼女は金貨を一枚握りしめ、顔全体を引きつらせて、こちらを凝視していた。
「……アーリア……ちゃん……じゃないの」
よくレモン酒を買いに来てくれるおばさんだった。
「おばさん、泥棒が入ったの?」
心配になって聞くと、彼女は頬をぴくっと跳ねらせた。
「そ、そうよ」
彼女の視線がアーリアの膨らんだリュックを確認している。
(あ、やだ……。泥棒かと思われるわ)
アーリアは察知して、頭を振ってから声を上げた。
「あの、わたしじゃないわよ」
「でも、通りにはあなたしかいないわ」
彼女はつんとした表情で言って、やたらと静かに窓を閉めた。




