1-11 唇の感触
アーリアの唇をつまんだまま、レオンは無理に口を開く。
「……あ……。アーリアの、従姉バカ。神兵がいる天姫の休憩所にまで乗り込んでいく気か」
僅かに震える声で言い、レオンはアーリアを見つめた。
「うー、はにゃせっ――ぷっぱぁ」
唇つまみ攻撃から逃げると、レオンはアーリアからすっと顔を背ける。
「あんまり身軽なところを大勢の前で見せたら、嫌な評判がたつかもしれない。気をつけろ、バカ」
「バカバカ言わないでよ、バカ。わたしはイルマの側にいたいだけじゃない」
言い返すと、エンツォが溜息をついてからアーリアの頭を指先で突く。
「イルマのことは諦めなさいな。それより、祭りだし、アーリアも綺麗にしなさいよ」
「綺麗にしているわよ。ほら、真っ白なエプロン」
「清潔と綺麗は別物でしょー。うーん……恋でもしたら、君も変わってくれるのかな……。どう思うレオン?」
エンツォは困ったような目をレオンに向けた。
「このままでいい、本人が納得しているんだし」
レオンは、アーリアの唇をつまんでいた指を自分の唇にそっと当てて、店から出て行った。
「いつものことだけど、レオン冷たい」
アーリアが言うと、エンツォはぷっと吹き出した。
「さりげなく……間接キスとはね」
「え?」
「なんでもないよ。……店を閉めたら一緒に仮面の行列を観に行こうよ」
「そんなの、いやよ」
――観るだけなんて、つまらない。
そう言い返そうとしたが、エンツォの顔が厳しくなった。
「レオンが注意するってことは、本当に危ないからだよ」
「レオンなんて、勘違いばかりしているじゃない。わたしがパン屋と付き合っているとか、花屋のおやじさんに恋をしているだとか、イルマと結婚する気でいるとか……きっとまた勘違いだわ」
「いや、だからアーリアのことでてんぱって……、……とにかく、レオンが言うんだから間違いないよぉ」
「エンツォは、いっつもレオンの味方ね」
ぷーっと頬をふくらませると、エンツォは柔らかに微笑んだ。
「そりゃね。レオンは普通じゃないだもの。私はそういう想像力を与えてくれる存在に弱い。魅力のある者は罪深いなぁ。いるだけで色んな物語を創造してしまうよ」
直ぐに何か言い返さなきゃ、と思ったが、上手い言葉が見つからない。
神殿から出て民の中に入っても、レオンは何か異端だ。
しかし、異端であることを彼は嫌がっている。
だから、だから、レオンのために彼を普通だと言ってやりたい。
でも……、そう思っているのに、否定できない。
やっぱり彼はどこか他の人とは違うのだった。




