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序章1 運命の出会いと初恋の始まり

 鐘楼しょうろうの鐘の音が、しんと固まっていた薄闇の空を振るわせる。

それは、一日の始まりを告げる音だ。


「この実に、星神の力が宿りますように」


 六歳のアーリアは朝露に濡れた天の果実――レモンをもぎ取り、エプロンの大きなポケットに入れて駆け出した。


 小さなレモンの段々畑は、黄みを帯びた暁光に包まれている。

 右頬にまだ消えぬ夜の闇と太陽の光を感じながら、軽やかに、風の精霊のごとく、彼女は斜面を降りていった。


 畑から出ると、白い方形の建物が並ぶ街角に出る。


 石膏でなめらかに表面を塗り固められた各建物の入り口には、二つの星が浮かぶ群青色の旗が掲げられている。これがこの国、アリキートの国旗だった。


 たったった。たったった。


 アーリアは風になびく旗の下を通り、湿った煉瓦の階段を駆け下り、手の形をした葉っぱが茂る塀の横を走って、静まりかえった広場に出た。

 そこでぴたりと足を止め、周りを見渡し、誰もいないと分かって安堵する。


 ――きっと、わたしが一番!


 彼女は踊るように数歩進み、噴水の隣で深呼吸をしてから、広場の前に建つ真四角のポラーレ神殿へ向かった。


 ポラーレ神殿の門前には警護の厳つい神兵がいて、少しだけ怖い。

 だけど、負けるもんか、とアーリアは背筋を伸ばし、ポケットの口を引っ張って神兵にレモンを見せた。


「お誕生日のお祈りにきたの。あの、わたしは今日のお祈りの一番?」


 神兵は軽く頷き、彼女から目を背けて直立する。

 この国では、大切な人の誕生日にレモンを捧げてお祈りをする風習がある。

 今日、九月三十日は大好きな従姉のイルマが生まれた日だ。

 一日の始まりにレモンをもぎ取ってお願い事をすると、星神の耳に届くと伝えられていた。

 その日、一番初めの祈りなら、星神に仕える精霊達が願いを叶える手助けしてくれるという。


 (――早く、イルマが幸せになれるように祈らなきゃ)

 

 神兵しんへいの横を通って門を潜り、花咲き誇る前庭に出る。

 アーリアはふくよかな花の香りを手で掻き分けるように進み、祈りを捧げる祭殿へ近づいた。

 祭殿は金箔貼りの豪奢な建物だ。

 この祭殿の奥には神殿が、神殿の奥には精霊が住む山の頂がある。

 祭殿前の壇にレモンをおき、アーリアは跪いて胸の前で指を組んだ。


「いつか、イルマが天姫にえらばれて、幸せになれますように」


 神話として語り継がれてきた、遠い時代の話がある。

 天姫になった少女は幸せな結婚ができるという。

 天姫とは、大祭『精霊祭』で星神に豊作豊漁の祈りを捧げる少女のことだ。毎年、秋生まれの見目麗しい少女が選ばれて、祭りの顔となるのだった。


「イルマが天姫に、イルマが天姫に、なにとぞなにとぞ星神ほしがみ様、星神様、お願いいたします」


 大人の真似をして祈っていると、どこからか笑い声が聞こえた。


「……バカか」


 ぼそりと祭殿から声が投げかけられる。

 顔を上げると、祭殿の入り口を覆う白布が払われて、金髪の少年が顔を出した。子供なのに気高いという言葉が似合う彼を、アーリアは知っていた。


 神殿に住んでいる…――精霊隠しのレオン。


 神官達が畏怖いふしてレオンをそう呼ぶので、街の人たちも彼を遠巻きに眺めている。


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