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008 セレスティーヌの子供たち

 話し合いが終わると、それぞれ自分の部屋に戻って行った。アクセルだけは、王宮に出勤するので玄関まで見送りに出た。


 アクセルは、二つ年下のセレスティーヌの姪っ子と結婚している。アクセルが、ブランシェット家の後継から外れたとわかると、すぐさま姪っ子に告白をした。

 何でも、ブランシェット家を継ぐ事になったら、大変な苦労をさせてしまうと尻込みしていたらしい。子供も一歳になる息子が一人いて、後々フォスター家を継ぐ事が決まっている。

 まだセレスティーヌの兄が健在なので、アクセルは王宮で仕事をしている。だから普段は、ブランシェット家のすぐ近くにある別邸で暮らしていた。


 ブランシェット家には、週に一回だけ家族全員で夕飯を一緒に食べるルールがある。その為アクセルは、結婚してからも月に一度だけはブランシェット家に帰って来てくれる。

 いつもは、夕飯を食べると自分の屋敷に帰るのだが……。流石に昨日は、帰る気にならなかったらしい。


 このルールは、アクセルが4歳の時にお父様ってなーに? と聞かれた事に端を発する。

 当時のセレスティーヌは、それを聞いて真っ青になった。殆ど屋敷に帰って来ないエディーは、子供達と全く顔を合わせていなかった。

 だからと言って、セレスティーヌも特に問題に思っていなかった。

 でもアクセルのその言葉を聞いて、これではまずいと思いせめて一週間に一度は顔を合わせて会話をする機会を作らなくてはとこのルールを思いついた。


 将来、息子達が大人になって自分の子供が出来た時に父親の様に無関心な父親になって欲しくなかった。だからセレスティーヌは、夏などの社交シーズンがオフになった時は、フォスター家に子供達を連れていって普通の家族団欒を味わわせた。

 自分の父親や兄にお願いして、出来るだけ男親としての姿を見せて貰った。


 その甲斐あってか、アクセルはとてもいい父親だと思う。

 自分で進んで、子供に積極的に関わっている。セレスティーヌにとっても、自慢の頼りになる息子に成長してくれた。


 セレスティーヌは、アクセルに改めて問う。


「アクセル、私、本当にいいかしら? 間違っているなら間違っているって言って欲しい。子供にこんな事聞いて、駄目な母親ね……」


 セレスティーヌは、不安な気持ちを吐露する。相談出来る相手が誰もいないのだ。

 今まで、何でも自分で決めて来た。でもそれは、子供達の事。ブランシェット家の事だ。

 自分の事なんて二の次三の次だったから、迷いが生じる。


「母上、さっきも言いましたが、母上はもう充分役割を果たしました。僕から見ても、弟や妹は立派に育ったと思います。母上が本当にやりたい事をしていいと思います。僕は、ブランシェット家にいる時の母上より、フォスター家で伸び伸びしてる母上の方が好きですよ」


 アクセルが、優しくて穏やかな瞳で笑ってくれた。セレスティーヌは、アクセルの言葉を信じようと心に決める。

 子供に背中を押して貰ったのだから、うじうじ悩むのはおしまいにしようと。


「アクセル、本当にありがとう。じゃあもう、迷わないわ」


 セレスティーヌも、満面の笑みをアクセルに送った。


「はい。それに僕は、母上が離婚しても家族なのは変わりないので。きっと、弟妹達に一番ずるいと思われているでしょうね」


 アクセルが、子供の頃のようないたずらっ子な笑みを浮かべている。


「そうかしら? 私は、今でもブランシェット家を継がせてあげられなかった事、悪いと思っているのだけど……」


 セレスティーヌは、困惑の表情を浮かべる。


「ははっ。まだ、そんな事言っているんですか? 僕は、寧ろ本当にフォスター家を継がせて貰えて嬉しいですよ。レーヴィーなんて、僕がフォスター家を継ぐって知ったらめちゃくちゃ悔しがっていましたから。負けて勝つってこの事だなと思ったもんです」


 アクセルは、当時を思い出したのか楽しそうに笑っている。


「レーヴィーが? そんなの知らなかったわ。だって、レーヴィーはずっとブランシェット家の当主になりたがっていたじゃない」


 セレスティーヌは、心底納得がいかない顔をしている。


「レーヴィーは解りづらいですが、フォスター家が大好きですからね。カール伯父様は、僕達の父親みたいなもんですから。尊敬出来る素敵な方です」


 アクセルは、眩しいくらいの笑顔だ。それを見たセレスティーヌは、自分の家族達も一緒に子育てに携わってくれたのだと改めて感じた。

 セレスティーヌの足りない所を、補ってくれていたのだと感謝の気持ちが込み上げる。


「ありがとう、アクセル。只でさえ遅れているのに、引き留めてしまったわ。家を出る日が決まったら、連絡するから。リリーにもよろしくね」


「はい。では、母上行ってきます」


 そう言って、アクセルは笑顔で手を振って馬車に乗り込み、あっという間に行ってしまった。




 セレスティーヌは、部屋に戻りソファーに腰かけた。

 子供達の顔を思い浮かべる。本当に成長した。幼い頃は毎日があっという間で、常に今が大変で後ろを振り返っている暇なんてなかったのに。


 末っ子のフェリシアは末っ子だけあって甘えん坊だけど、芯は強い素敵な女の子に成長した。

 婚約者はすでにいて、2歳年上の騎士で伯爵家の長男だ。騎士としての強さを将来有望視されている。しかもかなりの美男子で女性からの人気が高い。

 その彼自らが望んで、フェリシアの婚約者に収まった。幼い頃に、フェリシアから助けて貰った事があるのだそう。その時からフェリシア一筋なのだとか。

 当のフェリシアは、父親の事があり美男子に興味がなく最初はなんと断りを入れた。彼の方が諦めきれずに、何度も説得して婚約者になった経緯がある。


 長女のセシーリアは、実の母に似て気が強く気性が激しい女性に成長した。思春期に差し掛かった頃に、自分より下の者に対する態度があからさまに悪かった。

 セレスティーヌは、その態度を危険視した。気が強くてもいいけれど、優しさを忘れないで欲しかった。自分が偉いのではなく、周りの人達に助けられて生きている事を知って欲しかった。自分より下の者に感謝の気持ちを持って貰いたかった。


 公爵家の娘が絶対しない様な事を敢えてやらせた。

 フォスター家の領地に行って、小さな家でセレスティーヌと二人だけで二週間暮らした。自分の事は自分でやらせて、料理も洗濯も掃除も使用人がやるような事も一通り経験させた。

 最初の三日間は、ヒステリックに叫んだり嫌がったり暴言を吐いたりしていたが、何もしなければ何も食べられないし、服も着替えられないし、お風呂にも入れない。とにかく何も出来なくて、その現状を少しずつ理解し始めてからは大人しくなっていった。 


 やがてポツリと一言漏らした。


「私って、何も出来ないのね……」


 そして、ポタポタと涙を零した。


 それからは、積極的に自分から教えを乞うようになり、二週間後にはたどたどしくも自分の事は自分で出来るようになった。

 屋敷に帰って来てからは、使用人に対する態度を改めた。人に対して柔らかくなったし、優しくなった。母親の目から見ても、素敵な女性に育ったと思う。

 社交界デビューで、第三王子に見初められ婚約者となった。


 アクセルとレーヴィーは、年子だと届け出を出しているが実際は同じ年と言っても過言ではない。なんせ10カ月しか離れていないから。

 だからセレスティーヌからしたら、双子を育てたに近い感覚だった。そんな事もあり、爵位も長男だから無条件にアクセルにとは考えられなかった。


 だから結婚の条件で挙げた、後継者はセレスティーヌが決めると言う一文の通り、セレスティーヌがアクセルとレーヴィーと三人で話し合って決めた。


 話し合った結果、公爵家と言う貴族社会のトップの当主にはレーヴィーの方が適しているという事になった。

 アクセルは、とにかく優しい。優しすぎて公爵家の重圧に苦しめられるのでは? と思った。

 それに比べてレーヴィーは、野心もあり頭も良く悪知恵も働く。必要だと思ったら、あくどい事も平気でやってのける精神の持ち主だ。

 安心して公爵家を任せられるのが、レーヴィーだった。


 その代わりと言っては何だが、アクセルには自分の実家を継いで貰う事になった。兄の所には娘しか産まれず婿をとる予定だったが、そこにちゃっかりアクセルが収まった。

 子爵家の当主なんて嫌がるかと思ったが、アクセルはとても喜んでいた。僕には寧ろそれくらいが丁度いいと。

 兄もまだまだ元気なので、当分は王宮の文官勤めも続けられるし願ったり叶ったりなんだと喜んでいた。


 そして三男……。一番、心配な子。三男のミカエルは、容姿も性格も夫にそっくりなのだ。

 幼い頃は、男兄弟の中で一番可愛らしい容姿をしていて天使の様な子だった。性格も明るく天真爛漫で、誰からも好かれる子。そして上二人の兄を見ているからか、要領が良く手の掛からない子供だった。

 だからセレスティーヌも、上二人の子供よりも甘やかしてしまった感は否めない。ミカエルも他の子供達と同様、自分の事を母親として慕ってくれていた。いつも、母上大好きと天使の様な笑顔で言われていた。


 それが、7歳の時を境に変わってしまった。ブランシェット家の子供達は、7歳の誕生日の次の日にセレスティーヌが、本当の母親ではないと話して聞かせる決まりになっている。

 嘘をつかずに包み隠さず話して聞かせた。子供だから、どこまで理解出来るか不安だったが、自分の事を他者から嫌な形で知って欲しくなかったから。

 もちろん、本当の母親に会ってみたいのなら、その機会も設けると話す。セレスティーヌにとって、この告白は何回しても緊張と不安と怖さが入り混じる本当に辛いものであった。


 上の子二人の時は、口を利かなくなったり部屋に引き籠って出て来なくなったりした。それでも時間が経って自分の中で受け入れると、今までと変わらずに接する様になってくれた。


 それが、ミカエルに話した時は、明らかに他の子に話した時と様子が違った。ミカエルは、セレスティーヌが本当の母親じゃないと話した瞬間、目を輝かせて喜んだ。

 本当に母上は、母上じゃないの? と。セレスティーヌは、喜ばれた事にショックを受けた。その後ミカエルは、セレスティーヌを母上と呼ばなくなり名前で呼ぶようになった。

 それ以外は今までと変わりなかったが、母親だと思われなくなった事が寂しかった。それでも、無理に仕方がないと割り切った。


 そして10歳の頃に、騎士団の寮に入ってからセレスティーヌはミカエルに会っていない。お休みの時くらい帰って来てと何度手紙を書いても、帰って来てくれなかった。

 夜会で一緒になった時でも、自分が近づこうとすると姿をくらませてセレスティーヌに関わろうとしてくれない。それどころか、実の母親の所にはよく顔を出していると報告を受けた。

 夫と実母と三人で、一緒に笑顔で話している所を目撃した事もある。


 それを見たセレスティーヌは、自分はミカエルにとって必要ない人間なのだと悟る。だからセレスティーヌは、ミカエルに連絡をする事もなくなった。

 いつしか社交界でミカエルの噂を聞く様になる。見目が整い、人懐っこい性格は女性達に大変モテているようで、来るもの拒まず去るもの追わず状態だと。

 それを聞いたセレスティーヌは、本当にショックだった。そんな風になって欲しくない一心で育てて来た筈なのに……。

 ミカエルだけは、手元に置いていた期間が短すぎた事が悔やまれた。


 それでも、兄妹五人は仲が良くそれだけは誇らしい事だった。


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