番外編 フェリシアの悩み
お久しぶりでございます。
コミカライズのお知らせに参りました。
久しぶりの投稿を楽しんでいただけると、嬉しいです。
「おはよう、セレスティーヌ」
セレスティーヌが重い瞼を開けると、そこには大好きなエヴァルドの笑顔があった。
「おはよう、エヴァルド。ふふ、今日も早いわね」
寝起きの顔を見られて恥ずかしいけれど、目覚めて最初に目に入るのが彼の顔だというのも凄く贅沢なものだ。
「今日は、マーガレットの家庭教師の日だね?」
「そうなのよ。フェリシアが一人なのだけど大丈夫かしら?」
「僕が、今日は屋敷にいるから気にしておくよ」
「ごめんなさいね。あの子ったら、突然来るものだから……」
セレスティーヌは、申し訳なさそうにエヴァルドに謝る。結婚式を終えてから、すでに三ヵ月が経っていて、二人の結婚生活がやっと落ち着いたところだった……。
しかし二日前に突然、セレスティーヌの末娘であるフェリシアが、一人でグラフトン邸にやって来たのだ。
「全くかまわないよ。セレスティーヌの子供たちが、僕も家族だと思っているのなら大歓迎だ」
エヴァルドが、ふわっと優しい微笑みをくれる。セレスティーヌは、好きだなぁと見惚れる。朝、起きたばかりだと言うのに、甘い雰囲気なのは新婚なので許してもらいたい。
「ありがとう、エヴァルド」
セレスティーヌは、向かい合って横になっていた彼に近づいてチュッと頬にキスをする。エヴァルドは、びっくりした顔を浮かべたけれどすぐに嬉しそうに眼を輝かせた。
「さあ、起きて支度しましょう」
新婚の甘い雰囲気を吹き飛ばして、セレスティーヌは用意を始める。甘い朝を過ごすのも幸せだけれど、今日は結構忙しいのだ……。すぐに現実に目を向けてしまう自分に、呆れてしまうけれど仕方ない。
普段は、アルバート様と三人での朝食に、昨日からフェリシアも加わっている。
「フェリシア、今日、私は家庭教師の日だけど一人で大丈夫?」
「もう、お母様ったら。私だってもう学園に通っている学生なのよ。ここのお家にだって、一人で来たのだから大丈夫よ」
「そう? ならいいけれど。エヴァルド様、アルバート様、すみませんがよろしくお願いします」
フェリシアは、末っ子だけあって甘えん坊だ。一人きりでいることに、慣れていない彼女が心配だ。
「まあ、わしもいるし大丈夫じゃ。フェリシア嬢が良ければ、一緒に散歩でもしよう」
「本当ですか? 嬉しいです」
フェリシアは、アルバート様の提案に嬉しそうに目を輝かせている。まったくもうと思わないではないが、セレスティーヌも安心だ。
「アルバート様、ご無理なさらないで下さいね」
「ああ。わしも、楽しみじゃ」
楽しい雰囲気の中、四人が朝食を食べ進めた。
やがて、セレスティーヌが家庭教師に行く時間となる。出る前に、もう一度フェリシアに声を掛けたのだけれど、なんだか浮かない顔だ。
今は、長期休暇でもなく普通なら学園に通っている日なのだ。なんの便りも寄越さずに、突然来たということはきっと何かあったはず……。だけど残念ながら、まだゆっくりフェリシアの話を聞く時間が取れていない。
心配ではあったけれど、今日の夜は時間がとれるはずだと屋敷を後にした。
一方、一人グラフトン邸に残されたフェリシア。実は、フェリシアは婚約者のことで悩みがあり、衝動的にブランシェット家を飛び出してきたのだった。
母親に話を聞いてもらいたいと思って来たのだが……。突然来たことで、母親が忙しくてゆっくり話す時間がとれない。当てが外れてしまったと、さらに落ち込んでいた。
「はぁー。やっぱり、突然来たのは迷惑だったわよね……」
フェリシアは、自分にあてがわれた客室で、ソファーに腰をかけてお茶を飲みながら独り言を零していた。そこに、トントンと扉を叩く音が聞こえる。
「はい」とフェリシアが応答すると、「僕です。エヴァルドです」と声がする。フェリシアは、エヴァルド様? と驚きソファーから立ち上がり扉を開けた。
「エヴァルド様、どうしました?」
「あー、実は、祖父に急な来客がありまして……。もしよろしければ、僕と散歩でもと思いまして」
「まあ、お忙しいのに、申し訳ないわ」
フェリシアは、エヴァルド様に散歩に付き合ってもらうのは、流石に申し訳ないと恐縮する。
「いや、折角だから僕がフェリシア嬢と話してみたいと思ったんだ。やはり、嫌だろうか?」
エヴァルドは、迷惑だっただろうかと心配になる。やはり、止めた方が良かっただろうかと後悔し始めていた。
「そんな、嫌だなんて。とても嬉しいですわ。よろしくお願いします」
フェリシアは、満面の笑みでエヴァルドの提案を受け入れる。相変わらず、自分なんかに腰が低くていい人だ。
フェリシアとエヴァルドは、二人でグラフトン邸の庭に向かった。エヴァルドは、まだ行ったことがないだろう温室に連れて行くことにする。
行く道すがら、庭に咲いている花を説明しながら進む。フェリシアは、とても楽しそうにしてくれるので、エヴァルドも案内することができて嬉しい。
「わぁー。素敵な温室ですね。グラフトン邸には、何度も来させていただいたのに、ここは初めてです」
フェリシアが、感嘆の声を上げて喜んでいる。
「本当は、夜が一番綺麗なんだ。今度、セレスティーヌと三人で、星空を一緒に見に来よう」
「はい! 楽しみです」
フェリシアは、天真爛漫に喜んでいる。エヴァルドは、そんな彼女を見て微笑ましい。明るくて素直で、とても素敵なお嬢さんだ。こんな風に、子供を育てたセレスティーヌを、益々尊敬する。
フェリシアは、温室にある噴水の縁に腰かけた。そして、何も言わずに周りの景色を楽しんでいる。だからエヴァルドも、ちょっと離れた場所に腰をかけてそれを見守っていた。
「エヴァルド様……」
「なんだい?」
しばらくするとフェリシアが、控えめな声でエヴァルドを呼ぶ。
「私、二歳年上の婚約者がいるの。とても格好良い騎士なの。ミカエルお兄様にも負けないくらい格好良いのよ」
さっきまで明るく元気だったフェリシアは、足元を見ながらポツリポツリと話をする。だから、エヴァルドは口を挟まずにただ聞いていた。
「私ね……実の母親って平民なの。いたってどこにでもいる普通の人。だから、私も普通でしょ? 特別、セシーリアお姉様みたいに綺麗でもないし……。兄妹の中で、一番貴族らしくないの」
フェリシアの声が、段々震えている。今にも泣きだしてしまいそうな雰囲気だった。
「学園で遠回しに、どうして私みたいなのが婚約者なんだって陰口叩かれるの。爵位は公爵家だけれど中身は平民じゃないって。でも、私が一番そう思っているの。婚約者のクリスは、どうして私を選んだのかって。私、何度もお断りしたのよ? それなのに、彼がどうしても私が良いって諦めなかったのだもの! 私にどうしろって言うのかしら!」
震えていたはずの声は強くなり、最後には叫ぶようだった。エヴァルドは、座っていた椅子から立ち上がってフェリシアに近づく。
地面に膝を突いて、下からフェリシアの顔を覗き込んだ。彼女の顔は、怒りと悲しみがごっちゃになった顔で涙をこらえている。
「フェリシア嬢。君は普通なんかじゃないよ。とても明るくて元気で、いるだけで周りがパッと明るくなる、そんな女の子だ。きっと、陰口を叩く子たちは、そんな君が羨ましいのだろうね」
「でも、だからって毎日毎日……。私、こんなこと誰にも言えなくて……。お姉様だって色々言われていたわ。でも、ちゃんと自分で乗り越えていた。お兄様たちは、そうじゃないから……。言いたくないの……」
フェリシアは、ギュッと自分の手を握って耐えている。きっと、ずっと悩んで耐えられなくて母親の元に来たのだ。
「フェリシア嬢。僕もずっと、陰口を叩かれていた側の人間だ。だけど、ある人が言ってくれたから、そんなことどうでも良くなったんだ」
フェリシアが、エヴァルドの言葉に顔を上げた。
「何て言われたの?」
「セレスティーヌがね、落ち着いていて瞳が優しくて素敵だと思うって言ってくれたんだ。地味で平凡で、つまらない男だって言われ続けていたのに……。彼女の言葉一つで世界が明るくなった気がしたよ」
「ふふふ。お母様らしい」
フェリシアが、ふわっと笑う。やはり、フェリシアには笑顔が似合う。
「フェリシア嬢、婚約者とよく話してごらん。自分の負の部分を話すのは勇気がいるけれど、相手は話してもらったら嬉しいよ。それに、フェリシア嬢のお兄様、お姉様にも相談してごらん。妹が泣いているのに、手を貸さない兄妹じゃないだろう?」
「でも私、恥ずかしいわ……。こんなことで悩んでいるなんて……」
「悩みに大も小もないよ。フェリシア嬢だって、お兄様とお姉様が悩んでいたら、どんな悩みでも力になりたいだろう? 大切にされたら、その分大切にしたらいいんだ。フェリシア嬢の兄妹は、他の誰もが持ってない大切な絆だよ」
フェリシアは、自分で涙を拭って顔を上げる。
「私、全然、普通なんかじゃなかったわ。頼もしい兄姉が四人もいて、大好きな婚約者までいてくれるんだわ。私、学園で意地悪されたからって、自分以外の力を使うなんて卑怯だって思ったの。でも、そもそもはあちらが悪いのだもの、卑怯も何もないのよね!」
開き直ったフェリシアが、噴水の縁から立ち上がって、今度は元気に生き生きとしている。エヴァルドも、地面から立ち上がって元気になったフェリシアを見て微笑む。
「エヴァルド様、ありがとうございました。私、すっかり元気になったわ。エヴァルド様って、どうしてかしら? 話すつもりなんてなかったのに、全部話してしまったわ」
フェリシアが、キラキラした目でエヴァルドを見る。
「良かった。僕が役に立ったなら嬉しい。やっぱり、フェリシア嬢は笑顔でいるのが一番似合うよ」
すっかり元気になったフェリシアに、エヴァルドはホッとしていた。すると、フェリシアが宣言する。
「エヴァルド様、私、明日にブランシェット家に帰るわ」
「えっ? そんな急に? 折角来たのだし、あと二、三日くらいいてもいいのに」
「だって私、学園を休んで来ているのだもの。あの子たちのせいで、私がさぼるのは良くないと思う」
「そっか。その通りだね」
フェリシアは、エヴァルドに話してすっきりし、居ても立っても居られなくなってしまう。今すぐに自国に帰って、婚約者や兄姉たちに話をしたい。
「エヴァルド様、帰る準備をするので戻りましょう」
フェリシアは、エヴァルドの腕を取って屋敷の方に戻っていく。元気で可愛いフェリシアを見ていると、女の子の父親ってこういう感じなのだろうか? と考えてしまうエヴァルド。
その日の夜、セレスティーヌは、急に帰ると言い出したフェリシアに驚いてしまう。だけど、すっきりした彼女の顔を見て、翌日、駅に送っていくことを約束する。
「エヴァルド様、一体何だったのかしら?」
セレスティーヌは、自分の横に横たわるエヴァルドに向かい合いながら訊ねる。
「学園生活は、学生ならではの悩みがあるんじゃないかな」
エヴァルドが、今日あったことを話して良いのかわからずに言葉を濁す。
「フェリシアと話してくれたの?」
エヴァルドは、何か知っていそうな雰囲気を醸している。だけど、教えてくれないので重ねて聞いてしまう。
「んー。話はしたのだけれど……。セレスティーヌに言ってもいいか聞くのを忘れたから、明日聞いてからでは駄目だろうか?」
律儀なエヴァルドが可愛くて、笑ってしまう。
「ふふふ。エヴァルドらしい。あの元気な様子を見るに、相談に乗ってあげたのでしょう? ありがとうございました。でも、母親の出番はなしだったわ」
セレスティーヌは、自分の出番がなくちょっと寂しくて拗ねる。すると、エヴァルドが悪いと思ったのか、距離を縮めて来てギュッと抱きしめてきた。
「すみません……。セレスティーヌのお役目を奪ってしまいました……」
「ふふ。気にしてないわ。フェリシアと話してどうだった?」
「何て言うか、胸の内を話してくれて嬉しかったです。身内になれたみたいで……。それと、娘がいたらこんな感じなのかと思ったりして……」
エヴァルドの顔を見ると、ポッと頬が赤くなっている。
「エヴァルドったら、気が早いんだから」
セレスティーヌも、自分の腕を彼の背中に回してギュッと抱きしめる。彼の胸の鼓動が、ドクンドクンと聞こえてとても幸せだ。セレスティーヌの、甘く幸せな生活は始まったばかり。こんな風に、ずっとエヴァルド様と一緒にいたい。
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12月13日(金)
「優等生だった子爵令嬢は、恋を知りたい。 THE COMIC」1巻が発売となります。
ヘイテン先生による、とても素敵なコミカライズとなっております。
手に取って頂けると嬉しいです。よろしくお願いします。
書報 https://syosetu.com/syuppan/view/bookid/7799/
マグコミ様 https://magcomi.com/episode/2550912964490601357
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