おまけ(前編)その後のお話
久しぶりに帰って来ました。
どうか、皆様に楽しんで貰えますように……
セシーリアは、一通の手紙を手に持ってブランシェット家の玄関の扉を勢いよく開けた。音を聞きつけてやってきた執事は、セシーリアの訪問に驚いていた。
「セシーリアお嬢様、今日は訪問の予定はなかったと思うのですが? 如何なさいました?」
セシーリアは、執事を見て嬉しそうな笑顔を向ける。
「手紙が届いたのよ! お母様から。すぐに、お兄様に相談しなくてはと思って! レーヴィーお兄様は、執務室かしら?」
セシーリアは、執事の返事が待ちきれずに執務室の方に歩きだす。
「お嬢様、今レーヴィー様は来客中です」
セシーリアが足を止める。
「あら、そうなの? では、応接室かしら?」
執事は、接客中だと言えば諦めるかと思ったが当てが外れて動揺する。セシーリアは、構わずに応接室に行こうと方向を変えて歩き出す。
「お嬢様、レーヴィー様に叱られますよー」
執事が、セシーリアを止めようと何度も声を掛けるがセシーリアは止まらない。
「大丈夫よ。嫁に行った可愛い妹が、緊急の用事で帰って来たのよ? お客様よりも大切ではなくて?」
セシーリアは、自信満々の顔で応接室の扉の前に立つ。トントンとノックをすると、返事を待たずに扉を開けて中に入ってしまった。執事も慌てて、失礼しますと続けて中に入る。
「歓談中、失礼いたします。私セシーリア・ハワードと申します。レーヴィーお兄様に、緊急の用事で会いに来ましたの。よろしいかしら?」
突然、応接室に入って来たセシーリアにレーヴィーも客の男性も驚いている。レーヴィーは、セシーリアに呆れる。
「セシーリア、来客中に失礼じゃないか!」
レーヴィーが、セシーリアを叱る。
「だってお兄様、とても大切な事なんだもの。でも、ごめんなさい。私が悪かったわ……」
セシーリアが、レーヴィーと向かい合って座っていた男性にとても悲しそうな眼差しを向ける。男性は、美しいセシーリアの切ない表情に心打たれる。
「レーヴィー様、何かとても大切な用事なのでしょう? 私はお暇いたします。妹さんの話を聞いてあげて下さい」
そう言って、男性は荷物を手にソファーから腰を上げる。
「申し訳ありません。続きはまた後日、こちらからご連絡いたします」
レーヴィーも一緒に立ち上がり、申し訳なさそうに頭を下げる。男性は、お気になさらずにと、笑顔で退出して行った。
レーヴィーは、部屋でやり取りを見守っていた執事に、お見送りするように指示を出す。執事は、扉を開けて男性と一緒に出て行った。
「全く、失礼にも程があるだろうが! 大切な商談だったらどうしていたんだ……」
レーヴィーは、ソファーにドカッと腰を下ろしてセシーリアを睨みつける。
「あら、こんな事くらいで駄目になるなら、止めた方がよろしいわ。それに結果的に、大丈夫だったのだからいいじゃない」
セシーリアは、全く悪びれる事なくレーヴィーの向かいのソファーに腰を下ろした。
「で、何なんだよ」
レーヴィーが、呆れた顔でセシーリアに聞く。
「お兄様! お母様から手紙来たわよね? 勿論、みんなで行くわよね?」
セシーリアが、目をキラキラさせている。
「あのな、みんなで行くなんて無理だろうが。大体、セシーリアだって新婚だろ? あの旦那が許すのかよ?」
レーヴィーが、やれやれと言った顔で言葉を返す。
「無理な訳ないじゃない! お母様の結婚式なのよ! みんなで出席しなくてどうするのよ! もちろんヴァージルには、許可をもらったわ。もし駄目って言うなら、もう一緒に寝ないからって言ったら許してくれたもの」
セシーリアは、誇らしげな顔で言い切る。
「お前なー、何て言う事を……。ヴァージル様に同情するよ……」
「いいのよ。ヴァージルは、私の我儘な所も可愛いって言ってくれるもの」
レーヴィーは、はいはいと話を流す。
「まあ、俺とアクセルは、式だけ出てすぐに戻って来ればいいか……。問題は、ミカエルじゃないのか? あいつも連れて行きたいんだろ?」
レーヴィーが、テーブルの上のお茶に手を伸ばしながら聞いた。
「勿論よ。だって私達、五人兄妹じゃない。お母様がいる時は、何もできなかったけど……。子供達全員から祝福されたら、嬉しいと思うの」
セシーリアが、確信に満ちた目をレーヴィーに向ける。
レーヴィーは、妹に言われた事を考える。弟のミカエルは、母親からきっぱりとふられてから元気がない。
ずっと今まで、その事を心の支えにやって来たから、燃え尽きたようにしている。仕事には、きちんと行っているようだが、今まで頻繁に顔を出していた社交界に全く行かなくなった。
付き合いの有った女性達とも距離を置き、休みの日などは自分の屋敷に引きこもっているみたいだ。
「世話が焼ける弟だな……」
レーヴィーが、大げさに溜息を吐く。
「そんな事言わないで! ミカエルお兄様が可哀想でしょ! もとはと言えば、アクセルお兄様と二人で余計な事言ったのが始まりなのよ?」
セシーリアが、兄を睨みつける。レーヴィーは、セシーリアから目を逸らし気まずそうな顔をする。
「分かったよ。話をすればいいんだろ。でも、無理やり参加させても意味ないんだからな。嫌だと言ったら、諦めるしかないぞ」
「それで充分よ。ねえ、折角だから来月のディナーの時にミカエルお兄様も呼びましょう。今まで、ミカエルお兄様に声掛けてこなかったけれど、もう大丈夫でしょう?」
セシーリアが良い事を閃いたとばかりに、手をパチンと合わせて笑顔を浮かべる。
「お兄様、ミカエルお兄様に声掛けておいてね。私は、フェリシアに話して来るから。あと私、今日は泊まって行くからよろしく」
セシーリアは、そう言うと慌ただしく応接室を出て行った。
レーヴィーは、一人応接室に残される。ミカエルの事は、ずっと心配しているがどうしていいのか分からないのが現状だ。
幼い頃に、アクセルと一緒になって実の母の方に行くように焚きつけたのは本当だ。だけど、子供だった頃の自分達は、まさかここまで拗れる事になるなんて想像していなかったのだ。
でも確かに、ディナーに呼ぶのは良いかも知れない。週に一度、家族で夕食を摂る習慣は今もまだ続けている。月に一度は、結婚して出て行ったアクセルやセシーリアも参加してくれる。
今まで、何となく声を掛けずに来てしまったが今が丁度いいタイミングだろうと思えた。
そして約束のディナーの日がやってきた。
レーヴィーは、今日の夕食は妻と子供には遠慮して貰った。本当に久しぶりに、ブランシェット家の五人兄妹と父親が揃う。
一体どんな夕食になるか、予想がつかなかったから。レーヴィーは、ミカエルに母親の結婚式の話をまだしていなかった。
手紙で済ます訳にもいかず、今日夕食が終わったら話をすればいいと思っていた。
食堂に、全員が揃う。レーヴィーと父親がテーブルの端と端に向かい合って座り、サイドに四人が二人ずつ分かれて座った。
「皆で顔を合わせるのも、久しぶりだね。では、いただこうか」
父親が、皆の顔を見て食事を促した。
「「「「「いただきます」」」」」
五人が挨拶をして、夕食を食べ進める。
セシーリアとフェリシアは、楽しそうにおしゃべりしながら食べている。行儀が悪いが、セシーリアが結婚して家を出て行ってから、フェリシアが寂しそうにしているのを見ているので目をつぶっている。
アクセルとミカエルは、食事を黙々と食べ進めていた。
レーヴィーは、セシーリアに言われてからミカエルにどうディナーに誘うか考えあぐねていた。考えた結果、普通に手紙に書いて送った。
断られたらどうしようと思っていたが、意外にもすぐに了承の手紙が届いたのでホッとした。
家族みんなで食事をする風景を見ていると、何だか不思議な気分だった。普通の家族団欒に見えるが、母親だけがいないのだ。
いつも母親が座っていた場所に目を向けて、少しの寂しさを感じる。
本当は、子供達五人がいて父親がいてこの光景を見たかったはずだ。そう思ったら、セシーリアの言う通り、母親の結婚式にミカエルも連れて行かなければと改めて思う。
問題は、どうやって切り出すかなのだが……。アクセルに相談でもすれば良かったのだが、お互い忙しくてその暇がなかった。
そんな事を考えていたら、皆の食事がほぼ終わっていた。
「ねえ、ミカエルお兄様」
フェリシアが、ミカエルに話し掛ける。
「なんだい? フェリシア」
ミカエルが、フェリシアの方を向いて返事をした。
「ミカエルお兄様は、まだお母様の事、吹っ切れないの?」
きっと皆が、どう言えばいいのか考えてたであろう内容を直球で聞く。聞いていたミカエル以外の兄姉達が、慌てふためいている。
「フェリシア、今言わなくてもいいのじゃなくて?」
セシーリアが、フェリシアに小声で注意する。
「だって、みんながいる所で聞きたいの。ミカエルお兄様の事、みんなが心配しているんだよ」
フェリシアが、ミカエルの方を向いて正直な気持ちを伝える。それを聞いた兄姉達も、同じ気持ちなので止める事ができない。
ミカエルは、何とも言えない表情をしていた。
「フェリシア、ごめんな。でも、兄さんもよく分からないんだ……。セレスティーヌに最後に会った日、セレスティーヌの表情はどこまでも母親の顔だった。兄さんな、今までの努力は一体なんだったのか分からないんだよ」
ミカエルが、テーブルの上で組んだ手を、俯きがちにじっと見ている。
「なあミカエル、母上の為に頑張って来た事は無駄ではないだろう。騎士になった事だって、今ではやりがいを感じている筈だぞ。きっかけが何で始まったかなんて、関係ないぞ」
アクセルがミカエルを諭すが、ミカエルはやるせない表情でアクセルを見る。
「それは、分かってる。でも、どうやって気持ちを切り替えていいのか、分からないんだ……」
尚も、ミカエルは弱音を吐く。
「ミカエルお兄様。今日集まったのは、お母様の結婚式についてなの。できれば、みんなで出席したいの。それがお母様が一番喜ぶと思って」
セシーリアが、思い切ってミカエルに母親の事を話す。
「け……結婚……?」
ミカエルが、驚きで固まっている。まさかそんな事になっているなんて、思ってもいなかったみたいだ。
「そう、お母様、エヴァルド様と春に結婚する事になったのよ」
嬉しそうに、フェリシアが言葉を続けた。
――――ガタンッ。ミカエルが、椅子から勢いよく立ち上がる。
「そんな話は聞いてない! 僕がセレスティーヌの結婚式なんかに、出席できる訳ないじゃないか!」
ミカエルは、怒って食堂を出て行ってしまった。食堂内に、沈黙が流れる。
レーヴィーは、頭を抱える。前もって自分が話さなかったのが悪かったが……。こんな不意打ちみたいな伝え方しなくても……。
「フェリシアもセシーリアも、突然過ぎるだろう……」
レーヴィーが、苦言を呈す。
「あら、だってレーヴィーお兄様が伝えて下さらないのが悪いんじゃない」
セシーリアが、ツンと顔を背けて言う。
「だって、隠し事なんてもう嫌でしょ。みんながいる所で、はっきり話した方がいいもん」
フェリシアも、レーヴィーに対して怒っている。アクセルは、やれやれといった表情で考え込んでいた。
「みんな、いいかな?」
突然、空気の様に存在感がなかった父親が言葉を発した。
四人は、驚いて父親の方に顔を向ける。今までの父親なら、こんな事があっても見て見ぬ振りで会話に参加する事なんてなかった。
むしろ、食事が終われば気づかぬ内に退席している事さえあったのに。
「お父様、なんですの?」
セシーリアが、返事をする。
「セレスティーヌが結婚するなんて、僕も聞いてなかったけど?」
父親が、残念な表情を浮かべている。
「あら、お父様がお母様の事を気にするんですの?」
セシーリアが、冷たい言葉を投げる。
「そう言われるのも、仕方のない事だけど……。そうか、結婚するのか……。流石に僕は、招待されないよね?」
父親が、あっけらかんととんでもない事を言う。
「父上、流石にそれはないです」
アクセルが、溜息交じりに返事をする。
「そうだよね……。あのさ、ミカエルの事は僕に任せてくれない? ちょっと話してみたい事があるんだ。僕もさ、一応セレスティーヌと別れて思う事はあったんだよ」
父親の言葉に、四人は驚く。こんなにまともな事を言っているのを、初めて聞いたかも知れない。
「頼んでも、いいんですか?」
本当に頼んでも大丈夫なのか、心配しながらレーヴィーが訊ねる。
「ミカエルが行くって言うか分からないけど、一度、話をしてみるよ」
「では、よろしくお願いします」
レーヴィーは、心配ではあったが父親に任せる事にした。
こんな風に言ってくるなんて、初めてだった。どっちみち、説得できそうな人が他に誰もいない。誰が話をしても同じだと思った。
そして、その日の夕食はお開きとなった。
久しぶりの投稿過ぎて、作者ドキドキしています。
実は、セレスティーヌを含む9人のキャラデザのラフを、イラストレーターのいちかわはる先生から送って頂きました。物凄く素敵で、是非読者の皆様に見て貰いたくて、マックガーデン様といちかわ先生に公開許可を頂きました。
折角だから、9人が出て来る「おまけ」を書こうと思い立ち投稿させて頂きました。
明日、「おまけ(後編)」と共に活動報告にて主要人物9人のキャラデザを公開します。
是非是非、見に行って下さいね。読者の皆さんに、喜んで貰えると嬉しいです。






