最終話 再会するなら温室で
そしてセレスティーヌは、無事にリディー王国に戻って来た。ただし、エヴァルドと別れてから一カ月の月日が経ってしまっていたが……。
あの後、すぐにセレスティーヌもリディー王国に戻ろうとしたが子供達に止められた。
レーヴィーの爵位の授与と、セシーリアの結婚式が迫っていたから。行ったり来たりするのは大変だから、全部が終わってからゆっくりリディー王国に行けばいいと。
セレスティーヌは、子供達にそう言われてしまえば従う他なかった。やっぱり、どこまで行ってもセレスティーヌは、子供達の母親だった。
それを捨てる事なんて出来る訳がない。
今、セレスティーヌはグラフトン家の星が瞬く温室に来ている。
予定よりも数日早く戻る事が出来たセレスティーヌは、エヴァルドに黙ってこっそり戻って来ていた。きっとエヴァルドに言ったら、何が何でも迎えに来そうだったから。
エヴァルドは、三週間程国を出ていた事で仕事が溜まりに溜まっていて連日仕事に追われている。
無事に条約を締結させた事で、サイラスの評価が高まり王位譲渡への機運が高まっていた。セレスティーヌは、あの王太子の事だから、きっとこのまま父親を退位させ王になるのではと思っている。
その事も重なり、エヴァルドは多忙を極めていた。
今日も、エヴァルドは遅くなると執事に言われている。だから、エヴァルドが帰って来たら、セレスティーヌが温室にいると伝えて欲しいとお願いしている。
再会するのなら、出来ればここがいいとセレスティーヌは思っていた。
ずっと、言えずにいた子供の件も今日必ず言う事を心に決めている。それを後回しにして、これからをエヴァルドと一緒に歩いていく事なんて出来ないのだから。
セレスティーヌは、真っ白い噴水の枠に腰かけて、温室のガラス越しに輝く星を眺めていた。
一年前に離縁してから、沢山の事が起こった。今までもセレスティーヌの人生は、波乱に満ちていた。だけど今までになく、楽しい一年だったような気がする。
十六歳で母親になってから、初めて自分だけの為に時間を使った一年だった。
自分が生まれ育った国を出て、ただのセレスティーヌとして暮らした。それは、自分で思っていたよりもずっと自由で楽しいものだった。
一緒に幸せになりたいと思える、男性にも巡り合えた。
恋をするって、不思議だと思った。
恋するぞってやる気になったり、積極的に探したり、そういう恋もあるのかも知れない。だけどセレスティーヌの恋は、気づいたら心の中にそっとあった。
エヴァルドが歩いて来た道があって、セレスティーヌが歩いて来た道があったから交差した。
二人が出会う為には、今までの全部が必要だった。そんな風に考えたら、セレスティーヌの結婚していた二十年を、もっと誇っていいのかも知れないと思えてくる。
何もかも、全部をひっくり返せるのが恋なのかも知れない。
「セレスティーヌ!」
温室のドアが開き、エヴァルドの声が響き渡る。
「エヴァルド様」
セレスティーヌが、立ち上がりエヴァルドに向かって返事をする。セレスティーヌの声を聞いたエヴァルドは、噴水の方に向かって真っすぐに歩いて来た。
エヴァルドの姿が見えると、セレスティーヌが声を掛けた。
「エヴァルド様、お帰りなさいませ」
エヴァルドが、セレスティーヌの顔を見てパッと凄く嬉しそうに笑顔を零した。
「帰って来たら、セレスティーヌがいるって聞いてびっくりしました」
エヴァルドが、今にもセレスティーヌに抱き着きそうなくらい興奮していた。セレスティーヌは、ぎゅっと拳を握って勇気を出す。
「エヴァルド様、お話ししたい事があります」
エヴァルドは、今にもセレスティーヌの手を取ろうとしていたが押し止まった。
「はい。何でしょうか?」
エヴァルドが、セレスティーヌの真剣な眼差しに気づき自身も呼吸を整える。セレスティーヌは、小さく深呼吸をする。
ずっと今まで、考えて来た。もし、それでは困ると言われてもそれはしょうがないと。納得しないといけないと。
「私、もう子供を育てるつもりはないんです。こんな私でも、エヴァルド様とこれからずっと一緒にいてもいいですか?」
セレスティーヌは、止まらずに一気に言い切る。恐る恐る、エヴァルドの顔を窺った。
エヴァルドは、何を言われるのか怖くて息をするのを忘れていた。セレスティーヌの言葉を聞いて、驚きはしたが安心が勝り大きく息を吐き出した。
「びっくりしました。やっぱり、好きじゃないと言われるのかと……」
エヴァルドが、安堵の表情を浮かべている。
「違います。そんな訳ないです。エヴァルド様の事は、好きです。私はずっと一緒にいたいと思っています。でも、子供の事は大切な事なのにずっと言い出せなくて、申し訳ありません」
セレスティーヌは、エヴァルドに頭を下げる。
「そんな、謝らないで下さい。私も、何も先の事を考えてなく、ただセレスティーヌとずっと一緒にいたいと思っていただけだったので。何も気づかなくて申し訳ないです」
エヴァルドは、これから先の具体的な事を全く考えていなかった事を反省する。
自分の中で、結婚なんて出来る筈ないと思い込んでいた。だから自分の事を好きだと言ってくれる相手に、出会えただけで充分だった。
「エヴァルド様は、公爵家の当主です。子供を望まない相手なんて困りますよね?」
セレスティーヌは、不安げな表情で訊ねる。
「私は、結婚出来ると思ってなかったので養子を取るつもりでずっといました。だから、子供の事なんて全く考えていません。私は、セレスティーヌがいてくれるだけで幸せです。それを理由にセレスティーヌが離れてしまうなら、私は子供はいりません」
エヴァルドが、きっぱりと告げる。今度こそエヴァルドは、セレスティーヌの手を取る。そして、さらに言葉を続ける。
「セレスティーヌが、もう子供の事を考えられないのはよくわかります。養子は取らないといけないと思いますが……。そうだな……セレスティーヌのお孫さんが、これから沢山生まれるでしょう? きっちり育てて貰ってだれか一人、養子に貰えないか考えてもらいましょう」
エヴァルドが、良い事を思いついたとばかりに満面の笑みで言う。セレスティーヌは、驚く。そんな事を言ってくれるなんて全く思ってなかった。じわじわと、嬉しさが込み上げて来る。
「エヴァルド様、ありがとう」
セレスティーヌは、涙が零れそうになっていた。しかし、エヴァルドが更にびっくりする事を言い始める。
「それに、もし万が一子供が出来たら、僕が育てます。申し訳ないのですが、産むのは頑張って貰いたいです。代われなくてすみません……」
エヴァルドが、肩を落としてシュンとしている。
セレスティーヌは、目が点になる。零れそうになっていた、涙が何処かにいってしまう。言われた事が突拍子もなさ過ぎて、驚きを通り越して笑えて来る。
「ふふふふ。あはは。……エヴァルド様……。そんな事、考えた事も無かった。そう、そうなの……。エヴァルド様も一緒に育ててくれるのね……」
子育てって、母親だけのものだと思っていた。そうじゃないんだ……。セレスティーヌの中で、何かかパリンと割れて胸の中で疼いていた気持ちがスッキリする。
全部、迷ったり悩んだり悲しんだり何でも相談していいんだ。一緒に考えてくれる。これからは、私一人じゃないんだ。
突然笑い出したセレスティーヌを、不思議そうにエヴァルドが見ている。セレスティーヌは、エヴァルドへの想いが溢れてギュっと抱き着く。
エヴァルドは、まだ慣れないのか一瞬凍り付いたが、ぎこちなくもギュっと抱きしめ返してくれた。
「エヴァルド様、私、子供の事は神様に任せる。エヴァルド様となら、大丈夫な気がするから」
セレスティーヌが、腕を緩めてエヴァルドの顔を見る。嬉しそうな、恥ずかしそうな何とも言えない表情をしている。
「あの、セレスティーヌ……」
エヴァルドが、何だが言いづらそうな顔をしている。
「何ですか?」
セレスティーヌが、首を傾げる。
「その……、キスしてもいいでしょうか……?」
エヴァルドが、勇気を振り絞って聞いているのがわかる。耳が赤いし、嫌がられたらどうしようと顔に書いてある。
セレスティーヌが、エヴァルドの顔を覗き込み背伸びをしてチュッと唇を奪う。もう一度、エヴァルドの顔を見ると、目を見開いて驚いている。
「エヴァルド様、許可なんていりませんよ」
セレスティーヌが、笑いながら呟く。
――――その瞬間。
エヴァルドが、セレスティーヌを引き寄せて唇を重ねる。
温室の中は、甘く薫る花の匂いに満たされている。透明なガラスの先に、何千何億という星が瞬き、その空で一際目立ちながら黄色く輝く三日月。
セレスティーヌの岐路に、必ず姿を現す月。今宵の月は、セレスティーヌ一人ではなくエヴァルドと重なり合う二人を優しく照らしていた。
完
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