031 声を荒げるエヴァルド
テッドは、急いでグラフトン公爵家に戻って来た。
今日エヴァルド様は、王宮に出掛けているのでアルバート様に指示を仰ごうと部屋をノックする。
「アルバート様、テッドです」
扉越しにテッドが声を掛けると、すぐにアルバートから返答があった。
「入れ」
テッドが、部屋に入るとアルバートはソファーに座って煙草をふかしていた。
「セレスティーヌが、着いたのか?」
アルバートが、煙草を灰皿に置き火を消している。
「それが駅に到着はしたのですが、何故か王宮からの指示で入国不可の扱いを受けて、改札を通れないのです」
テッドが、訝しんだ表情を浮かべながら説明する。
「何だそれは? また王族か! エヴァルドが、今日をどれだけ楽しみにしていたと思っているんだ! すぐに、王宮にいるエヴァルドに連絡しろ!」
いつも温厚なアルバートが、声を荒げて怒っている。テッドにも、緊張感が走る。
「はい。すぐに、王宮に向かいます」
テッドが、一礼してアルバートの部屋を出ようと踵を返した所で待ったがかかる。
「待て。エヴァルドに、こっちの事は心配しなくていいから、自分のしたいように動けと伝えてくれ」
アルバートが、テッドに真剣な眼差しで伝える。意味を汲んだテッドも、深く頷く。
「わかりました。必ず伝えます」
そう言って、今度こそ踵を返してアルバートの部屋を出て行った。
テッドは、馬車に乗りすぐに王宮に向かった。
馬車の中で、緊急連絡用の手紙にセレスティーヌの状況とアルバートからの伝言をしたためる。
屋敷から出て来る前に調べた、次発の列車の時間も記入する。発車までの時間が、かなりギリギリだった。
テッドは、急がなくてはと拳を握った。
王宮に着くと、すぐに来客用の受付へと足を進める。
受付は、王宮に勤める貴族達の緊急連絡や、突発的な来客を仲介してくれる場所となっている。
テッドが、受付の窓口に声を掛ける。
「すみません。グラフトン公爵家の従者の者です」
受付に座って本を読んでいた女性が、顔を上げた。
「はい。何か身元が分かる物はありますか?」
テッドは、グラフトン公爵家の紋章の入った手帳を見せる。
紋章の入った手帳は、基本的にその家の従者しか持てない事になっている。手帳を見た女性は、頷いている。
「間違いないですね。何のご用件でしょうか?」
女性が笑顔で訊ねてくる。テッドは、内心で焦りながら表面には出さない様にゆっくりとしゃべり出す。
「グラフトン公爵様に緊急の連絡がありまして、この手紙を今すぐに渡して頂きたいのですが?」
テッドが、グラフトン公爵家の紋章が入った赤い色の封筒を差し出す。
「緊急連絡ですね。わかりました。返事をお待ちになりますか?」
女性が、手紙を受け取りながら訊ねる。
「恐らく公爵様自身がいらしてくださると思うので、馬車乗り場で待ちます」
女性は、手紙を持って建物の中へと姿を消した。
暫くすると戻って来て、係の者に託したのですぐに受け取って貰えるはずですと言葉をくれた。
テッドは、後は待つしかないと馬車の方に戻って行った。
一方その頃、エヴァルドは王太子の執務室でいつもの様に仕事をしていた。今日も、諸外国との貿易についての契約書の作成をしている。
エヴァルドは、語学が堪能で人柄がいいので、諸外国との取引に連れて行くととても受けが良い。そこを王太子はとても評価していて、自分の手元から離せずにいる。
トントンとノックの音がする。王太子が、返答した。
「入れ」
エヴァルドは、入って来た顔を見て誰かに緊急連絡かと思う。赤い手紙を持った、連絡係の男性が入室して来たから。
「誰の連絡だ?」
王太子が、書類を書いていた手を止め連絡係を見た。
「グラフトン公爵様です。緊急連絡の手紙が届いております」
そう言うと、連絡係がエヴァルドの元に歩いて来て赤い手紙を手渡してくれた。
「分かった。ありがとう。返事が必要なのかな?」
エヴァルドが、連絡係に問う。
「いえ、受付によると公爵様本人が来るはずだそうです。従者が、馬車で待っているとの事です」
連絡係の男性は、伝言を言い終えるとペコリと頭を下げて執務室を退出して行く。
エヴァルドは、険しい顔つきに変わる。すぐに戻らなければならないような、事柄とは何だろうと眉間に皺を寄せた。
デスクの上にある、ペーパーナイフを取り手紙を開封する。
手紙を読み進めて行く内に、エヴァルドの中で何かが弾けた。
「サイラス! 何故、セレスティーヌの入国の許可が下りないんだ!」
エヴァルドの大きな声を、仕事仲間達は聞いた事がなく皆驚き固まってしまう。
サイラスは、言われた事が何の事かさっぱりわからなかった。
「待て、エヴァルド。僕は、何の事だかわからないよ」
サイラスが、落ち着けとエヴァルドに向き合う。
「セレスティーヌが今日、リディー王国に到着したのに、王宮からの指示で改札を通れなかった。一体、誰の指示なんだよ!」
エヴァルドが、手紙を握りしめて怒りを露わにしている。
「分かった。すぐに調べさせるから、待ってくれ」
サイラスが、エヴァルドの怒った態度に焦りながら返答する。エヴァルドが、自分の懐中時計の時間を確認した。
「それじゃ、間に合わないんだよ! いい加減にしろよ! セレスティーヌは、何もしてないじゃないか! どうせ王族の、私的な事だろうが! いつまでもこんな面倒な事を続けるのなら、僕は王族とは距離を置く」
そう言って、エヴァルドは執務室を飛び出した。一目散に馬車乗り場へと向かう。
馬車乗り場に着くと、従者のテッドがすぐに走り出せる様に準備をして待っていてくれた。
エヴァルドは、すぐに馬車に乗り込む。するとすぐに、動き出す。
「エヴァルド様、良かった。かなりギリギリですが、間に合わせます」
テッドが、力強く述べる。
エヴァルドは、窓の外を見ながらセレスティーヌを想う。久しぶりに会えるのを、楽しみにしていた。
本当なら、仕事を休んで自分が迎えに行きたかった。後で、サイラスに小言を言われるのが面倒で我慢してしまった。
初めて、好きだと思える女性に出会った。
こんな自分に、笑顔を向けてくれて一緒にいて楽しいと言ってくれた。人生でそんな事初めてだった。
もうずっと、心に靄がかかっている様で何をしても楽しく思えなかった。ただ、淡々と毎日を過ごしていた。
自分には、それしか出来ないと思っていたから。このまま、一生を過ごしていくんだと諦めていた。何かを望む術も分からなくなっていた。
それなのに、セレスティーヌが会って笑いかけてくれて、自分を笑顔にしてくれた。
ドレスショップで、声を出して笑った時、自分でも驚いていたんだ。声を出して笑ったのなんて、本当に久しぶりだったから。
セレスティーヌと一緒にいると、望みが生まれた。自分には、おこがましい感情なのかも知れないと思った。
でも、初めて持ったこの感情を大切にしたかった。諦めたくなかったんだ。好きだと伝えて、一緒にいたいと思った。
だから、もう一度会った時に好きだと言おうと決めた。
臆病になってしまわないように、母上の形見の指輪も渡してしまった。母上もきっと応援してくれると思ったから、僕と離れている間持っていて欲しかった。
二度も、王宮の人間に自分の人生を棒にふらされてたまるかと言う感情が沸々と燃えていた。
アルバートの伝言も、背中を押してくれた。今までの自分なら、家の事全部置いて行動する事なんて出来なかった。
でも、セレスティーヌの事だけは絶対に諦めたくなかった。
もし振られても、何度だって好きな気持ちを伝える気でいた。一度で諦められる気持ちなら、そんなもの本当の愛じゃないと思ったから。
どうか間に合ってくれと、心の中で祈り続ける。君を一人、悲しい気持ちのままで帰したくないから――――。






