030 入国できない
セレスティーヌは、前回と同じ個室で窓側の座席に腰かけ、過ぎ行く外の景色を眺めていた。
涙は出て来なかった。寂しさも感じていない。今の感情を言い表すのなら、とてもすっきりした気分だと言える。
自分でも驚くくらい、清々しい気持ちだった。
ずっとずっとミカエルの事は、心配していた。幼い頃と同じものをちゃんと持っていた。本来は、素直で優しい良い子なのだ。
二人の兄に任せれば、きっと今からでも間に合う。父親とは違う、素敵な人生を歩んで欲しいと心から思った。
リディー王国で見たミカエルは、父親に似て頼りなさげなフワフワした印象だった。でも、この短い期間でちゃんと成長してくれた。
本来は騎士なのだ。厳しい訓練を耐え抜いた、逞しい男の人なのだ。
だからセレスティーヌは、もう後ろを振り向かなかった。
きっと今は辛いかも知れない。でも、ミカエルには力になってくれる兄妹達がいるから大丈夫。
そう思えたら、セレスティーヌの心はリディー王国へと向かっていった。
窓の外の景色を見ながら、エヴァルドに会ったら一番始めに何を言おうかと考える。
突然、好きですって言うのは唐突過ぎるし……。やっぱり、ただいま帰りましたって言うのが正しいかしら……。
でも自分の家でもないのに、ただいまはおかしいかも……。
色々な事が頭に浮かぶが、正解が何なのかわからない。
こんな時は、オーレリアがいてくれれば的確なアドバイスをくれるのに。残念だなと思うけれど、こんな風に一人の人を想う時間も悪くないと笑みを浮かべる。
恋をすると、迷うし悩むし辛い事もある。でも、誰かを想うって幸せな事。ふられる事だってあるのはわかっている。
でも今抱いているこの気持ちを、大切にしたかった。きちんと相手に伝えたい。
二度目の汽車の旅は、一人きりだったけどずっと考えをめぐらしていたからか、思ったよりもあっという間にリディー王国に到着する。
一番早い時間の汽車に乗って来たので、到着したのは午後の比較的早い時間だった。
ボストンバックを持って、汽車の扉から降りる。
この前と同じ様に、改札へと向かった。汽車の改札は、他国から来た者と自国の者が通る場所が別々になっている。
自国の者は、切符だけ見せれば通過出来るが、他国からやって来た者は簡単な質疑応答がある。
前回通った時は、入国の目的と氏名だった。
アルバート様が一緒にいて下さったので、特に問題なくすぐに通る事が出来た。だから、今回も心配はしていなかった。
改札に順番に並んでいて、セレスティーヌの番が来る。駅の係員に切符を見せる。
「こんにちは。名前と入国の目的を言って下さい」
背の高い男の係員が、笑顔で訊ねてくれた。
「セレスティーヌ・フォスターと申します。インファート王国から友人に会う為にやって来ました」
セレスティーヌが、係員に向かって笑顔で答える。
それを聞いた係員は、にこにこしていた表情を一変させる。眉間に皺を寄せ、考え込んでいる。
「セレスティーヌ・フォスター様でお間違いありませんか?」
係員が、セレスティーヌにもう一度確認する。
「はい。間違いありません」
セレスティーヌが、頷く。係員が、申し訳なさそうに言葉を続けた。
「申し訳ありませんが、フォスター様を入国させる訳には行きません。この国の王宮から、名指しで入国不可の連絡が入っております」
係員が、セレスティーヌが出した切符を差し戻してくる。セレスティーヌは、言われた事が理解出来なかった。
入国不可……。どうして? 何でなの? 私、何もしてないわよね……。
「どうしてなんですか? 私、一カ月前に一度この国に来ているんです!」
セレスティーヌが、信じられなくて係員に詰め寄る。
「理由は特に記載ないですね……。前回来た時に、何かしてしまったんじゃないんですか? すみません。後ろの方が待っていますので、ホームに戻って頂けますか?」
セレスティーヌは、切符を受け取り呆然としてしまった。
それでも後ろを見ると、まだ数人のお客さんが並んでいる。仕方なく列から抜け出し、辺りをキョロキョロと見回す。
改札の出口の方を見ると、見知った顔が待っていてくれていた。グラフトン公爵家の執事のテッドだった。
セレスティーヌは、見知った顔を見て動揺する心から少し落ち着きを取り戻す。
テッドに頼んで、エヴァルド様かアルバード様に伝えて貰えばきっと何とかなるよね……。何かの間違いだもの。
セレスティーヌが、テッドに向かって名前を呼びながら手を振る。
テッドがすぐに気づいてくれて、セレスティーヌの所まで来てくれた。改札の門を隔てて会話をする。
「テッド、迎えに来てくれてありがとう」
セレスティーヌが、まずはお礼を言った。
「いえ、フォスター様お久しぶりでございます。それより、改札は通られないのですか?」
テッドが、不思議そうに訊ねてくる。
「それがね。なぜだかわからないのだけど、王宮から入国不可の連絡が来ているらしくて通らせて貰えなかったの……」
セレスティーヌが、落ち込んだ様子で答える。
「フォスター様がですか?」
テッドが、驚きながら確認してきた。
「そうなの。セレスティーヌ・フォスターで名指しだったの。私、どうしたらいいのかしら? このままだと、次の汽車でインファート王国にとんぼ返りしないといけないわよね?」
セレスティーヌが、不安そうな表情で説明する。聞いたテッドは、顔を顰めて考え込んでいる。
「わかりました。とにかく旦那様に、この事をお知らせしてきます。次の汽車が出るまでには、何とか致しますので申し訳ありませんが待っていて頂けますか?」
テッドが、きっと何とかします! と励ましてくれる。
「わかったわ。こちらこそ、迷惑かけてごめんなさいね……」
セレスティーヌが、テッドに頭を下げる。
「とんでもないです。では、急いで行って参ります」
テッドはそう言うと、踵を返して走って馬車へと去って行った。
セレスティーヌは、仕方なくホームにある待合室の中で待つ事にした。






