027 エディーの訴え
それは、突然の出来事だった。
いつもの様に、応接室で子供達とパーティーの打合せをしていた。応接室の扉が、バタンと大きな音を立てて開いたかと思うと、飛び込んで来たのは髪を乱したエディーだった。
「セレスティーヌ! 助けてくれ」
応接室にいた全員が驚いて、何事かとエディーを見る。
エディーは、セレスティーヌを認めるとセレスティーヌに向かってツカツカと歩いてくる。
そしてセレスティーヌの手を掴んで必死の形相で懇願した。
「僕は、皆がいた元の生活に戻りたいんだ!」
セレスティーヌは、突然の事で驚き叫ぶ。
「ブランシェット公爵様、落ち着いて下さい。手を離して」
一緒にいたレーヴィーも割って入ってくる。
「父上、落ち着いて下さい。突然どうしたんですか?」
エディーは、仕方なくセレスティーヌの手を離す。
「アナが、僕をずっと監視していて離してくれないんだ。こんな生活、気がどうかしてしまうよ!」
セレスティーヌは、エディーに何が起こっているのか要領を得ない。レーヴィーの方を見ると、溜息をついている。
「父上、自分が愛人にした女でしょうが……。僕たちは、知りませんよ」
エディーが、尚も訴えかける。
「こんなはずじゃなかったんだ。今まで、どんなに好き勝手していたってこんな事にならなかったじゃないか。どうしてなんだ……」
セレスティーヌは、その様子を見てとにかく話を聞かないと始まらないと、エディーを落ち着かせる。
「ブランシェット公爵様、とにかく話を聞きますから座ってお茶でも飲みましょう」
エディーが、セレスティーヌに縋る様な目を向けて頷いた。
エディーに、ソファーに腰かけて貰い執事に全員分のお茶を淹れて貰った。皆、お茶に口を付けて一息つく。
セレスティーヌが、エディーの方を見ると少し落ち着いたのかティーカップの中のお茶をじっと見つめていた。
その場にいたのは、セレスティーヌとレーヴィーとセシーリアだった。
レーヴィーは、やれやれといった雰囲気で呆れている。セシーリアは、嫌悪を露わにして冷めた目で父親を見ていた。
セレスティーヌが、落ち着いた声で話しかける。
「それで、ブランシェット公爵様一体何があったんですか? 最初から話して下さい」
エディーが、俯いていた顔を上げて皆の顔を見回した。そして最後にセレスティーヌを見る。
「君は、僕の事をそんな堅苦しい呼び方でしか呼ばないんだね」
エディーが苦笑を浮かばせて呟く。
セレスティーヌは、相変わらず仕方ない人だなと思う。久しぶりに会って言う事がそれなのかと……。
「もう夫ではないのですから、呼び方も変わります」
そうかとエディーが小さく呟いて、諦めたのか先ほどの理由を説明し始めた。エディーの話を聞くに、どうやら新しい彼女のアナと言う女性に手を焼いているようだ。
彼女とは、いつもの様にフラッと出掛けた夜会で出会った。庭園で悲しそうに一人で佇んでいた所を、エディーが声を掛けた。
話を聞いてあげると、好きでもない相手と結婚させられそうで、どうすればいいのかわからないと相談された。
可哀想に思ったエディーが、僕の所に来るかい? と誘ってしまった。アナは、目を輝かせて喜んで次の日には別宅にやってきたらしい。
最初の内は、他の彼女達に気を遣って大人しくしていたらしいが段々と屋敷内での発言が増していった。
今までの彼女達は、同じ屋敷に住んではいたが、一定の距離を保って暗黙のルールを守りながら上手くやっていた。
それなのに、アナが無視して好き勝手な事を始める。エディーも段々と他の彼女達から、苦言を言われてしまう。
しかしエディーは、まだ若いし慣れない屋敷で、良かれと思って色々言ってるだけだと流してしまった。
それが悪かったんだと気づいた時には、既に遅かったのだとエディーも反省していた。妊娠の事も、エディーは子供を作るつもりはなかった。その事はきちんとアナにも伝えていたのに、気を付けていたはずなのに、できてしまったのだとエディーが零す。
妊娠したと気づいた頃には、屋敷の中の雰囲気が変わってしまっていた。
応接室やリビングといった共用スペースは、昔のままの調度品で統一していたはずなのに、それもアナが好きな様に変えてしまった。
あたかも、この屋敷の女主人は私なのだと言う様な振る舞いをするようになった。
流石のエディーも、これはいけないと注意をしていたが、その度に泣かれてその時は反省するので許さざるを得なかった。
しかしその繰り返しで、全く聞く耳を持ってくれないのだと憤る。
アナの暴走を止められないまま、セレスティーヌには離縁され他の彼女達も嫌気が差し、一人ずつ去っていってしまったのだと寂しそうに話す。
そして現在のアナは、自分一人になった屋敷全体を好きなように変えてしまった。
エディーの事も、他の彼女が出来ないように一人では外出させない。
もう子供も生まれて、子育てに忙しい時期のはずだが、それは自分でどこからか探してきた乳母に任せきりにしている。
エディーは、常に監視されて何をするにもアナと一緒。今まで、好き勝手生きてきたエディーには辛すぎる生活だった。
「もう、アナとは別れたいんだ。でも、子供もいるしあの屋敷から出て行ってくれないんだ」
エディーが、切羽詰まった表情でセレスティーヌに訴え掛ける。
話を聞いた、セレスティーヌは呆れてしまう。色々と突っ込みたい事柄があり過ぎる。疑問に思う事もいくつかある。
レーヴィーを見ると先ほどと変わらず、呆れた顔をしていた。
「レーヴィーは、この事を知っていたの?」
セレスティーヌが、疑問に思って聞く。
「もちろんですよ。次期ブランシェット公爵になるのに、父上の事を知らずにいる事は出来ませんでしたからね」
レーヴィーの事だから知っていると思ってはいたけど、放置してたのはなぜ? とセレスティーヌは思う。
レーヴィーなら、こうなる前にどこかで手を打っていてもおかしくないのに……。
「なぜ、放置していたの?」
セレスティーヌが、そのまま聞いた。
「そもそも今回だけ、なぜこんな事態になっているか、父上は全く分からないんですか?」
レーヴィーが、うんざりした様子で訊ねる。
「分からないから、困っているんじゃないか……」
エディーが、弱弱しく返答する。
レーヴィーが、はぁーと大きな溜息を吐いて説明を始めた。
今までは、おばあ様が愛人の選定を行っていたから平和にやって来たのだと話し出す。エディーが好きに彼女達を連れてきたと思っているようだが、裏で母親が彼女達を選定していた。
エディーが困らないように、様々なルールを作って守るように契約書も書かせている。守らないようなら、即別宅から追い出されるようになっていた。
その代わり産んだ子供共々、不自由な生活はさせないと言う約束になっていた。
だから外から見たら、理不尽な扱いを受けているように見えるが、エディーの愛人達はきちんとルールを守り問題を起こさずに今までやって来ていたのだ。
振り返ってみれば、エディーの愛人達の中には突然、屋敷から出て行った者やエディーが口説いて別宅に来るはずだった令嬢が、やはり無理だと断られたケースがいくつかあるはずだと言う。
今まで、エディーは自分の母親の手の中で好き勝手していただけだったのだ。
それが母親の関心が息子から離れて、夫と念願の暮らしが出来るようになり今までのような監視をしなくなった。
だから、アナのような質の悪い女に捕まってしまったのだとレーヴィーが説明した。
「お父様って、女性でトラブルないから凄いと思っていましたけど、おばあ様のお陰だっただけなのね……」
セシーリアが、冷めた口調で言う。
エディーが、愕然とした表情で放心している。
「僕は、どうしたらいいんだ……」
セレスティーヌは、レーヴィーの話を聞いてやっぱりかと思う。
エディーの愛人の事は、セレスティーヌはわざと関わって来なかった。恐らく、自分の時のように義母が関わっているのではないかと薄々思っていたから。
正直、ブランシェット家の事や子育ての事が忙しくて、愛人問題まで手に負えなかった。それに女性問題で苦労している義母が、同じような過ちを息子にさせると思わなかったから。
でも結局、自分の欲求が叶えば、息子の事はどうでもいいのかとエディーに同情の目を向けた。この人は、可哀想な人だな……。
「ブランシェット公爵様は、もうその女性と上手くやっていくしかないのでは? 一人の女性を真剣に愛してみてはいかがですか?」
セレスティーヌが、憐憫の情を向けて話す。エディーが、顔を上げる。
「あんな女を愛するなんて無理だよ。我儘ばかりで、屋敷も居心地が悪い空間になってしまったし……」
「それでも、自分が連れて来た女性に変わりありません。今まで取ってこなかった、自分の行動に対する責任を取る時なのでは?」
セレスティーヌが、淡々と説く。突然エディーが立ち上がって、セレスティーヌの前に跪いて手を握る。
「セレスティーヌ! お願いだよ。もう一度結婚して、セレスティーヌと一からやり直したい。僕には、あんな女じゃなくてセレスティーヌが必要だったんだ」
セレスティーヌは、驚く。今更それはないと。それに、そんな事これっぽちも思ってないだろう。
自分に、アナの後始末を付けて貰いたいだけだと透けて見える。
「ブランシェット公爵様……。そんな事出来る訳ないのわかっていますよね……。泣こうが喚こうが、ブランシェット公爵様が毅然とした態度で臨むしかありません。きっと時間が経てば、子供じゃないのだし分かって来るのではありませんか?」
セレスティーヌは、腕を払う。都合の良い事ばかり言われ、ムッとする。
「父上、見苦しいですよ。いい加減、大人になって下さい。自分が撒いた種です。いい機会なのでお伝えしますが……。別宅も、私が継ぎ次第封鎖します。父上には、領地の方に屋敷を建てさせましたので、そちらで隠居して頂きます。ブランシェット家は、僕の代で変わりますから」
レーヴィーが、冷たく父親に吐き捨てる。エディーは、どうにもならない状況に項垂れる。
「お父様が遊び暮らすのも、いい加減終了ですわ。その女性と向き合ったら、案外幸せに暮らせるかもですわよ。頑張りあそばせ」
セシーリアが、面白そうに笑みを浮かべている。
エディーには、それ以上子供達を説得する術がないのか、諦めた面持ちで自室に下がっていった。今日だけは、別宅に帰りたくないと言い残して。






