025 月明りが照らす温室
セシーリアとフェリシアは、折角だからと数日リディー王国に滞在した。オーレリアの所にも連れて行って紹介した。
オーレリアは、セレスティーヌの子供達に会えると思っていなかったと凄く喜んでくれた。
娘二人を気に入ってくれて、家庭教師中の時間を使って二人を買い物に連れ出してくれた。
娘二人も、快活なオーレリアの事をすっかり好きになってしまいお別れをする日はとても残念がっていた。
今度は、オーレリアの娘のデイジーと一緒に、インファート王国に遊びに来てと約束を交わしていた。
セレスティーヌは、インファート王国に一カ月程帰る予定を組んだ。
デイジーには、沢山宿題を出した。文章の練習にもなるから、沢山手紙も書いてねとお願いする。
次に会うのを楽しみにしているからと笑顔で別れた。
セレスティーヌが、インファート王国に帰る前夜。
エヴァルドに少し話をしたいと言われ、夕食の後に時間を設けた。今日は、晴れていて星が良く見えるから、温室で話をしましょうと誘われる。
グラフトン公爵邸に来て半年経つが、温室に行った事はなかったなとセレスティーヌは思う。
星が見える温室ってどんな感じなのかしら? とセレスティーヌがワクワクする。
夕食を終えたセレスティーヌは、娘達二人に断って温室へと向かう。
娘二人は、意味深な笑いを浮かべていたが敢えて無視した。娘二人と一緒にいる様になって、夜は必ず二人の婚約者の話に花を咲かせた。
インファート王国にいる時は、何かが邪魔をして娘達とざっくばらんに婚約者の話をした事がなかった。
それぞれ、なんだかんだ言いながら愛を育んでいて微笑ましい。
話を聞きながら、もしかしたら娘達は、自分に気を遣って恋愛の話が出来なかったのかも知れないなと思った。
この国に来て、三人で一緒に寝るようになって距離がグッと近づいた。あの家は、娘達にとっても息苦しいのかも知れないなと少し悲しかった。
セレスティーヌは、案内された温室の中に足を踏み入れると、それまで考えていた事が飛んでしまう。
ぶわっと花の香りが、鼻に抜ける。
そんなに大きな温室ではないのだが、とても凝った作りをしている。六角形の温室は円すい状の天井に覆われていて、そこには透明度の高い大きなガラスが張り巡らされていた。
天井一面に、星空が綺麗に見渡せる。温室の中央部分に、丸い噴水がありそれを囲うように色とりどりの花が咲き乱れていた。
星が綺麗に見える様に、噴水に続く道の足元にだけランプが置かれている。
なんて綺麗なんだろうと、セレスティーヌは感激してしまう。
ランプの先の噴水の前には、エヴァルドだろう人影が星を見上げて立っているのが見えた。
ゆっくりとセレスティーヌは、エヴァルドの元に歩みを進めた。
セレスティーヌが噴水の手前まで進むと、はっきりとエヴァルドの姿が見えた。
さらに進むと、月明かりに照らされたエヴァルドの表情が垣間見える。どこか、緊張しているような思い詰めたようなそんな表情。
セレスティーヌが、エヴァルドに声を掛ける。
「エヴァルド様、お待たせしました」
エヴァルドが、セレスティーヌの方を向き笑顔を零した。その笑顔が、とても嬉しそうな切なそうな、なんとも言えない笑顔だった。
セレスティーヌの胸が、ギュっと押しつぶされそうになる。この感情の正体を知りたくなくて目をつぶる。
自分の想いに蓋をするセレスティーヌの表情も、気づかぬうちに切なさが入り混じる。
「いえ、こちらこそ遅くに呼び出してすみません」
エヴァルドが申し訳なさそうに返答する。
セレスティーヌは、エヴァルドが立っている横に並んだ。
エヴァルドがさっき見ていたように、ガラス張りの天井を仰ぎ見る。透明なガラスを通して、空一面に星が瞬いているのが見えた。
足元の仄かなランプの明かりが相まって、とても幻想的な雰囲気を醸している。
「素敵な場所ですね。こんなに綺麗に星が見えるなんて、感激です」
セレスティーヌが、少し興奮した面持ちで呟く。
「気に入って頂けて良かった。一緒に星を見たいと思っていたのですが……中々誘う機会が無くて、今日になってしまいました」
エヴァルドが、星空を眺めるセレスティーヌに何だか少し寂しそうな表情で語りかける。セレスティーヌは、視線を星空からエヴァルドに移動する。
エヴァルド様、どうしたのだろう? と戸惑ってしまう。
「エヴァルド様、どうしました?」
セレスティーヌが、訊ねる。
エヴァルドが、上着のポケットから何かを取り出しセレスティーヌの手の平に載せる。セレスティーヌが、何だろうと手を顔の近くに持って来る。
視界に入って来たのは、エメラルドだろうか? 暗くてよくわからないが、緑色の石が嵌ったシンプルだけれどお洒落な指輪が手のひらに載せられていた。
「これは?」
セレスティーヌが、重ねて訊ねる。
「これは、亡くなった母の形見の指輪です。セレスティーヌに持っていてもらいたくて……」
エヴァルドの言葉を聞いたセレスティーヌは、驚いてしまう。そんな大切な物、私なんかが持っていていい物じゃない。
「エヴァルド様、そんな大切な物、私が持つ訳にはいきません」
セレスティーヌが、はっきりと断る。だけどエヴァルドは、セレスティーヌの手首を優しく掴み、もう片方の手で指輪を強く握らせた。
「セレスティーヌが持っていて下さい。またこの国に帰って来てくれますよね?」
心配そうな表情を浮かべたエヴァルドが、セレスティーヌに言う。
「もちろんです。私、この国で半年間過ごさせて頂いて、とても楽しかったんです。誰かの目を気にせずに、好きな事が出来て。久しぶりに、空気を沢山吸えた気がしました。インファート王国に居た時は分からなかったけど、ずっと息苦しさを感じながら生活していたのかも知れません」
セレスティーヌは、エヴァルドの手をじっと見つめながら答える。エヴァルドの手を払いのける事が出来ない。
「なら安心しました……。でも一応、もう一度会えるお守りとして持っていて下さい。もし、帰って来られない状況になったら私が返して貰いに伺います」
いたずらを仕掛けた子供の様に、エヴァルドが笑う。
最近のエヴァルドは、色々な表情を見せてくれる様になった。どんどん素敵な男性になっていく。
その変化をそばで見ていたセレスティーヌは、胸に言いようのない黒い渦の様な感情が巻き起こる。
この笑顔を、独り占めしたいと思ってしまうのだ。そんな資格は自分にはないと分かっていながら……。
「セレスティーヌ?」
俯いてしまったセレスティーヌに、エヴァルドが優しく声を掛ける。
セレスティーヌは、今まで考えていた思考を無理やりに心の奥底にしまい込む。大げさなほどの笑顔を、エヴァルドに向けた。
ホッとしたように、エヴァルドが優しい笑顔を零す。そして、セレスティーヌに、忘れられない言葉を残した。
「今度会った時に、伝えたい事があります。だから必ず帰って来て下さい」
そして、次の日セレスティーヌは娘二人を連れてインファート王国に戻って行った。






