023 衝撃の告白
アクセルとレーヴィーが、気まずそうな顔をしている。セレスティーヌが、はっきりしない子供達に焦れもう一度叫ぶ。
「アクセル、一体どういう事なの!!」
――――丁度そこに、エヴァルドが帰宅して来た。
「失礼するよ」
ノックをして入って来たエヴァルドは、状況が分からずびっくりしている。
セレスティーヌは、エヴァルドの顔を見て頭に血が上っていたのが一気に落ち着く。人様の屋敷で、大きな声を上げてしまい恥ずかしさが込み上げる。
「エヴァルド様、お騒がせしてしまい申し訳ありません」
セレスティーヌが、頭を下げる。
「いえ、ちょっと驚いただけですよ。こちらの方達は、セレスティーヌのお子様達なのかな?」
エヴァルドが、いつものように穏やかな笑顔で返してくれる。
「はい。紹介させて下さい。一番上の、アクセル・フォスターです。私の姪っ子と結婚して、実家の爵位を継いでいます」
セレスティーヌが、アクセルの方に手のひらを向け紹介する。
アクセルも紹介を受け、立ち上がって笑顔で挨拶をする。
「初めまして。アクセル・フォスターと申します。母が、お世話になっています」
セレスティーヌが、子供達を順番に紹介する。
レーヴィーは、エヴァルドに対して疑心暗鬼な所があるのか、いつもの様にポーカフェイスで挨拶している。
ミカエルは、何やら面白くなさそうにぶっきらぼうな口調で挨拶をする。しかも、エヴァルドを睨みつけている。
その様子を見るセレスティーヌは、この態度は何なのかとがっかりする。
長女のセシーリアの番になると、セレスティーヌの紹介を待たずに自分で挨拶を始めた。
「長女のセシーリア・ブランシェットと申します。母が、お世話になっております」
男性にいつも素っ気ないセシーリアが、何故か食い気味に熱い眼差しをエヴァルドに向けている。
セシーリアが男性に好意的な眼差しを向けるなんて珍しい。どうしたのだろう? と不思議に思いつつ、フェリシアを紹介しようと口を開きかける。
しかし、フェリシアもセレスティーヌの紹介を遮って自分で挨拶をしてしまう。
「次女の、フェリシア・ブランシェットと申します。お母様から手紙で伺っていたのですが、まさかグラフトン公爵様がこんなに素敵な方だと思いませんでした」
フェリシアが、目を輝かせながら興奮気味に言う。セレスティーヌは、何を言っているの? この子は……と動揺を隠せない。
「ちょっと、フェリシア初対面の方に何言っているの」
フェリシアは、全く悪びれる事もなく言葉を続ける。
「だって、セシーリアお姉様もそう思うでしょ?」
振られたセシーリアは、動揺する事もなく扇子をパッと開き、口元に持っていく。
「フェリシア、事実だけれどもグラフトン公爵様が困っていらっしゃるわ。そこまでにしておきなさい」
フェリシアが、はーいと大人しくソファーに座る。セレスティーヌは、セシーリアの言葉に驚く。
同時に、エヴァルドの表情を確認してしまった。エヴァルドの方を見ると、顔が赤くなっていて完全に困っていた。
「えっと……その……。紹介してくれてありがとう。私は、エヴァルド・グラフトンです。セレスティーヌには、こちらこそ色々お世話になっています」
そこで一旦、全員ソファーに腰かけて執事にお茶を淹れて貰った。
一度落ち着き、セレスティーヌは淡々とした口調で訊ねた。
「まず、貴方達が突然来た理由をアクセル、説明しなさい」
そう言われたアクセルは、静かに説明を始めた。
事の発端は、ミカエルが両親の離縁を知った事に始まる。
セレスティーヌは、ミカエルにのみ離縁の事を知らせていなかった。
エディーと実母であるディアナに頻繁に会っている事は知っていた。だからエディーから聞くだろうと思っていたから。
自分の事を、母親だと思って貰えていないようだしセレスティーヌがわざわざ知らせる必要はないと思ったから。
ところが、エディーもディアナもミカエルに話さなかった。
兄妹達も、ミカエルに知らせると面倒くさい事になると分かっていたので、わざわざ知らせなかった。
ミカエルは、普段は騎士の宿舎で暮らしている。家族の事を知ろうと思ったら、自分から知ろうとしなければ分からずじまいだ。
だから何も知らないまま、半年が経過してしまった。
たまたま出席した夜会で、ブランシェット夫妻が離縁したと噂だけど本当なのか? と知人に聞かれ初めて知る事となった。
知ったミカエルは、ブランシェットの屋敷に駆け込んでレーヴィーに問いただした。
いつまでも黙っておけないと思ったレーヴィーが、初めてミカエルに離縁の事実を話して聞かせた。
話を聞いたミカエルは、今からすぐにセレスティーヌに会いに行くと言い張って大騒ぎを起こす。レーヴィーは、アクセルも呼び、兄妹全員で話し合おうと一旦落ち着かせた。
アクセルは、ここまで話をして一旦お茶を飲み話を区切った。
アクセル曰く、ここからが本題なのですがと前置きをして、さらに話を進める。
そもそもミカエルが、八年間もずっと家に帰って来なかった原因ですが……。ミカエルは、幼い時からずっと母上の事が好きだったんです。
七歳の時に本当の親子ではないと言われて、本当に好きでいいんだと思った。将来、立派な男になって自分と結婚して欲しいと本気で考えた。
立派な男になる為には、騎士になるのが一番手っ取り早いと思って十歳の時に騎士学校に進んだ。
ミカエルにとって母親は、母上ではなかったので本当の母親ディアナに会いに行った。そこで、父親とも話すようになり子供の自分を忘れて貰う為に、大人になるまで会わない方がいいと助言を貰った。
だから、今まで母上に会いに来る事がなかった。
そこまで聞いたセレスティーヌは、絶句してしまう。
色々と聞きたい事はあるが、ミカエルが自分をそんな風に思っているなんて思ってもみなかった。
セレスティーヌにとって、ミカエルはいくつになったって可愛い自分の息子なのだ。
確かに、見た目は騎士になっただけあって体つきもしっかりしていて立派な大人の男性だ。
だけど、やっぱり幼い頃の面影だってある。何よりこの八年間、なんの説明もされずにただ避けられていたのだ。
どれだけセレスティーヌが、寂しくて辛い気持ちだったか全くわかっていない。
エディーは、一体自分の息子に何を教えているんだと怒りの感情が湧く。
「それで、さっきのプロポーズに繋がるわけね……」
セレスティーヌが、言葉を零す。
「僕は、本気なんだセレスティーヌ!」
ミカエルが、力強く主張する。
「母親を名前で呼ばないでって言っているの! ねえ? おかしいと思わないの? 八年間も何も知らされずに、息子だと思っていた子に避けられたのよ。たまに遠目で見るミカエルは、父親と母親と仲良さそうにしゃべっていて……。それを見させられる、私の気持ちを考えた事ある? 私と貴方達を繋ぐものって、貴方達が私の事を母親だと思ってくれる、その気持ち一つだけなのよ。そう想って貰いたくて、必死で子育てしたつもりだったのに……」
セレスティーヌの目から、溢れ出る気持ちと共に涙が止まらない。
エヴァルドが、セレスティーヌに優しく寄り添ってハンカチを差し出してくれた。
セレスティーヌは、エヴァルドのハンカチで涙を拭うが溢れ出る感情がコントロール出来なくて言葉が続かない。
子供達五人は、そんな母親の初めて見る姿に動揺していた。子供達から見た母親は、どんな時も冷静で落ちついていてしっかりしている姿しか見た事がなかったから。
「お母様……。ミカエルお兄様だけが悪い訳ではないんです。幼かったあの頃、ミカエルお兄様に騎士になる様にたきつけたのは、アクセルお兄様とレーヴィーお兄様なんですわ」
セシーリアが、控えめに説明を始める。
アクセルが十歳。レーヴィーが九歳。ミカエルが七歳だった時は、男の子が一番やんちゃ盛りでいつも喧嘩ばかりしていた。
下に二人いる妹達はまだ幼くて、母親に構って貰える事も三人は少なかった。たまに構って貰える時でも、ミカエルが一番甘え上手で母親を独占してしまう。
まだまだ母親に構って貰いたかったアクセル、レーヴィーが、母上の事が好きなら守ってあげられるくらい強くならないと駄目だと言って、騎士を勧めた事がきっかけなのだ。
決めたのなら、出来るだけ早く家を出て騎士になった方がいいと言って、事実上ミカエルを家から追い出したと言う裏事情があると説明する。
セレスティーヌは、又しても自分の知らなかった事実を聞いて困惑する。
確かにあの頃は、兄妹五人でよく母親の奪い合いをしていた。まさかそんな事で、ミカエルが家を出てしまっていたなんて……。
「私が、平等に子供達と接してあげなかったから……」
セレスティーヌが、自分を責める。
「違いますわ、お母様。三兄は、ただ単にマザコンなだけです」
セシーリアが、キッパリと告げる。
「えっ?」
セレスティーヌの目が点になる。
「ほらだって、お父様って極度のマザコンじゃないですか? その血を強く引いているんですわ」
セシーリアが、さも当たり前といった様子で話す。横で聞いているフェリシアは、うんうんと頷いている。
上二人の兄は、バツが悪そうな顔で目を泳がせている。否定しない所を見ると、本当の話らしい。
「あはははは。ごめんね……笑ったら悪いと思ったけど……。堪え切れなくて……くくく」
エヴァルドが、笑いを噛み殺しているが言葉の切れ目に笑いが零れてしまう。
ひとしきり笑って満足したのか、息を整えてから言葉を続けた。
「君たち兄妹は、お母さんが大好きなんだね。セレスティーヌは、素敵な母親だったのだと思うよ」
エヴァルドが、曇りのない笑顔をセレスティーヌに向ける。
セレスティーヌは、エヴァルドに褒められた事が嬉しくて胸がドクンと高鳴る。何だか恥ずかしくて、頬が熱い。
「違う! 僕は本当に、セレスティーヌが好きなんだ。だから僕と結婚して欲しい」
それまで静かにしていたミカエルが、バンッと立ち上がりセレスティーヌの前に跪く。上目遣いに、ミカエルがセレスティーヌを見上げる。
セレスティーヌも、ミカエルの目を見る。一つ、深呼吸をするとキッパリと告げた。
「ミカエル、私も一人の女性として返事をします。貴方の気持ちには応えられないわ」
「どうして……どうしてだよ!」
ミカエルが、納得出来ないようでセレスティーヌの手を掴んで揺さぶる。
「ミカエル……。私は、結婚するなら私だけを見てくれる人がいいの。不器用でも女性に慣れていなくても、容姿が優れていなくても、誠実で一途な人がいい。それだけが希望なの」
セレスティーヌは、ミカエルから目を逸らさずに自分の気持ちを伝える。ミカエルは、今にも泣きそうな表情になっている。
「ほら、ミカエル。これで満足しただろ。帰るぞ」
レーヴィーが立ち上がり、ミカエルを引っ立てる様にして退出しようとする。
「グラフトン公爵様、突然お邪魔したうえにお騒がせしてしまい申し訳ありませんでした。私達は、すぐに帰らなくてはいけなくて……。後日、必ずお詫びに伺います」
アクセルも立ち上がり、エヴァルドに謝罪する。
「ああ、大丈夫だよ。当主が二人も国を出て大変なのはわかるから。早く帰った方がいい。こちらの事は、心配しないで」
エヴァルドが、優しく返答する。
「すみません。では、失礼します」
アクセルが、エヴァルドに一礼する。そして退出際に、妹二人に向き合う。
「お前達二人は残るのか?」
「はい。私達はお母様と三人で帰りますわ」
セシーリアが、返答する。
アクセルがそれを聞いて頷くと、レーヴィー達の後を追いかけた。






