021 王族たちの思惑
先ほどまでの柔らかかった印象が影を潜め、目に鋭さが増した。セレスティーヌを強い眼差しで見ている。
「さて、やっとエヴァルドが出て行って二人きりになれましたね」
サイラスが、紅茶に口を付けた。
セレスティーヌは、余りの変わりように驚くが妙に納得してしまった。今日の目的は、これからなのだと。
やはり、王太子と言う肩書を有するだけあって優しそうな良い人で終わる訳がなかった。
「サイラス王太子殿下、私に何かお聞きになりたい事があるようですね?」
「話が早くて助かるよ。余り時間もないから、単刀直入に聞くけど……。フォスター嬢は、なんの為にエヴァルドに近づいたのかな?」
セレスティーヌは、思ってもない事を聞かれ驚く。
同時に王太子様は、自分の事を公爵家の当主に取り入ろうとしている女だと見ていた事に気づく。
複雑な心境だが、仕方がないかとも思う。
「エヴァルド様に出会ったのは本当に偶然です。ずるずるグラフトン家にお世話になってしまったのは、申し訳ないと思っています」
セレスティーヌは、早く家を見つけて出て行こうと思っていたのだが、アルバートやエヴァルドが安心出来る屋敷が見つかるまでは駄目ですと一点ばりだった。
だからそのまま居座ってしまった。
「では、特にエヴァルドに対して、疚しい気持ちは無いとはっきり言えるんだね?」
サイラスが、重ねて訊ねる。
「もちろんです。グラフトン公爵家をどうにかしようなんて思っていません」
セレスティーヌが、真摯に訴える。
サイラスが、ジッとセレスティーヌの目を見つめた。セレスティーヌも、目を逸らすことなくサイラスに向き合った。
「そうか……。すまなかったね。エヴァルドが、最近やたらと明るくなったからどうしたのかと思って調べたら、女性の影がちらついていて……。今まで女性に縁がなかった奴だから、もしかしたら騙されていないか心配だったんだ。貴方の事も申し訳ないが調べさせて貰ったら、少し特殊な環境だったから実際に会って話した方が早いと思ってね」
サイラスが、固く張りつめさせた雰囲気を一気に解く。
元の柔らかな空気に戻り、執事が冷たくなってしまったお茶の替えを用意してくれた。
「そうですか。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした。調べて頂いた通り、私は結婚には懲り懲りしていますので、その点については大丈夫です。金銭的にも全く困っていませんので、安心して下さい」
セレスティーヌが、言い切る。セレスティーヌ自体、エヴァルドとどうかなるなんて全く考えていなかった。
セレスティーヌは、誰にも打ち明けていない気持ちを抱えていた。その気持ちが変わらない内は、誰かと再婚なんて無理だと思っている。
「そのようだね……。こんな心配していたとエヴァルドに知られたら、怒られるな……」
サイラスが、バツが悪そうに困ったなといった顔をしている。
お二人は、本当に仲がいいんだなと感心する。妹があんな感じだったので、セレスティーヌは、少し心配していた。
だけど、王太子はいたってまともな方で安心した。
「お二人は、仲がよろしいんですね」
セレスティーヌが、笑顔で訊ねる。
「そうだね。年が同じだから、早くから私の遊び相手として王宮に来ていたんだよ。妹の事は聞いたかな?」
サイラスが、セレスティーヌに聞き返す。
「はい……」
セレスティーヌが、小さく呟く。あの事件の事を、王太子様はどう思っているのだろうかと疑問だった。
「私は、妹の事が許せなかったが、ただ甘やかす王に何も言えなかった。あんなにいい奴が、あんな馬鹿みたいな理由で女性に相手にされなくなってしまった事が、申し訳なくて辛いんだよ」
サイラスが、やるせない表情を浮かべる。
「サイラス王太子殿下、大丈夫です。エヴァルド様は、とても素敵な男性ですもの。きっと若くて可愛らしいお嫁さんが現れますよ」
セレスティーヌが、力強く言葉にする。
そうだといいなとサイラスが、ポツリと零した。
バタバタと誰かが走ってくる音がする。どうしたのだろう? と思ったら応接室の扉がバタンと開いた。
そこには、息を切らしたエヴァルドが立っている。
「サイラス……。セレスティーヌに何をしているんだ!」
エヴァルドが、珍しく大きな声を上げ表情が険しい。
「エヴァルド、何もしてないよ。二人でおしゃべりしていただけだよ」
サイラスが、落ち着き払って返答する。エヴァルドが、セレスティーヌの方に歩いて来て顔を窺う。
「本当に大丈夫でしたか?」
エヴァルドが、心配そうな顔をしてセレスティーヌに訊ねた。
「はい。大丈夫です。エヴァルド様ったら、走ってらしたんですか? 汗が零れています」
そう言って、セレスティーヌはハンカチを出してエヴァルドの汗を拭ってやる。
エヴァルドは、セレスティーヌの隣に腰かけたのだが、汗を拭うセレスティーヌの顔が近くて頬が赤くなっている。
サイラスが、コホンと咳払いをする。
「エヴァルド……。そう言うのは、屋敷に帰ってからやってくれ」
言われた二人は、ハッとしてサイラスに向き直る。
「もとはと言えば、サイラスが騙すような事をするから悪いんじゃないか!」
エヴァルドが、照れ隠しも入っているのか蒸し返して怒っている。
「少しだけ、フォスター嬢と二人で話がしたかっただけだよ。悪かったよ」
サイラスが、素直に謝っている。
それを横で聞いていたセレスティーヌは、びっくりした。王太子が普通に謝っていて、本当にお二人は仲が良いのだと改めて感じる。
エヴァルドの方も、素直に謝られたのでこれ以上何も言えなくなっている。
「もう止めて下さいね。私達は、そろそろ帰らせて頂きます」
エヴァルドが立ち上がる。セレスティーヌも、もう今日の目的は達成した様だしいいかなと一緒に立ち上がった。
「ああ、今日は来てくれてありがとうフォスター嬢。また会える日を、楽しみにしておくよ」
サイラスが、セレスティーヌを見ながら言う。
セレスティーヌは、頭を傾げてしまう。また会える日って……。もう会う事なんてないでしょう?
何か他にも含む事があるのかしら? と思ったが深く考えるのは止めにした。どうせ私が考えたって、王太子の考えなんてわかる訳ないのだから。
セレスティーヌは、サイラスに向かって一礼するとエヴァルドと一緒に応接室を出て行った。
王宮の廊下を二人で進む。
エヴァルドは、いつもセレスティーヌの歩幅に合わせてくれるのでいつもよりゆっくり歩いてくれる。
エヴァルドは、余程心配だったのか改めてセレスティーヌに訊ねた。
「本当に大丈夫でしたか? 何か失礼な事とか、嫌な事を言われた訳ではないですか?」
セレスティーヌは、自分の事を心配してくれるのが嬉しかった。
「はい。サイラス王太子殿下は、ただエヴァルド様の事が心配だっただけですよ」
セレスティーヌは、ふふふと笑って言う。
「すみません……。僕がこんなだから、すぐ心配するんです」
エヴァルドが、何を聞かれたのか悟ったらしく面白くなさそうに呟く。
「だから私がしっかり宣言しときました! エヴァルド様は、大丈夫です。とても素敵な男性だから、若くて可愛らしいお嫁さんがきっと現れますって!!」
セレスティーヌは、拳をぎゅっと握る。
エヴァルドが歩みを止めて、顔を真っ赤にして手で口を覆っている。意を決した様に、エヴァルドが何かを言おうとした瞬間――――。
「エヴァルドじゃないの。そちらの令嬢も、先日ぶりね」
セレスティーヌが、声のした方を見るとシャルロットだった。こんな所で会うなんて……。
普通、王太子と王女が使うエリアは離れているはずなのに……。この国は、そうじゃないのかしら?
そう思いながらエヴァルドの顔を窺うと、エヴァルドも何故ここに? と言う顔をしていた。
「このエリアにシャルロット殿下がおられるなんて、珍しいですね」
エヴァルドが、シャルロットに応対する。
「別に私がここに居たっていいじゃない。ねぇ、アーロン」
シャルロットが後ろに声を掛ける。どうやらシャルロットの後ろに男性がいたようで、一歩前に出て来た。
「そうですよ、シャルロット殿下がここにいても何の問題もないはずですが」
出て来た男性は、目つきが悪く挑戦的な眼差しの男性だった。
「それより、私の誘いは断る癖に兄の誘いには応じるなんて計算高い方なのね」
シャルロットが、セレスティーヌに嫌味を言う。
セレスティーヌは、これを言いたくて待ち構えていたのかもと訝しんでしまう。
「申し訳ありません。そんなつもりは全くないのですが……」
セレスティーヌが、大人な対応をする。
「お兄様に何を言われたか知らないけど、調子に乗らない事ね」
シャルロットが、強い言葉で吐き捨てる。
「申し訳ありませんが、私達は失礼します」
エヴァルドが、話を切りセレスティーヌを促してシャルロットの前から去ろうとする。アーロンが、何かシャルロットに耳打ちしている。
エヴァルドとセレスティーヌの背中に向かって、扇子を片手にシャルロットが言葉を発する。
「エヴァルドったら、とうとう自分よりも年上の方に手を出すなんて……。相変わらず、気の毒ね」
一瞬、エヴァルドは足を止めたが何も言葉を発する事無く二人の前から立ち去った。
セレスティーヌが、エヴァルドの横顔を見るととても険しい顔をしている。二人は、無言のまま王宮の廊下を歩き馬車乗り場へと急いだ。
馬車に乗り、走り出してからセレスティーヌはエヴァルドに声をかける。
「エヴァルド様、何だか申し訳ありません。私と一緒に居たばっかりに、あんな風に言われてしまって」
セレスティーヌは、何も言い返せなかった事や自分の年齢の事を言われ落ち込む。
「違います。謝るのはこちらの方です。何も言い返す事もせず、ただ立ち去るだけで不甲斐なくてすみません」
エヴァルドが、セレスティーヌに頭を下げる。
「何を仰ってるんですか。あそこで言い返した方が、面倒になるのはわかっています。ああ言う方には、言い返す方が喜ばせてしまうって事も」
セレスティーヌは、向かいに腰かけていたのをさっとエヴァルドの隣に腰かけ直す。頭を上げて下さいと、微笑む。
エヴァルドは、険しい顔をしていたが一瞬で表情が緩んだ。セレスティーヌに、至近距離で微笑まれて照れる。
エヴァルドは、セレスティーヌに慣れて来たと言ってもまだまだ緊張が伴う。こんなに至近距離で、自分といて嫌じゃないのかと不安になってしまうから。
それでも、セレスティーヌがエヴァルドに微笑んでくれるから、この笑顔を失いたくないと心に小さな灯がともる。
「今までは、自分の事は何を言われても良かったのですが……。少し、考え直さないと駄目ですね」
エヴァルドが、何かを考えるように頭を巡らせている。自分を責める様な事を言って落ち込んでいたが、持ち直したようで安心する。
セレスティーヌは、良かったと思う。いつまでも、シャルロット殿下のなすがままでいて欲しくなかったから。
きっとエヴァルド様なら、大丈夫。そう心の中で呟いた。
その頃の王宮では、シャルロットとアーロンが何やら顔を突き合わせて話をしていた。シャルロットは、エヴァルドが自分よりも先に幸せになるのが許せない。
アーロンは、エヴァルドと同じ年で侯爵家の嫡男としていつもエヴァルドと比べられて来た。
自分こそが王太子の右腕として相応しいと思っていたのに、選ばれる事はなかった。いつも自分の前にいる、エヴァルドが気に食わなくてしょうがなかった。
アーロンは、エヴァルドを陥れようと思った時にシャルロット殿下は使えると思った。だから、自ら進んで馬鹿な姫のおもりを引き受けた。
女性の社会進出も、適当にこじつけてアーロンがシャルロットに言わせた事だ。実際の企画、進行はアーロンが行っており王からも評価されている。
まさか、馬鹿な姫のおもりをするだけで王から評価されるなんて思っていなかった。目立つ姫の陰に隠れて、エヴァルドの社交界での地位の向上をずっと握りつぶしてきた。
エヴァルドを排除するのも、あと一押しだとアーロンはほくそ笑んだ。






