020 サイラス王太子
王宮に着くと、馬車を止める場所にはきちんと屋根が付いている。濡れる事なく、王宮の中に入る事が出来た。
馬車の中から見たリディー王国の王宮は、王都よりも高い場所で緑に囲まれていた。灰色のレンガで出来た、とても立派な佇まいで圧倒される。
王宮内に足を踏み入れると、豪華絢爛と言う訳ではなくシンプルで無駄のない作り。自国の王宮と言えば、目に優しくないゴテゴテとした印象だったが、リディー王国の王宮はとても好感が持てた。
エヴァルドは、王宮に仕事で来る事が多いので迷う事なく進んで行く。エヴァルドはグラフトン公爵領の当主であり、サイラス王太子の相談役だ。
本当はサイラス王太子の右腕として、王宮で働いて欲しいと言われたのだが、自分にはそこまでの技量はないと断ったのだそう。
どうしても諦められなかったサイラス王太子が、週に二日ほど仕事を手伝って貰う相談役と言う事で落ち着いた。
なので王宮で何か問題が起こると、エヴァルドが呼び出され忙しくなってしまう。
アルバート様曰く、セレスティーヌが滞在するようになってからは、最低限しか王宮に行かなくなったと喜んでいた。
エヴァルドにエスコートされながら王宮の廊下を歩いていたが、エヴァルドが大きな扉の前で歩みを止める。
「セレスティーヌ、ここがサイラス王太子殿下がいつも使う応接室だよ」
エヴァルドが、セレスティーヌの顔を見ながら教えてくれた。真っ白くて大きな扉は、なんだか無機質に感じられた。
「はい。失礼のないように気を付けます」
セレスティーヌが言葉を返すと、エヴァルドが優しく大丈夫だよと囁いてくれた。
エヴァルドは、いつもここぞと言う時に強い。女性に対して奥手で、恥ずかしがりやな筈なのに、こんな時は格好いいと思ってしまう。
セレスティーヌは、胸のときめきを抑えるのに必死だった。
コンコンとエヴァルドが、扉を叩く。
「入ってくれ」
思ったより、柔らかい声が聞こえた。
扉を開けて中に入ると、セレスティーヌは、頭を下げる。エヴァルドが、すぐに紹介してくれた。
「サイラス王太子殿下、こちらがインファート王国からやって来た、セレスティーヌ・フォスター子爵令嬢だよ」
「ああ、頭を上げて下さい。エヴァルドも、今日はプライベートだからいつものように呼んで」
サイラスが、セレスティーヌとエヴァルドに声を掛ける。
「インファート王国から参りました、セレスティーヌ・フォスターと申します。お会い出来て光栄です。よろしくお願いします」
セレスティーヌが、淑女の礼をして挨拶をした。
サイラスは、セレスティーヌが思っていたよりもずっと優しそうな男性だった。
黒い髪色で、髪は短く眼鏡をかけている。真面目そうで爽やかな男性だった。良い意味で王族らしくない。
人を見下したような態度を全く感じない。どちらかと言うと、エヴァルド様と似た雰囲気の方だった。
「突然、呼んでしまって申し訳なかったね。最近エヴァルドが、楽しそうだからその原因を知りたくてね」
サイラスがセレスティーヌに話しかけ、二人にソファーに座る様に勧める。
「サイラス、余計な事を言わないで下さい」
エヴァルドが、今までとは違って少し砕けた口調で話す。
「はは、ごめんごめん。でも、今日だっていつもよりも嬉しそうだよ」
サイラスが、笑っている。
セレスティーヌは、二人の会話を聞きながら何の事だろうと思う。エヴァルドの隣に一緒に腰かけながら、キョトンとしてしまう。
「セレスティーヌが困っているから、揶揄うのは止めて下さい」
エヴァルドが、サイラスに注意する。
皆がソファーに腰かけると、控えていた執事がお茶とお菓子の準備をしてくれた。
栗を使ったケーキとクッキーが出され、セレスティーヌは折角だから頂こうとケーキを口にする。
今が旬の栗は、とても甘くて美味しい。ストレートで飲む紅茶は、ケーキの甘さにちょうど良い。
セレスティーヌは、王太子の前だと言うのにケーキに夢中になってしまう。
「フォスター嬢は、私が言うのも何だけど私の前でもとても自然体だね。王族とも、今まで接点があったりしたのかな?」
サイラスが、王族にも臆さないセレスティーヌを面白がっている。
「すみません……。インファート王国では、色々ありまして王族の方ともそれなりにお付き合いがあったと言いますか……」
セレスティーヌは、何と言っていいかわからない。
よく元夫の代わりに、公爵家の仕事で王宮に出向く事があったのでそこまで王族に対して緊張する事はない。
しかも今回は、一人ではなくエヴァルドも一緒なので心強く自然体でいられた。
元夫の事を話すと、離縁した事まで話す事になるし、なんて説明しよう? と考える。
「セレスティーヌは、慣れているだけだよ」
エヴァルドが、助け船を出してくれる。
「そうか、ではそういう事にしておこうか」
サイラスは、何かを察してくれたのかそれ以上聞いてくる事はなかった。
その後も、当たり障りのない話が続いた。
セレスティーヌは、なぜ自分が呼ばれたのかよく分からなかった。王太子が、名もない子爵家の娘と会いたいだなんて、絶対に何かあると思っていたのだが……。
――――そこに、トントンと扉を叩く音が聞こえる。
会話が途切れ、静まり返る。
「秘書のダスティンです。入ってもよろしいでしょうか?」
サイラスが入れと返答した。
扉が開き、サイラスと同じくらいの年の男性が応接室に入って来た。
セレスティーヌとエヴァルドに会釈をすると、サイラスの方に真っすぐに歩いて行く。ダスティンが、サイラスに何か耳打ちしている。
それを聞いたサイラスが、頷いていた。
サイラスがエヴァルドの方を向き、言葉を発した。
「エヴァルド、悪いが執務室に行って来てくれないか? エヴァルドじゃないと分からない事らしい」
エヴァルドは、セレスティーヌの方を見て心配そうな顔をしている。
「ですが、今日は私一人ではないので……。明日では駄目なんですか?」
セレスティーヌは、エヴァルドが自分に気を遣って言ってくれている事が申し訳なくて声を上げた。
「エヴァルド様、私は大丈夫です。秘書の方が困ってらっしゃるようですし、行って来て下さい」
「ほら、フォスター嬢もこう言っているし。私と二人きりと言う訳ではなく、ちゃんと執事もいるし私だって失礼な事はしないよ」
サイラスが、エヴァルドに言い聞かせる。
エヴァルドは、渋々ソファーから立ち上がり秘書と一緒に扉に向かう。出て行く前に、セレスティーヌの方を向いた。
「セレスティーヌ、すぐに戻って来ますので。何かあれば後で遠慮なく言って下さい」
セレスティーヌは、笑顔を零す。
「大丈夫です。いってらっしゃいませ」
エヴァルドは、頷くと今度はサイラスに顔を向ける。
「サイラス、分かっていると思いますが。余計な事は言わないように」
サイラスは、わかっていると言うように小刻みに頷き早く行って来いと追い出した。
サイラスとセレスティーヌが二人きりになると、サイラスの雰囲気が一変した。






