018 招待状
ドレスを買いに出かけた日は、シャルロット殿下の登場によりドレスを選ぶ雰囲気ではなくなった。
だから外出用のドレス一着のみエヴァルドに選んで貰い帰宅する事になった。選んで貰ったドレスは、薄紫色の上品なドレスでセレスティーヌが今まで着た事がない色だった。
自分では絶対に選ばない色を選択してくれて、びっくりしたけれど嬉しかった。
試着してみると、エヴァルドが何だかちょっと恥ずかしそうに嬉しそうにはにかんでくれたので、セレスティーヌもつられて頬が赤くなってしまった。
女性店員にも、とてもお似合いですと薦められて購入する事にした。
セレスティーヌが自分で購入しようとすると、エヴァルドが「私が払います」と譲らなかったので申し訳ないがお願いする事にした。
エヴァルドが、代金の支払いを済ませる間にセレスティーヌはドレスを着替えた。その時に、店員から「何だかとても初々しいカップルで羨ましいです」と言われてしまう。
違うんですと否定したが、店員はそうなんですねと微笑んで流されてしまう。
誤解が解けなかった為、エヴァルドに申し訳なく思う。エヴァルド様には、もっと若くて可愛い子がきっと似合うのに……。
でも……、セレスティーヌは考えてしまう。もし、結婚したのがエヴァルドのような男性だったら、どんな結婚生活だったのかしらと――――。
考えてみて、首を振る。
こんな事考えても仕方がないか……。セレスティーヌは、思考を停止させた。それを考えてしまったら、いけない気がしたから。
ドレスショップを出て、行きに話していたレストランに連れて来て貰う。
大きなレストランを予想していたが、こぢんまりとした可愛らしい建物のレストランだった。
何でも、知る人ぞ知るレストランで、誰かの紹介がないと予約が取れないのだそう。
魚介類の料理が得意なお店で、どれもこれも美味しくて一口料理を運ぶ度に笑顔が零れてしまう。
その姿を見て、エヴァルドも連れて来た甲斐がありましたと嬉しそうだった。
「エヴァルド様、先ほど話していた私の話なのですが……。私、二十年前に家の事情で公爵家に嫁入りをしたんです。相手の男性が、かなり訳ありでして……。結婚生活は、二十年だったんですがその間に愛人が最高で五人、常時いるような方でした。愛人の事は、結婚する前から知らされていてその事は許す事、愛人が産んだ子供は自分の子として育てる事が条件でした」
セレスティーヌは、一気に言い切る。この話をするのも三回目。
オーレリアに言われた様に、三回も人に話すと嫌な事の筈だったのに、どうでもよくなってきている自分がいた。
人に話すと楽になるって、本当なんだなとセレスティーヌは実感する。
エヴァルドの顔を窺うと、とても複雑な表情をしている。
憤っているような、衝撃を受けているような、どんな感情を抱いたのか表情からは読み取れない。セレスティーヌが、言葉を待っていると……。
「愛人が五人……」
エヴァルドが、ボソッと言葉を零した。聞いたセレスティーヌは、笑ってしまう。
「ふふふ。一番気になったのは、そこですか?」
エヴァルドが、ハッとした顔をして焦っている。
「すっすみません。言葉に出ていました……。何て言うか、自分には信じられないといいますか……。こんなに綺麗な方が奥さんで、愛人が五人って意味がよく分かりません……」
エヴァルドは、心底信じられないような顔をしている。
セレスティーヌは、綺麗な奥さんと言われてくすぐったい。でもきっとエディーは、そんな事思った事ないだろうなと冷静に分析する。
「きっと元夫は、そんな風に思った事ないと思います。なんせ初めて会った時に、はっきりタイプじゃないって言われましたから」
セレスティーヌが笑いながら言う。セレスティーヌにとって、最早笑い話なのだなとしみじみ思う。
聞いているエヴァルドは、目が点になっているが……。
「それは……、何て言っていいか……。私には信じられません……」
そうだろうなとセレスティーヌは思う。エディーの事がわかる人なんて、普通の人でいるはずない。
「そういう夫だった訳なんですが、最終的に五人の子育てに一区切りつきそうな所で、また子供を作ったんです。子供は、五人までにして下さいと結婚時に約束していたにもかかわらず。それで今回、離縁する事にしたんです」
セレスティーヌが、説明の続きを口にした。
エヴァルドは、ただでさえ話の内容に戸惑いの表情を浮かべていたのに、更に話が追加されて表情が消えている。
「離縁されて良かったと思います。私は、セレスティーヌに会えて良かったです」
エヴァルドが口にした言葉は、セレスティーヌに言ったのではなく自分の感じた思いが出てしまっただけだった。
セレスティーヌは、ボソッと言われた事が、エヴァルドの偽りない気持ちだと感じ嬉しかった。
セレスティーヌは、何だかとても照れ臭くなってしまう。今日は、こんな事ばかりで嫌だなと手で赤くなった頬を扇いだ。
「ありがとうございます」
セレスティーヌは、俯きがちにお礼を言う。言われたエヴァルドは、また無意識に自分の気持ちを出していた事に焦っている。
「えっと……、はい……」
エヴァルドの顔は完全に真っ赤で、俯いていた。
屋敷に戻ると、セレスティーヌ宛にシャルロット殿下から手紙が届いていた。驚いてすぐに中身を開封すると、お茶会の招待状だった。
さっき出会ってからそう間も空いていないのに、すぐに手紙が来るなんて嫌な予感しかしない。
セレスティーヌは、リディー王国に来てまで厄介事に関わりたくなくてすぐにエヴァルドに相談した。
エヴァルドに手紙の相談をすると、驚いた顔をして考え込んでいた。
こちらで対処するので、その手紙預かってもいいですか? とエヴァルドに言われる。セレスティーヌに異論はなかったので、よろしくお願いしますと手紙を渡した。
後日、エヴァルドに呼ばれ応接室に行くと申し訳なそうな顔で出迎えてくれた。
どうしたのだろう? とセレスティーヌは心配する。
「エヴァルド様、どうかしました?」
「すみません……。この前のシャルロット殿下からの手紙の事なんですが……」
エヴァルドが、言い辛そうにしている。セレスティーヌは、そう言えばそんな手紙が来ていたのだったと思い出す。
「やっぱり断れませんでしたか?」
普通に考えたら、殿下からの招待状なんだし断れないよなと思う。
「いえ、シャルロット殿下からの招待は断れたのですが……。今度は、王太子殿下から招待されてしまいまして……。すみません、こっちは断れませんでした」
エヴァルドが、心底申し訳なさそうな顔をしている。
セレスティーヌは、驚く。え? 何でそこで王太子殿下が出て来るの?
「あの……、なぜ、今度は王太子殿下が?」
セレスティーヌが、疑問を口にする。
「本当にすみません。実は、王太子殿下とは同じ年で昔からの幼馴染と言いますか、親しい間柄なんです。今回、シャルロット殿下の件は王太子殿下から断りを入れて貰いまして、その代わり私に会わせてくれるかな? と言われてしまいました」
セレスティーヌは、なるほどと思いつつなぜ? と更なる疑問が湧く。私に会ったって、何もない気がするけど……。
「それは、エヴァルド様も一緒にですか?」
セレスティーヌが訊ねた。
「もちろんです。私も一緒に行きます」
エヴァルドが、力強く頷いてくれる。
エヴァルドが一緒なら、別にいいかとセレスティーヌは思う。今まで誰かを頼る事なんて無かったが、エヴァルドには不思議とお願いできる。優しいし年下でもあるから、言いやすいのかも知れない。
「わかりました。エヴァルド様と一緒なら大丈夫です」
セレスティーヌは、笑顔で答える。エヴァルドが一緒だと聞き、不思議と不安は無かった。