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015 おしゃべりは止まらない

 オーレリアは、セレスティーヌが泣き止むまで優しく背中を擦ってくれていた。

 何も言葉はなかったけれど、ただ泣かせてくれた事が有難かった。泣きに泣いたセレスティーヌは、目と鼻を真っ赤にさせて恥ずかしそうに顔を上げる。


「ごめんね。泣いたりして」


 オーレリアは、優しい顔で首を振る。


「セレスティーヌは、真面目過ぎるのよ。きっと今まで誰にも愚痴らずに泣き言も言わずに、自分の役目をこなしてきたんでしょう? この国には、貴方の事情を知る人なんていないのだから、伸び伸び生活しなさいよ」


 背中をバシバシと叩かれ、昔と変わらない明るい声で言い切られる。昔もよく、真面目過ぎると言われていた。

 もっと適当に生きたっていいのにと。セレスティーヌは、その言葉を噛み締める。


「真面目過ぎか……。久しぶりに言われたわ」


 セレスティーヌは、ふふふと笑う。


「さっ。その顔を何とかしないと! 私の夫にその顔で挨拶するつもり? 少し客室で休んで来なさい。もちろん今日は、泊まれるんでしょ?」


 オーレリアの目が、今日は泊まれないなんて絶対に言わせないと言っていた。


「そのつもりで来たわよ。じゃあ、お言葉に甘えて少し休憩して来るわ」


 セレスティーヌがそう言うと、オーレリアはメイドを呼んで客室に案内してくれた。案内された客室は、オーレリアらしいとてもおしゃれな部屋だった。

 クリーム色を基調とした部屋で、差し色に優しい雰囲気の黄緑が使われている。とても落ち着ける部屋だった。


 セレスティーヌの荷物は、既に運び込まれていた。

 一息吐こうと部屋の中央に置かれたソファーに腰かけると、メイドがすぐに目をケアする濡れタオルを持って来てくれた。

 温かいタオルと冷たいタオルを交互に目に当てると、目の赤みが引くのだと教えてくれる。


 セレスティーヌは、メイドに言われるがままソファーに深く腰をかけて天井を向いていた。温かいタオルがとても気持ちがいい。

 先ほどの事を思い出すと恥ずかしいが、泣いてとてもスッキリした。

 誰かに気持ちを聞いて貰ったのも初めてで、友達っていいなと心の底から感じた。


 そうやって目をケアして貰った後に、セレスティーヌはお化粧も簡単に直して貰う。さっきは、ぐちゃぐちゃの顔だったがすっかり元通りになった。

 これなら、オーレリアの旦那様に挨拶しても大丈夫ねと安心する。


 客室でくつろいでいたセレスティーヌの元に、来た時に出迎えてくれた執事が迎えにやってきた。


「旦那様が戻られて、ご夕食の準備が整いました。フォスター様もよろしいでしょうか?」


 セレスティーヌは、笑顔で頷き食堂に案内してもらう。執事が扉をノックして、セレスティーヌを食堂に誘う。


 室内に入ると、オーレリアとオーレリアの夫と思われる男性がセレスティーヌの方を向いた。


「セレスティーヌ、待っていたわ。こちらが、私の夫でマーカス・フローレスよ」


 オーレリアが、笑顔で夫を紹介してくれる。


「初めまして、セレスティーヌ・フォスターと申します。本日は、急に訪問致しまして申し訳ありません」


 セレスティーヌは、深々と頭を下げて淑女の礼をした。マーカスは、快活な笑顔を向けセレスティーヌに喋りかける。


「いや、帰って来て早々オーレリアに弾丸の様に説明されたよ。とても楽しそうで何より。さぁー、二人の久しぶりの再会を祝おうじゃないか」


 マーカスは、とてもがっしりとした体で大柄な男性だった。

 言葉もハキハキとしていて、流石商人と感じさせる雰囲気がある。明るい性格の夫婦で、お似合いだった。


 セレスティーヌが席に着くと、給仕がシャンパンをグラスに注いでくれた。三人で乾杯する。

 一口口にすると、炭酸の爽やかな喉ごしが気持ちいい。今日は、色々な事を話したせいか気分が高まっている。

 飲み過ぎないようにしなければと、セレスティーヌは自分に言い聞かせた。


 料理はとても美味しくて、フローレス伯爵はとても面白い人だった。帰って来た時のオーレリアの様子を、面白可笑しく話してくれて、セレスティーヌは涙が出るほど笑った。

 とても楽しい時間だった。

 フローレス伯爵は、料理を粗方食べ終えると気を遣ってくれたのかさっさと退出してしまう。


「では、私は失礼するよ。きっとまだまだ二人で語る事が、山ほどあるだろう? 夜は長いからね、ゆっくり過ごすといいよ」


 セレスティーヌは、お礼を言う。


「ありがとうございます。とても楽しい夕食でした」


 フローレス伯爵が退出すると、オーレリアが居間に移るわよとセレスティーヌを連れていく。

 お酒でも飲みながらさっきの続きを話すわよと、目をキラキラさせていた。


 居間に移動した二人は、改めてワインで乾杯する。


「「二人の再会に乾杯」」


 カチンッとグラスを合わせる。


「ねえ、所で何でグラフトン公爵家にいるの?」


 勢いよくオーレリアが、期待の眼差しで訊ねる。ずっと聞きたくてウズウズしていたかの様に、目を輝かせている。


「期待している様な事じゃないのよ?」


 セレスティーヌは、オーレリアにインファート王国で汽車に乗ろうとした時の話をする。オーレリアは、黙って頷きながら話を聞いていたので、セレスティーヌは話を続ける。

 アルバート様と汽車の中ですっかり仲良くなってしまい、良ければうちにおいでと誘われた事を話す。その時に、実は頼みたい事もあると言われた事も話した。


「なるほど。セレスティーヌが、グラフトン公爵様の話し相手か。凄く良いと思う」


 オーレリアが、一人何かに納得しながらしきりに頷いている。


「何が良いのよ?」


 セレスティーヌは、意味が分からない。


「だって、セレスティーヌが男性を意識するのに丁度いいじゃない。今まで、男性を異性として意識した事なんてないでしょ? 恋も知らずに結婚して、一足飛びに子育てに忙殺されて、ここで最初に戻るべきなのよ」


 オーレリアは、うんうんと一人頷いている。


「最初に戻るって……。確かに、恋愛ってよくわからないけど……。恋ってしなきゃいけないの?」


 セレスティーヌが、ずっと疑問だった事を口にする。正直、ブランシェット家を見ていると、恋や愛が自分に必要なのかわからない。

 父親や母親の事は、仲が良くて理想の夫婦だと思っている……。だけど、自分がそう言う相手を見つけて、幸せな家庭を築くイメージが湧かないのだ。


「しなきゃいけない訳じゃないけど、恋していると楽しいのよ。セレスティーヌだって、人生で一回くらいその楽しさを味わって見てもいいと思うわ。失恋して終わる事だってあると思うけど、でもそれはそれでいいじゃない」


 オーレリアが、とんでもない事を簡単に言う。


「何で、失恋前提なのよ……。酷くない?」


 セレスティーヌが、恨めしそうな眼をオーレリアに向ける。


「ふふふ。そんな目しない。だって、恋ってそう言うものなのよ。大丈夫! 失恋して、辛くてしょうがなくなったら私がいくらでも話を聞くし。三人くらいに、同じ話をすると大抵どうでも良くなるものよ」


 オーレリアが、任せなさいと自分の胸を打つ。


「恋か……。一応前向きに考えてみます」


 セレスティーヌは、そう言葉にしたが余り自信はなかった。それよりも、聞きたい事があった事を思い出す。


「ねえ、それより聞きたいのだけど……。エヴァルド様が、何で結婚していないか知っている? 公爵家の当主が、婚約者もいないなんてそんな事ある?」


 オーレリアは、それを聞いて顔を曇らせる。オーレリアが、そんな表情をするなんて滅多にある事じゃなく驚く。


「あのね……。こっちの社交界では有名な話なのだけど……」


 そう言って、オーレリアが気まずそうに話し出す。


 エヴァルドは10歳の時に、6歳になるリディー王国の姫と婚約を交わす為に、姫の6歳の誕生日パーティーで顔合わせを行う事になっていた。

 パーティー会場で、エヴァルドは両親と共に、姫と王そして王妃がいるテーブルに挨拶に向かった。そこで初めて姫と顔を合わせた。

 そしてエヴァルドが、姫に挨拶をすると椅子から立ち上がって姫が叫んだ。


「パパ、私嫌! こんな不細工と結婚したくない!」


 それを聞いて怒ったエヴァルドの両親は、もちろん婚約はなかった事にした。王は王で、姫には甘く特に怒る事もせず、なら仕方ないなとあっさり婚約はなかった事にしたのだ。


 その出来事は、貴族が集まる姫の誕生パーティーで起こった。だから皆の口を噤む事も出来ず、社交界全体に知れ渡ってしまった。

 その後もエヴァルドに婚約者が出来なかったのは、姫から不細工と言い切られてしまった男性を、婚約者にしたがる女性がいなかったから。


 セレスティーヌは、話を聞き終わり余りに突拍子もない事で驚きよりも怒りの方が勝った。


「リディー王国の貴族達は、馬鹿なの? あんなに誠実そうで優しい瞳をした人を不細工って……。そりゃーお姫様が好きそうな、華やかな人ではないけど! 男性って顔では絶対にないから! なんなの? 信じられない!」


 セレスティーヌは、こんなに腹立たしい話は初めて聞いたかも知れない。だからセレスティーヌらしくもなく、言葉が乱暴になっていた。

 あんなに素敵な人を……。だから、いつもどこか寂しそうに自信がなさそうに笑うのかと悲しくなった。


「私もその話を聞いてそう思ったわ……。本人を拝見した時に、更に思ったわよ。素敵な人じゃないのって。ここでしか言えないけど、王も姫も馬鹿なのよ」


 オーレリアも一緒になって、絶対に外で口にしてはいけない事を軽々しく述べる。いつもだったらセレスティーヌは窘める所だが、今日は深く同意した。




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