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013 朝の散歩

 セレスティーヌが、リディー王国に来てから三日が経っていた。

 最初の二日間は、自分が生まれ育った国を出て、何だか落ち着かなくて心がざわついていた。

 まだ住む所は決まっていないが、子供達と兄には今自分がいる所を教えてないと、きっと心配するだろうと思い手紙を書いた。

 手紙を書く事で気持ちに整理がついたのか、普段と同じような気持ちでいられるようになった。


 三日目の朝、セレスティーヌは早く目が覚めてしまう。カーテン越しに見る窓には、明るい日差しが差し込んでいて天気が良い事がわかる。

 折角だから、朝の散歩にでも行って見ようと呼び鈴を鳴らしてメイドを呼んだ。


「朝早くに、ごめんなさいね。早く目が覚めたから、散歩に行こうと思うのだけどいいかしら?」


 セレスティーヌが、この二日間で仲良くなったメイドに訊ねた。


「はい。では、顔を洗うお水を用意して参ります。少し、お待ち下さい」


 メイドが、扉を出てお水を貰いに行ってくれた。

 このお屋敷の使用人達は、みな仕事が丁寧で気持ちがいい人達ばかりだ。女主人がいない屋敷はそう言った事にまで手が届かないものだが、この屋敷は違った。

 きっと、アルバート様もエヴァルド様も人柄が良いし、使用人達にとって働きやすい職場なのだろう。

 主が仕えたいと思える人だと、自然と良い仕事をするようになる。知れば知るほど、グラフトン公爵家の人達は素敵だなと思った。


 メイドが用意してくれたお水で顔を洗い、少し厚手のワンピースに着替える。メイドに、庭に出られる出入り口まで案内して貰った。

 庭に出て見ると、緑色の木々が少しずつ色づき始めていた。冬に向かっているのだなと、セレスティーヌはぼんやりと思う。

 去年の今頃は、こんな事になるなんて思ってもいなかった。人生って、何があるかわからないってわかってはいたけど……。

 それでもやっぱり、わからないものだなとしみじみ思う。


 庭の敷石に沿って歩いていると、男の人の背中が見えた。誰かしら? と思って更に進むと、グラフトン公爵様だった。


「グラフトン公爵様、おはようございます」


 セレスティーヌが、笑顔で挨拶をする。


「フォスター令嬢、おはようございます」


 初日に挨拶したっきり会っていなかったので、二日ぶりに顔を合わせた。


「グラフトン公爵様、私に敬語なんて使わないで下さい。只の子爵家の娘なんですから」


 身分が下の自分に、とても丁寧な話し方をするので違和感を感じてしまう。


「そうなんですが……。このしゃべり方が癖と言うか……。フォスター令嬢も、私の事はエヴァルドと気軽に呼んで下さい」


 エヴァルドが、バツが悪そうな表情をしながらも控めな笑顔を零す。


「そうなんですね。では、私の事もセレスティーヌと呼んで下さい」


 身分的には凄く高位な筈なのに、何だか凄く控えめな人だなと思う。


「では、セレスティーヌ嬢」


 エヴァルドは、ぎこちなさを感じさせながら呼んでくれた。


「エヴァルド様、嬢なんてそんな可愛らしい年でもないので呼び捨てて呼んで下さい」


 アルバート様がエヴァルド様は女性が苦手だとおっしゃっていらしたけど本当にそうみたいね。

 エヴァルドの様子を窺っていると、小さく深呼吸をしている。セレスティーヌは、どうしたのかな? と心配になる。何か失礼な事言ったかしら?


「セレスティーヌ。もう屋敷には、慣れましたか?」


 エヴァルドの耳が赤くなっている。女性の名前を呼び捨てにするだけで、一生懸命さが伝わる。

 何だか、凄く可愛らしい人だな。男性に可愛いと言うのは、失礼かしら? でも自分の周りには、居なかったタイプだ。


「はい。とても良くして頂いています。アルバート様とエヴァルド様に出会えて、私幸運でしたわ」


 セレスティーヌが、にっこり笑顔で返答する。エヴァルドが、セレスティーヌから視線をずらしてしまう。

 見ると、エヴァルドの頬がほんのり赤い。照れているのかしら? こんなに純真な男性っているのね……。セレスティーヌは、変に感心してしまう。


 その後は、エヴァルドが庭を案内してくれた。公爵家の庭とあってとても広い。

 マリーゴールド、パンジー、コスモスなど赤や黄色やピンクと様々な花が咲いている。庭師の手によって、見応えある庭になっていた。


 暫く行くと、白い木製のベンチが置かれていた。そこに座って花達を眺められるように配置されている。

 折角なので、エヴァルドと隣り合って座った。


「秋ってこんなに沢山の花が咲くのですね。凄く綺麗です」


 セレスティーヌが、花達を見ながら言葉を発する。


「そう言って頂けると、庭師が喜びます。…………あの…………」


 エヴァルドが、何か言いづらそうにしている。セレスティーヌは、何だろうとエヴァルドの顔を見る。


「どうしました? 遠慮せず何でもおっしゃって下さい」


 エヴァルドが、膝の上の手をぎゅっと握りしめる。


「あのっ、私と一緒にいて嫌ではありませんか?」


 セレスティーヌは、何の事だろうと不思議に思う。


「どうしてですか? 素敵なお庭を案内して頂いて、私凄く嬉しいですよ?」


 エヴァルドが、驚いたような顔をしてセレスティーヌを見ている。でもすぐに、顔を俯けてしまう。


「私は、地味でつまらない男ですから……」


 セレスティーヌは、不思議で仕方ない。どうしてこの人は、こんなに自分に自信がないのだろうか? 

 セレスティーヌが今まで出会った高位貴族の男性は、大抵自分に自信があり傲慢かプライドが高い、もしくは自分がモテると思っていて軽い。


「地味ですか? 私は、落ち着いていて瞳が優しくて素敵だと思いますが……。それに、エヴァルド様って手が凄く綺麗ですよね?」


 セレスティーヌは、初めて会った時に凄く印象に残ったのだ。

 夕食を食べている時の、テーブルマナーが綺麗なのはもちろんなのだが、男の人の手にしてはスラっとしていて長くてとても綺麗。


 セレスティーヌは、エヴァルドの手を取って自分の掌を重ね合わせる。


「ほらっ。私の手って、子供みたいに小さいでしょ? だからエヴァルド様の手がスラっとしていて綺麗だなって羨ましくて」


 セレスティーヌは、手を重ね合わせながらやっぱり綺麗で羨ましいなと改めて思う。エヴァルドは、目を見開いて固まっている。


「エヴァルド様?」


 セレスティーヌが声を掛けると、エヴァルドはハッとして手を引っ込めてしまう。それに顔が真っ赤だ。


「セッセレスティーヌ、そっそんな事初めて言われました」


 反応がいちいち可愛い人だな。あとは、楽しそうに笑ってくれればいいのに。


「エヴァルド様は、ご自分が思っているより素敵だと思います」


 褒められ慣れていないエヴァルドは、何て答えていいのかわからない。耐えきれなくなったエヴァルドは、ベンチから立ち上がる。


「そろそろ、朝食の時間です。戻りましょう」


 セレスティーヌは、これ以上言ったら嫌われるかもとここまでにする。大人しくエヴァルドに従って、ベンチから立ち上がった。


 エヴァルドは、褒められたのが恥ずかしいのかずっと無言のまま庭を歩いて行く。でも歩調はしっかり、セレスティーヌに合わせてくれる。

 やっぱり、とっても優しい人だなと隣を歩きながら思った。


 食堂に着くと、既に朝食の準備が整っていて、アルバートが椅子に腰かけていた。私達を待っていてくれた様だ。


「アルバート様、おはようございます。お待たせしてすみません」


 セレスティーヌが、挨拶をする。


「いやいや。二人で庭を散策していたんだろ。楽しかったかな?」


 アルバートが、嬉しそうに訊ねてくる。


「はい。とっても楽しかったです」


 セレスティーヌが、にっこり笑顔で返答する。エヴァルドは、それを横で聞きながら微笑をこぼした。


 ――――そこに、執事が速足で駆け込んで来た。表情も何やら険しい。


「エヴァルド様、領地の方から緊急の連絡です」


 エヴァルドの表情が、さっと真剣な顔つきに変わる。


「わかった。執務室で聞く」


 そう言うと、エヴァルドはセレスティーヌの方を向き一言断りを入れた。


「申し訳ないが、朝食は二人で摂って下さい。では」


 セレスティーヌの言葉も待たずに、執事と一緒に食堂を出て行く。その時の表情は、先ほどの可愛らしい雰囲気とは打って変わり当主然とした険しい男性の顔だった。


「エヴァルド様は、素敵な方ですね」


 セレスティーヌは、ポツリと言葉を零す。誰かに言った言葉ではなく、自然と言葉が零れていた。

 その言葉を、アルバートが拾う。


「そう思うか?」


「はい」


 セレスティーヌは、心の底からそう思った。今まで出会って来た男性とは全然違う。優しくて、可愛らしくて、頼もしい、そんな印象。


「そうか……」


 アルバートは、とても嬉しそうな顔で頷いた。


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