鬼火 参
夜の学校へ2人(3人)の男女が侵入した。
かっこ付なのは、一人だけ幽霊であるからだ。
「まさか霊歌さんが来るとは思いませんでしたよー。心霊こわ~いって言って逃げるのかとー」
「なんだと!?」
「まぁまぁまぁ!! 繋目も余計なこと言うなよ…」
「はーい」
繋目は不承不承といった感じでうなずいた。全く困った奴だ。
「ところで葛城、お前のあれって本当か?」
「あぁ…姉さんが念密に調べてくれた。まず間違いないだろう。俺は…呪いを掛けられてている」
そう、いくら何でも火に縁がありすぎたため、調べてもらったのだ。
その結果、火の呪いを受けていたことが明らかとなった。
「そうか。呪ったやつに心当たりはないんだな?」
「…とりあえずは」
実際俺を嫌っている奴、憎んでいる奴がいるかもしれないけども、俺には心当たりはなかった。
悲しい話、人と絡むことが少ないために憎まれることもかなり少ないだろう。
…無性に悲しくなった。
「い、いや…少しは友達でも作ろうかな…」
「どうした突然。涙目だぞ」
「真さん?」
「え? あ、いや、なんでもない…あはは…」
明らかに俺のテンションが落ちたことに二人は少し心配していたが、今はそれどころではないため、とりあえず強がってみることにした。
そんな中、巫先輩が口を開く。
「か、葛城…何か来るぞ…」
「?」
校舎の中へ足を踏み入れてから数分。2階の廊下奥から何かの気配がする。
明らかに人ではない気配。俺の勘がそう言っている。
ちなみに、頼みの巫先輩は若干涙目である。
「来ましたよ!」
「鬼火か!」
「ひっ!」
3者3様の反応を示し、向かってくる数個の鬼火に対してそれぞれ回避行動へ移った。
「…鬼火ってああいう風に人を襲うものだったか?」
「い、いいいいや…そ、そんなことはにゃいじょ?」
「噛みすぎです。霊歌さん」
怯え過ぎの巫先輩をジト目でにらむ繋目。
ただ、怯えていながらもきちんと回避行動を完璧にとれたのはさすがである。
「また来る! 同じ方向だ!」
俺と巫先輩は回避行動をとる。
だが、繋目は違った。
「同じ心霊同士!! 私は迎え撃ってみせましょう!!」
「は?」
繋目は果敢にも鬼火を素手で止めようとする。
だが…
「あれ?」
鬼火は繋目を貫通していった。いや、すり抜けたという方が正しいか。
「何で心霊同士なのに、触れないんですか!?」
「呪いをかけた相手は相当の呪術者なんだろう。実体のみにしか当たらないように術式を組んでいるみたいだ」
鬼火が掠った自分の服の焦げを見てそう判断する。
だとしたら、本格的に先輩の出番が必要になるのだが…俺はちらりと巫先輩を見る。
「こ、こっちにくるにゃぁ~~~!!」
涙目で腰が引けた状態で逃げ回っている様を見ると、しばらく使えそうにない。
「あまり得意じゃないんだけどな…」
俺は短い呪文を唱えると、右手に符を貼る。
一応耐炎の符であり、呪文はその効果を増幅させるものである。
「さあ来い!」
俺はやってくる鬼火の前に符をかざし、鬼火を防ぐ。
俺のお手製であるが、姉さんの見様見真似で作ったため効果は高いはずだ。
だから余裕で鬼火を消し去り、次に備えるはずだった。
「熱っ! 何だ・・・?」
想定では一枚で何個もの鬼火を防げるはずが、ひとつの鬼火と相打ちのように符が消えていく。
「この鬼火・・・見た目より強い力があるぞ!」
そう他の2人に忠告したものの、当の2人は鬼火を追い払うことでいっぱいいっぱいになっており、まったく聞いていなかった。
「・・・」
「にゃ、にゃんか言ったか!? か、葛城!?」
「・・・何でもありません」
巫先輩のあまりの必死ぶりに俺は一抹の不安を覚えるも、次の繋目の声でその不安はかき消されることになった。
「真さん! 後ろです!」
「え!?」
否、かき消されたというよりはそんな不安は些細なことだと認識して目の前の現実に引き戻された。
その刹那、自分の身体から焼けるような強烈な痛みが走る。
「ぐうううっ・・・」
「真さん!」
「葛城!!」
背後から鬼火による強烈な体当たりを受け、膝をつく。意識を保つだけで精一杯になってしまう。
借り物の身体とはいえ、痛みはある。
「この鬼火・・・普通じゃないです・・・」
「にゃ、にゃぜ私を襲わにゃいんだ・・・!」
「え?」
繋目が動きを止める。
そして、自分達と俺の周囲を交互に見比べた。
「霊歌さん! よく見てください! 鬼火ははじめから真さんしか狙ってませんよ!!」
「た、確かに・・・おそらく呪いの影響だろう! い、今はあいつを守ることが最優先だ!」
巫先輩が刀に手をかけ、抜刀の準備をする。
「な・・・?」
しかし、刀を抜くことが出来ず巫先輩は明らかに焦った顔になる。
「どうしたんですか?」
「ぬ、抜けない・・・神楽!! 何故だ!!」
巫先輩の退魔刀の神楽は全く反応せず、巫先輩を拒絶していた。
「まさか・・・」
巫先輩の顔に焦燥の色が滲み出たところで、ようやく俺が声をかける。
「今は・・・逃げたほうがいい!」
「でもどうやって!?」
「これだ!」
俺は姉さんからもらっていた一種類の符を地面に貼る。
「俺の近くに来い!」
繋目と巫先輩が自分のすぐ近くにいることを確認した後、呪文を唱える。
「強制帰還!!」
俺たち3人はほうほうの体で自宅へと帰還したのであった。
翌日、学校に来たのは俺と繋目の2人だけであった。
俺たちは部室棟4階の人気のない空き教室にいた。
自然とここが3人が集まる場所みたいになっていた。
「この学校も寂しくなりましたね…」
「こら、巫先輩が転校したみたいに言うな」
巫先輩は帰還後、一言も言葉を発しなかった。
そしてうつむいたまま一人で帰っていった。
抜けない刀を握り締めたまま。
「それにしてもあの鬼火たち、私たちを嘲笑うかのようでしたね!」
繋目がシャドウボクシングをしながら呟く。
昨日あんだけ相手にされなかったのが悔しかったのだろう。
「まぁな…」
正直あんな強い鬼火だとは思わなかった。
俺以外の一般人が触れたら大火傷間違いなしだろう。
「このままにしてはおけないが…」
俺の命と鬼火の炎、どちらが消されるのが早いのか。呪いのせいか、そんなことまで考えてしまう始末。
そんなとき、教室のドアがおもむろに開いた。
まさか…
「巫先輩!?」
俺は立ち上がって出迎える準備をする。
「は?」
「…犬か」
ノックも無しで入室してきた戌神に対し、あからさまにガッカリ顔を見せる。
「何だよー。俺じゃ不満かよー」
「ていうかノックしろよな…」
「あーそーかそーか。悪い悪い」
「で、何のようだ? お前が来るなんて珍しいな」
「いやー昨日お前が鬼火に襲われたと聞いて居ても立ってもいられなくてなー」
「嘘つけ」
誰にでも分かる棒読みで、昨日俺に遭ったことは知っていると暗に説明していた。
「どこで聞いたか知らないけど、そんな話しに来たわけじゃないだろ?」
「あぁまぁそうなんだけどな。うーん、あんまり気乗りしないが…えーい!」
何か意を決したように俺へと視線を向ける犬。
「近々、戌貓会談が開かれる。お前も招待される可能性がある。それを言いにきた」
「戌貓会談って…戌神家と貓神家1年に1回行うあの伝統的な会談じゃないか! 何で俺なんかを…」
説明口調で申し訳ないが、戌神家と貓神家は古から続く由緒正しい名家であり、所謂非日常側の一族である。
特に動物系物の怪の一族の中でも主要なこの両家がその界隈の秩序を保ってきており、両家が統制してからは人を襲うなどの事件が減ってきている。
そんなこの2つの家は古くから対立していたが、近年両者共に歩み合ったことによって交流が深まってきている。
近年ではこの界隈は比較的平和だと聞いている、姉さんから。
そしてかような歴史と伝統がある会談に何故呼ばれたのか、疑問である。
「まぁ早い話、うちの家がお前の姉ちゃんを取り込みたいんだろうな」
「あー…」
なるほど、合点がいった。
「お前と仲良くしておけばあの高名で実績もある真実さんとも仲良くできるといったところだろ」
「だから気乗りしないのか」
「そういうこと。あ、俺は違うぞ!? お前と仲良くしてるのは…」
「分かってる分かってる」
まぁこいつはもう一つ別の理由があると思うが、まぁ今話すことではあるまい。
「じゃ、伝えたからな」
「あいよ」
戌神はそう言って俺の目の前から去っていった。
さっきの話のおかげで幾分か沈んだ気持ちが楽になった気がする。
「うーん。いつの時代も権力争いってあるものなんですねぇー」
「お前なんかババ臭い発言だな、それ」
「女の子に向かって失礼ですよ真さん!! 私は永遠のロリなんですから大切にしてくださいよ!!」
「生憎俺はロリコンじゃないからな」
強いて言うならシスコンかな。
京都には平安の頃より存在する退魔の一族が住んでいた。
源満仲・頼光の家系である巫家と小野篁の家系で最古の退魔一族である祠家、そして鬼一法眼の家系である祝家である。
三家とも色は違えど目的は同じであり、この国を怪異や悪霊から守り続けていた。
そして時は流れ、怪異や悪霊の類も落ち着き始め、滅多なことで災害などは起こらなかった。
そんな時代に巫霊歌はこの世に生を受けた。
すでに姉がいた霊歌は、彼女の背中を見ながら育ち、幼いながらも退魔刀を抜けるようになるといったような才能を手に入れていた。
しかし、平和な世の中は時に残酷で、彼女を慢心させるには十分であった。
そんなあるとき、京の東山で妖を見たという情報が入った。
大した力を感じなかったため、巫家のみで討伐を行うこととなった。
そのメンバーの中には当時13歳である霊歌の姉もおり、9歳の霊歌は自分も連れて行ってほしいと父親に頼み込んだ。
「駄目だ」
「どうして!?」
「お前は確かに力は強い。それは認めよう。だが、力の優劣が全てではない」
父親は霊歌の発言を突っぱね、霊歌に見張りをつけて別の仕事へと向かった。
霊歌はそこでお守りと称して姉に発信の式神を渡し、またこのような事態を想定してお遊びで作った自分と同じ姿をした式神を用いて見張りの目を掻い潜って姉に付いていってしまった。
父親も見張りも当時の霊歌の実力を甘く見ていた故に発生した事態であった。
結局東山まで付いてきた霊歌は別ルートで山に入り、自分が練習で用いている退魔刀を抜いて戦闘体勢に入った。
「練習では負けなしだし、お父様の作った偽妖よりも力が弱いって聞くし、どうして私を置いていくの?」
子供心において当然の疑問を口にした彼女はそのまま奥へと進んでいく。
一方、霊歌が抜け出して自分たちに付いていったことを霊歌の姉たちは気がついた。
「霊歌…! これ、発信機代わりだったのね…!!」
発信式神を握りつぶし、急いで霊歌の捜索に当たる一行。
そして、微かな霊力の乱れを霊歌の姉は感じ取った。
「そこね!」
かくいうその乱れを起こした張本人は妖と向かい合っていた。
「あなたが悪いやつね。退治するわよ! えーい!!」
巨大蜘蛛の形をしている妖は霊歌の攻撃を避けずに受けた。
「グギャアアアアアアア」
「手ごたえあり! もう一回!!」
そして霊歌が振りかぶった直後、蜘蛛の目が怪しく光った。
まるで罠に掛かったことを喜ぶかのように。
「え」
霊歌は予め張られていた粘着糸に引っ掛かり転んでしまう。
「な、何なのよこれ」
一生懸命にもがくも、身動きが出来ない。
そして怪しく光った目をこちらに向けながらゆっくり近づく。
「あ、あ、あ、あ…」
そこで霊歌は初めて恐怖した。そしてここに来たことを後悔した。
ゆっくり近づく死の足音から逃れることができないという絶望を抱える。
「た、たすけて…」
声は震えて大きくならない。
このまま殺されるであろうということは子供でもしっかりと想像できた。
「たす…けて…い、いや…」
目からは涙が大量にこぼれ、身体は震えが止まらない。
しかし巨大蜘蛛の足も止まらない。
「た、たすけ…」
自分の目の前に来た蜘蛛が一本の尖った足をこちらに向ける。
刺し殺すつもりなのだろう。
「い、いや…いや…」
そして恐怖に目を閉じた瞬間、ブシュっと皮膚が切れる音と共に顔に生温かい液体を感じた。
しかし、痛みは感じなかった。
あまりの一瞬で痛みを感じる間もなく殺されてしまったのか…
目の前は真っ暗だから、ゆっくりと目を開けて確かめる。
そこには。
「大丈夫…? 霊歌?」
「え、おねえちゃん?」
目の前で顔の右側…主に右目から出血しながらも蜘蛛の足を切断していた自分の姉がいた。
守ってくれた。
一瞬でそうと感じたものの、ありがとうやごめんねなど言いたいことがたくさんありすぎて言葉にすることが出来なかった。
「私の妹をよくもやってくれたわね…覚悟しなさい!!」
「おねえちゃん…血が…」
「アンタが無事ならどうでもいいのよ、そんなの!!」
そうして姉はバーサーカーのごとく次々に足を切断し、最後に退魔刀・神楽で蜘蛛の腹を力いっぱいに串刺した。
霊歌は自分の甘さや幼さバカさ加減に腹が立つと同時に、姉の傷が心配になり、駆け寄ろうとした。
「待って」
姉は霊歌に絡みついている糸を断ち切り、その場に膝をつく。
「はぁはぁ…」
「お、お姉ちゃんごめんなさい…」
「アンタが無事ならいいわよ…はぁはぁ…」
出血の多さからなのか、息が絶え絶えになっている姉を担ぎ、霊歌は下山を始めた。
二人はそれぞれ理由は違えど一言も口を聞かず、皆の下へ帰っていった。
巫霊歌は姉から貰った退魔刀・神楽を見る。
「これは罰なのかもしれない…でも…」
霊歌は暗い部屋で一人頭を抱えた。
「怖いんだ…姉さんがあんなにされて悔しいのに、妖も自分も憎いのに…でも震えが止まらないんだ…!」
ベッドの上でうずくまり、シーツをギュッと握るが、何も解決したりしない。
霊歌の頬を伝う涙は悲しみか、悔しさか、本人以外知る術はない。
涙のシミが大きくなるにつれて彼女の後悔も大きくなっていく、そんな気がした。