地縛霊 肆
戌神が折角俺のために企画したカラオケだったが、それを断って俺は巫先輩の緊急信号を受け取り、急いで学校へと戻った。
「先輩!」
「かつ…らぎ…」
そこで俺はとんでもない光景を見る。
「お前は…」
巫先輩が何者かに首を絞められていた。
退魔の刀は彼女の真下に落ちているため、どうやら負けてしまったらしい。
「お前は…誰だ…?」
首を絞めている謎の黒い怪異…おそらく悪霊なのだろう。
俺はこいつを知らなかった。いや、“知ろう”としなかった。
こいつはずっとここにいたのだ。俺が繋目と話しているときも、二人で巫先輩に襲われているときも、ずっとここにいたのだ。
俺はそれから目をそむけていた訳ではない、巧妙に隠れていたのだ。
「私のこと…よく知っているくせに…」
「っ…! 良いからまずは巫先輩を放せ!」
「嫌だと言ったら?」
「力ずくでっ!!」
俺は巫先輩の首を絞めている、悪霊の両腕を握り、引き離しにかかった。
「!? お前…私に触れることが出来るのか…!?」
悪霊は驚愕の眼をこちらへと向けていた。
「生憎特別製でね…この手で怪異に触れることはたやすいのさ…っ!!」
「くっ!!」
俺は全力を出し切って悪霊から巫先輩を解放した。
巫先輩はすでに気絶しており、俺は彼女を草の上へ寝そべらせた。
「お前の目的はなんだ?」
「先に聞くのが目的とは…現実逃避もいいところじゃないか?」
「くっ…」
その通り、まずはこいつの正体を聞かなければ…
だが、俺は同時に聞きたくない気持ちがある。
最悪な結果になる可能性がある。いや、その可能性は十分に高い。
何せ、裏庭にいる筈の彼女がいないのだから。
「ふぅ…」
俺は深呼吸してまずは落ち着いた。
「悪かったよ。お前は一体誰なんだ?」
そう訊くと、その悪霊はニヤッと笑った気がした。
「私はお前も良く知ってる奴だよ…」
「繋目弥生だなんて馬鹿なことを言う必要はないぜ?」
「馬鹿で結構。繋目弥生だよ」
「…」
少なからずショックではあったが、顔には出さずに構えておく。
「そっか…お前は俺に自分のこと隠していたんだな。記憶喪失って言うのは嘘なのか?」
「…難しい質問だな」
「二択なのにどうして難しい?」
「記憶喪失と言えば記憶喪失だが、そうでないといえばそうでないということだよ」
「お前の答えの方が難しいよ」
俺はこの悪霊をどうするべきなのかを考える。
一応目の前で巫先輩を殺しかけたのだ。タダで済ます訳にはいくまい。
「アンタ、こういう風にずっと人を襲っていたのか?」
「それも難しい質問だな」
「アンタ頭悪そうだな」
「…悪霊を馬鹿にしたらどうなるか解ってるのかしら?」
「どうなるんだよ?」
俺は身構える。何か来るかもしれない。
「オシオキよ」
「え」
彼女がそう呟いたと同時に、俺の頭上に雷が降り注いだ。
「っ!?」
俺は声にならない叫びをあげる。いや、叫び声を上げさせてくれなかったのだ。
「っつぅ…つうか生きてる俺凄いな…」
雷の術式だろうが、相当な威力がある。姉さんの術式より破壊力がありそうだ。
俺は膝をつきながら蹲る。
「オシオキって言ったでしょ? 殺したら意味無いじゃない」
「あぶねー考え方だな」
「もう1発」
「っ!!!!!!????」
さらに俺を謎の痛みが襲いかかる。いや、神経がおかしくなって謎の痛みになってしまっていた。
俺はついにその場にうつ伏せになって倒れた。
「くっ…!」
さすがにこの特別製である身体も、雷2発は厳しかったらしい。
姉さんに言って強化してもらった方がいいのかもしれない。
「へぇ…まだ意識残ってるんだ。貴方中々やるじゃない。入学早々に怪異と仲良くするだけあるわね」
「う、うるさい。どうせ俺は人間には好かれねぇよ…」
「ならどうして人間を選んだの?」
「は?」
「怪異であるこの私を無視して、クラスメイトやそこの女と仲良くして、“彼女”の気持ちを考えたことあるの?」
「…!?」
どういうことだ?私?彼女?何かがわかりそうでわからない。
“彼女”の気持ちって…彼女って誰だ?
いや、解るんだと思う。だとすると…
俺の頭の中は一つの結論にたどり着く。繋目は・・・
「お前は繋目だけど…俺の知っている繋目じゃないな…」
「…いえ、彼女は私よ。そして私も彼女よ。」
「俺はお前を知らない。いや、お前もあいつも繋目弥生なのかもしれないが、俺はお前を知らない! あいつは…あの明るくて能天気で時々うざいあの繋目弥生はどこだ!!」
「私たちを裏切ったお前が知る必要はない!」
彼女が手を天に振り上げる。雷を呼ぶ態勢だ。
次食らったらさすがにまずい。粉々にはならないかもしれないが、部分的に損傷を起こしかねない。
いくら俺の肉体でないとはいえ、痛いものは痛い。
「くっ…」
だが俺の身体は動いてはくれない。2発目の雷で神経がイカレてしまっているみたいだ。
「ここまでか…」
俺は目を思いっきり瞑って、次に来る衝撃に備えた。
「…」
…
……
…………
「…?」
だが中々衝撃が来ない。
俺は恐る恐る目を開けてみる。
「っ…何をする!?」
悪霊は身体をぴくぴくさせながら、金縛りみたいな状態になっていた。
「何故だ…何故止める…」
「貴方もその理由は知っているはず」
「この声は…」
同じ口から2種類の声が聞こえる。悪霊から二人の声が聞こえる。
一人はさっきまで俺を攻撃していた奴…もう一人は…
「繋目!! 繋目なのか!?」
「ごめんなさい真さん…こんなことに巻き込んでしまって…」
「何で謝るんだ!? こいつはお前を捨てようとしたんだ!! 今までの人間のように!!」
「切目ちゃん、貴方は私。私はあなた。だから解ってしまうの。あなたも辛いことが」
俺は黙って二人の会話を聞く。
「繋目、こいつはこの女にそそのかされ、お前を見捨てようとした。それはお前も思ったことだよな?」
「…ごめんなさい真さん。私、少し不安だったのは確かです。真さんが遠くへ行ってしまうんじゃないかって…」
「そうだろう? だから」
「でも、私は真さんをここまで傷つけたいとは思っていません!」
「何だと…?」
「傷つくのは私一人で十分です。死人だから別に痛くないから」
「そんなことはない!!」
俺は繋目の自己犠牲精神から出た言葉を否定する。
黙って聞こうと思ったが、これ以上は聞いていられない。
「繋目! お前を不安にさせたことは全部とは言わんが俺が悪い! だから責めたいときは責めていい! そこの切目弥生の言った通りだ!」
「でも真さん…私は幽霊で、真さんは普通の学生です。生きている人には生きている世界があります。それを奪ってまで私は…」
「違うんだ繋目!」
俺は切目弥生がどうして俺や巫先輩を攻撃したか解った。
切目は繋目のことが本当に好きなのだろう。彼女のために全ては行動しているのだから。
繋目を傷つけようとする者全員が切目弥生の敵なのだろう。
それは繋目が望んでいるかいないかは関係なく、繋目を傷つけるもの全てを敵視している。
しかし、そんな彼女らは一つ勘違いしている。今から伝えるしかない。
「俺は昔から怪異っていうか、幽霊も見えるし、いろいろ変なものが見えてた! だからそういう怪異を含めたそれら全てが俺の世界なんだよ。俺の世界には生きている死んでいるなんて大した問題じゃないんだ。いくらお前が死んでいても、俺はお前のことを友達だと思ってる」
「…」
切目も繋目も共に黙りこくる。
本当は二人とも優しい性格だ。繋目は生きている者を、切目は繋目を。
それぞれが自分でない他人のために行動をしている。自分を犠牲にして。
だから解放しなければならない。彼女たちを、この呪縛から。
「本当はお前、地縛霊なんかじゃない。その気になれば裏庭に行かなくても俺と一緒にいられたはずなんだ。お前はただ、お前の言う俺の世界に干渉したくなくて自らを縛ったんだ! ここに!」
「そ、それは・・・」
繋目が少し言いよどむように見えた。
地縛霊だったはずが、彼女は自縛霊だったのだ。
彼女はそんな自縛の呪縛にかかっていたのだ。
あまり人が来ないこの裏庭。生の世界に干渉しないことにうってつけの地。
そんな土地で繋目弥生は極力生きている人たちとの繋がりを無くそうとしていた。
しかしそれでは寂しすぎるから裏庭というたまに人が来る土地で少ない交流を楽しんでいた。
彼女が幽霊になってから、人と出会っては、別れての繰り返しで、彼女は相当苦しんだだろう。
その悲しみを消すため、記憶を消す必要があったのだ。
「切目。彼女の記憶を消したのはアンタなんだろう?」
「…そうだな」
「彼女が悲しかったりさびしかったり、それらの感情が一定の量を越えるとアンタは記憶を消した…そんな感じなんだろう?」
「…そうだな」
切目は俺の言葉を素直に認めている。俺の推理は大方当たっているはずだ。
そんな切目はもうこちらに攻撃する意思は見せていない。
俺をどういう人間なのか判別しようとしている、そんな感じだ。
そして最後の仕事だ。彼女らを解放する仕事・・・俺の気持ちを繋目に伝える仕事だ。
「繋目。俺はお前と一緒にいたい。もう記憶を失ったり、悲しんだり、寂しかったりする必要もない。俺と一緒に来い!! 俺に憑くんだ!」
「そ、それは・・・でも・・・真さん、良いんですか? 私、結構構ってちゃんですよ?」
「関係ない。それも含めてお前なんだろうが」
「・・・真さんならそう言ってくれると思いました」
繋目は今日初めて俺に笑顔を向けてくれた。
「でも・・・一つ条件があります」
「条件?」
「ごめんなさい。せっかく受け入れてくれたのに、我がまま言ってしまって…でもこれだけは譲れないんです」
「・・・良いよ。言ってくれ」
「切目ちゃんも・・・受け入れてください・・・」
「お前…!」
切目が繋目の言ったことに対して驚く。
「私のことはどうでもいい! お前が幸せになれればそれで…」
切目も繋目に負けず劣らずの自己犠牲精神の持ち主のようだ。
「切目ちゃん。ごめんね。今まで辛いことばかりさせて。でももう良いのよ。貴方は私だけど、貴方は私とは違う…。もう記憶とか失くさなくていいから…私は辛いことから目をそむけないから…もう私のために犠牲にならなくてもいいから…」
そう言う彼女の眼から涙がこぼれる。
幽霊なのに。死んでいるのに。彼女の気持ちは生死の理すらも凌駕していく。
「解ってるよ最初から。俺が繋目を受け入れるって決めた時、お前も受け入れる覚悟はとうにしている! だって繋目弥生ってそういう奴なんだろ? 切目弥生と一緒でな」
俺は切目だか繋目だか分からないけれど、彼女たちに自分の気持ちを伝えた。
「切目、繋目を受け入れるってことはお前を受け入れることでもあるんだぜ。良いだろう、繋目。その条件、快諾する!」
そう叫んだと同時に俺は繋目の手を取る。
すると、彼女も周りの黒い靄が消えて、いつもの繋目が姿を現した。
「これからもよろしくな」
「はい♪」
俺達の真の友情はここから始まったのだった。
…
……
しかし何か忘れているような…
「葛城」
「あ」
いつの間にか巫先輩が起き上がって俺と繋目の二人の前にいた。
「…一部始終は見せてもらった。だが、私はつなぎ…じゃなくて切目弥生!! 貴様だけは許さんぞ!! 私は貴様に殺されかけたのだからな!」
「…おいおい、空気読めよ先輩さん」
急に繋目の眼が鋭くなり、切目の声が聞こえた。
どうやら、切目になるとそう言う風に変わるようだ。
「空気読めだと…? お前は人一人殺しかけたんだぞ!?」
「殺す気はなかったよ。だって殺しちゃったら繋目が悲しむしな」
「口ではどうとでも言える…!」
巫先輩だけは怒りがおさまらないみたいだ。
「と、とにかく!! 今日はこれで一件落着にしよう!! な? な?」
俺は巫先輩と切目の間に入って二人を…特に巫先輩だが。
「葛城。今週の昼代で許してやろう」
「何で俺!? ってはぁ…解りましたよ…」
巫先輩も何だかんだ言って許してくれたようだ。
まぁ仲良くなるには時間がかかりそうだが…
俺はこの先の非日常を湯鬱に思いつつも、何故かあまり悪い気はしないのだった。