地縛霊 弐
12/8までは毎日投稿となります。
学校の裏庭で会った謎の少女は幽霊だった。
しかも、その場所に未練があるのか、地縛霊でずっと動けない。
地縛霊を成仏させるには、まずはどうしてこの場所にとどまっているのか理由を聞かなければならない。
そのうえで、自分の死を受け入れられない要因を突き止め、それを取り除く必要がある。
だが、問題が発生した。
「私、どうして死んでいるのでしょう? それと、どうしてここにいるのでしょう?」
彼女は、記憶喪失であった。
新亜昭和学園は中高一貫の進学共学校であり、それなりに名の知れた学校である。
創立から60年以上経ち、古い校舎は取り壊される予定であったが、生徒数の拡大により結局部室棟として使われるようになった。
俺は高校から入学したので、その"古い"校舎のうわさや地縛霊の話や、学校の怪談などは何一つ知らなかった。
まさかここが、比較的怪異の多い学校だということも知らず、入学早々に俺は怪異と遭遇するという事態を引き起こしたのだった。
彼女と裏庭で出会わなければ、そもそも裏庭などに行かなければ俺の学校生活はまだ平穏であったに違いなかった。
怪異は好きになりつつあるが、申し訳ないが平穏な生活を送る方がそれに勝る。
「…」
俺はしばし幽霊少女の前で思考する。
「?」
人の気持ちも知らずに、このゴーストガールは可愛らしく首をかしげるだけだった。
だから決めた。無視しよう。
俺は無言でその場を立ち去ることにした。
「え、え、え、ちょっと待って下さいよ!」
「…(俺は何も見ていないし、何も聞いていない)」
「本当に待って下さいよ! 私、ここから動けないんですぅ!!」
地縛霊というのは難儀なもので、その場に強い執着や因果があるために、動けないモノである。
当然それを知ってでのこの対策方法なのであるが。
「呪いますよ!?」
それは嫌だ。
「この学校に呪いをかけますよ!?」
それも嫌だ。
「後はえーと、えーと…」
このあたふた具合といい、彼女はそんなに害のある幽霊には見えない。
だからといって、俺には何も関係はないけれど。
「うぅ…また孤独になっちゃうよ…」
「…」
彼女の姿は常人には見えない。彼女は一体どのくらいの年月を一人で過ごしたのだろうか…
「…はぁ」
俺は甘いとは思いつつも、彼女に近づいた。
日食おじさんの言葉が頭にフラッシュバックしたからだ。
「俺は普通の生活が送りたい」
「え…」
「だって怪異は怖いし、異常だし…まぁでも」
俺は一呼吸置いて本心を吐露する。
「好きになる努力をしているところだ。だから、俺が怪異を『好きになる練習』にはちょうどいいんだよな、うん」
「??」
幽霊少女は俺の言葉に混乱する。さては頭弱い子だな。
自分の非素直さを棚に上げて解釈する。
「あぁだから、たまには話し相手になってやるって言ってんだよ!」
「と…いうことは…」
「またここに来るよ」
俺は幽霊少女に背を向け、片手を振った。
「や、約束ですよ!!」
「はいはい」
俺は格好つけながらゆっくりと体育館へ向かった。
キーンコーン
「…」
俺は恥も外聞も捨て急いで体育館へ向かった。
入学式の新入生挨拶が終わり、次に生徒会長の挨拶が行われた。
だが、何かがおかしい。
「生徒会長、1年1組、橘千夏さん」
「はい」
「!?」
どうして新入生の中に生徒会長がいるんだ?
例えそいつが内部進学生だとしても、そいつは中学のころからこの学園の生徒会長をやっていたということになる。
「新入生の皆様。入学おめでとうございます」
そして、こっちの気は全く知らずに平然と彼女は挨拶する。
また、俺と同じことを思っていた人は何人もいたようで、少しざわつき始めた。
まぁ俺にとってはそれ以外の理由もあるのだが。
「清く正しく、それでいて楽しい学園生活を送ってください」
「おいおい…あいつってお前の幼馴染じゃなかったか?」
「?」
生徒会長のあいさつが終わり、周りが拍手で包まれている中で俺は後ろの奴に話しかけられた。
「お前は…犬!?」
「おいおい、そのあだ名は止めてくれって言ってるだろう? 俺は戌神走だって」
「言いにくいから犬でいいじゃん」
「…まぁ別に嫌いじゃないけどな」
この俺に妙になれなれしい男は中学生のころからの友人である戌神走という。変な名前なだけに人間ではない。彼はれっきとした犬の半妖である。まぁ正確にいえば少し違い、先祖返りをしてしまった人間である感じだ。
「お前、あいつがここの中学にいたってこと知らなかったのか?」
「橘さんのこと?」
「よそよそしい奴だなー。小学生のころは千夏って呼び捨てにしてただろ?」
「…誰から聞いた」
小学生の頃の話を、中学のころに知り合ったこいつが知る筈はない。
「お前の姉ちゃんから聞いた」
「あっそう」
そういえばこいつは姉さんと主従の契約を結んでいた。
いわゆる姉さんのペットって感じだな。
「おい、いかがわしい言い方するなよ!」
「いかがわしくないし、心読むなよ!」
俺と犬はそんなこんなで同じクラス、1組に配属されたのだった。
「といった感じで入学式が終わったと」
「へぇ、幼馴染と運命の再会ですね!! きゃっ♡」
「そこが肝じゃねえよ」
俺は今日あった話を今朝方出会った謎の幽霊少女にしていた。
「つーか自己紹介がまだだったな。俺は葛城真だ」
「そーですか」
「…そーですかじゃねーよ! お前は何ていう名前なんだし」
「記憶喪失って言ったじゃないですか~」
「あ…そうd「繋目弥生で~す!!」って記憶喪失関係ないのかよ!!」
「名前だけ覚えてるっていうオチでした~♪」
「うぜぇ」
この幽霊少女、幽霊の割に珍しくポジティブだ。
幽霊というのはこの世に未練が残ってるために、ネガティブなのが多い。
だがこの幽霊少女は記憶喪失のせいなのか、マイナスオーラがほとんど感じられない。
いや、俺からしたらほぼゼロだ。だからなのか、俺は普通の女の子と話している感じがするのだ。
「お前、めっちゃ珍しい幽霊なんだな」
「何がです?」
「幽霊のくせに底抜けに明るい。お前、自分の死因とか何でここに縛られているのかとか本当に覚えてないのか?」
「…うーん?」
「分からないのか?」
「そーいえば考えたこと無かったですねー。真さんはご存知ですか~?」
「存じねえから訊いてんだろっ!」
まさか自分から死因を尋ねてくるとは思わなんだ。
ますます異質だな。
「真さんに言われて気が付きました。確かに!! 私って何で死んでここにいるんでしょうか!?」
今更驚かれてもな…
「まぁ大体事故死か何かだな」
こんな明るい子が自殺するとは到底思えないし、他殺されるほど人の恨みは買っていない気がする。
まぁ怨恨以外の他殺ならあり得そうだが、ある意味事故のようなものだ。
「事故死ですか…私のことだから隕石の破片でも頭に降って来たんでしょうね!」
「その確信はどこから来た?」
「隕石は空から!」
「石の話じゃなくてお前の意思の話をしてんだよ!!」
あぁ…入学式当日、初めて出会ったクラスメイト達と話すことなく、ここで一人幽霊と会話するなんてむなしいどころの騒ぎじゃない。
何でこうなった。
「でも、何故か私自分の死因とかどうでもいいんですよねー」
「幽霊としてそれはいいのか?」
「別段私が記憶を持っていないところで、何も困ることはないと思うんですよねー」
「そもそもお前、生に執着しているように見えないんだが」
俺は異質な違和感の正体を指摘してみる。
「あ。確かに! てへぺろっ!」
「うざっ! っていうか随分と馴染んでるな!」
俺はこんな感じで、学校始ってしばらくは彼女との会話を楽しんで過ごしていた。
だがそれも長くは続かなかった。
「おいおい真。帰るのか?」
放課後、俺はいつものように誰も近づかない裏庭へ向かおうとしたが、戌神に止められる。
「どうしたんだ犬?」
「犬って言うなし! お前、クラスメイトとかと全然話さないじゃん。このままでいいのかよ?」
「あーそれは…」
予想以上に幽霊との会話が面白かったとは言えんな。最近はクラスで会話するより裏庭で会話する方が多い気がする。
「中学の頃からあんま友達作らないしなお前。かと言って作ったかと思えば俺のような人間もどきだぜ?」
「何か俺、非日常からの愛なら誰にも負けない気がしてきた」
「そうじゃねーよ! お前が人間を愛してないんじゃないのか?」
「…」
犬の割に何かグサリと刺さることをいう。
「いや、愛してないというかお前がビビってるんだよな?人間に」
犬だからこそ鋭いのか。
たった3年の付き合いで俺のことを理解している。
そこが憎らしくあるも、こいつの良いところだ。
「ま、お前なら何でビビっているのかの理由も大体察しがつくだろう?」
「まぁな」
「はぁ…ま、ちょっとしばらくは人間と放課後は過ごさないって決めてるんだ」
「おいおい、お前入学早々に非日常活動に勤しむのかよ?」
「しばらくは、な。おいおい日常活動にも勤しむようにするよ」
だが、俺の意思を無視し、犬は俺の肩へと手を回す。
「今日さ、クラスメイト達とカラオケ行くんだよ。とりあえず今日は日常活動に努めない?」
「何でだよ?」
「あの幼馴染の千夏ちゃんも来るってよ」
「あいつは生徒会長だろ? そんなことしてる場合でもないだろ」
俺は犬の手を肩から払い、一歩距離を取る。
とりあえず拒否の意思を見せた。
「今日は生徒会休みなんだって。だからさ…」
「…嫌なんだよ。あいつの近くにいるの」
「え?」
「じゃあな」
「っておいおいおい! お前彼女のこと嫌いなの!?」
「…いろいろあるんだよ俺にもな」
出来すぎる奴が幼馴染。昔から比べられながら生きてきた。それだけでも十分嫌だった。
まぁ別にそれくらいなら我慢できるんだが…
俺が近くにいると…その話は置いておこう。
「じゃあな」
俺は二度目の挨拶を犬にしながら、裏庭へと歩き出した。
「…出来すぎる幼馴染がいるって大変なんだな。ま、俺の場合は妹だけど」
意味深な発言を狗神は漏らし、ポーカーフェイスで教室へと戻って行った。
「ま、今日はそんなこんなでいろいろあったわけよ」
「そうなんですかー。私も学校行ってみたいです!!」
「その足じゃ無理だな」
裏庭でいつものように繋目と会話をしている俺。
だが、そんな俺達に異質なオーラが近付いていた。
「…?」
「どうしました真さん?」
「何か来る!?」
俺がそう言ったと同時に、凄まじい突風が俺達二人を襲った。
これは風が吹いたんじゃない。
何者かによって吹かされた風だ。
つまりは…俺を大好きな非日常な出来事だ。
「葛城真。お前をマークして正解だったな」
「誰だ!?」
「悪しき怪異を滅ぼすものだ!」
俺達に近づいてきたのはこの学校の女生徒だった。学年章からして先輩だろう。
「邪魔をするなよ葛城真」
そう彼女は刀を抜いて俺とその真後ろにいる繋目に刀を向けた。
俺はどうするべきなのか…?