花子 壱
新亜昭和学園部室棟4階奥。学園の出入り口から一番遠い場所に位置するこの場所に、オカルト研究会の部室がある。
部員は3名。いや、正確には人間は2名なのだが。
とにもかくにもかような辺鄙な場所で奇怪な部活動がまさに執り行われている。
「出席をとりまーす。まずは部長、葛城真。はい」
いつもどおり自作自演の出席確認。
「次、副部長。巫霊歌先輩」
「目の前にいるだろ。何で確認するんだ?」
「は、はぁ…ですよねー」
いつものように霊歌先輩は俺を睨みながら返事をする。
一応紹介しておきましょう。この人は巫霊歌先輩。
気が強い女子の先輩で、何か退魔の一族らしく、怪異を斬れる刀を帯刀している危ない人だ。
「なんか、悪いことを言われた気がする」
「え、えーとじゃあ…繋目弥生」
「はいはーい!! 今日も元気に出席してまーす!!」
「あー分かった分かった」
俺は隣でうるさく自己主張をしている繋目を抑えつける。
「そして、物の怪や怪異の皆様。本日もよろしくお願いします」
「よろしくお願いしま~す!」
「だぁーーーっ!! 葛城!! 最後のその挨拶は何とかならないのか!?」
霊歌先輩が俺と繋目を指差し、不平を口にする。
「そのーやっぱりオカルト研究会なので、こういう雰囲気は大事ではないかと…」
「ええい! 雰囲気とかいらん! 私はこの世に巣くう悪しき怪たちを滅ぼしたいんだっ!!」
俺と繋目の態度を気に入らないためか半ギレしている。
この人は俺と繋目よりも怪異に対して少し厳しいところがある。
「ま、まぁまぁ…霊歌先輩落ち着いて…」
「貴様はそんなんだからすぐ怪異に襲われるんだ!!」
「霊歌さ~ん。あんまり起こると皺が増えますよ~♪」
繋目が巫先輩を挑発する。
「うるさい! 滅ぼすぞ怪異!」
「ひ、ひどい…私、ただの幽霊なのに…」
「尚更タチが悪い存在だ!」
また霊歌先輩と繋目が言い合いを始める。もういつものことだ。
俺はそんな二人を見てズズっとお茶をすする。
紹介しておくと、新亜昭和学園には中等部と高等部があり、俺は高等部の1年生だ。
霊歌先輩は高校2年生、そして繋目は…幽霊なので幽霊なのでそもそも学生ですらない。
部活に中等部と高等部の分割はなく、基本的に一緒に行っている。
幽霊含めて部員がたった3名である(人間は2名)ため、絶賛部員募集中。
ただ、繋目弥生は特殊な肉体を姉さんから提供されているため、見た目は人間に見えるのだ。
幽霊なのに肉体があるというとてつもなく面倒な存在で誠に申し訳ない。
「真さん!!」
「葛城!!」
「え」
設定の紹介していたら、いつの間にか二人に睨まれ硬直する。
「目玉焼きにはソースですよね!?」
「いや! 目玉焼きには醤油が似合う!! そうだろ葛城!?」
「いつの間にそんな話に!?」
俺的には目玉といえば目玉焼きではなく、目目連やら目玉のおやじだったりするのだが。
「ここで目目連やら目玉のおやじとか言ったらこの神楽で切り刻んでやるからな」
「考えがばれてる!?」
俺は霊歌先輩が退魔刀を抜いているのを見て、血の気が引いた。
自分にも怪は少々含まれている訳で、退魔の一族である彼女の刀で切り裂かれたら、切り刻まれるまでもなく消滅しそうだ。
コンコン
「ん?」
「え」
「あ」
まさかのノック音に部屋は一瞬にして静まり返る。
このような突発的な事態、俺の頭はどうすればいいか解らず、混乱する。
「ど、どどどうしましょう!! ノックの怪異ですよ!! 幽霊かもしれませんよ!!」
「幽霊が幽霊を怖がるな!!」
俺は慌ててオロオロする繋目をオロオロしながら引き留める。
「おい。何で普通に来客だと思わないんだ」
「霊歌先輩!! こんなところにまともな人が来ると思うんですか!?」
「まともじゃなくてごめんなさい…」
「え?」
いつの間に部屋へと入って来ていた一人の女の子が、俺を見てガックリと項垂れていた。
「あああああああ違うんだこれはその…」
「葛城、最低だな」
「真さん、ひどいですね!」
「繋目!お前も幽霊とか言ってたじゃねーか!!」
俺はコホンと咳払いを入れ、来客用の椅子へ女の子を案内した。
「先ほどは失礼な発言をしてしまい、申し訳ありません。それで、一体どのようなご用件ですか?」
さっきの粗相を取り繕うかのように、丁寧に応対する。
女の子が二人もいることで安心感もあったのか、女の子が語り始める。
「トイレに…花子さんが出るんです」
「…え?」
中等部2年、橋崎美弥。ソフトボール部所属。
ポジションはピッチャーで、次期エースとして期待されている。家族構成は両親と弟の4人である。
部活の帰り、忘れ物に気がついた彼女は学校に戻り、部室の更衣室へと向かった。
その際に、お手洗いに行ったそうだ。
そして、事件はそこで起きた。
彼女がトイレの個室に入ると、謎の声が聞こえたそうだ。
最初は風の音かと思っていた彼女。しかし、時間も時間。夜8時。外はすでに暗し。
不安をあおるには十分な環境であった。
「ね~え…」
「!?」
そんな声が聞こえた彼女は、まともにトイレを済ませることが出来ずに個室を抜け出した。
忘れ物の花柄タオルを置きっぱなしにして。
傍から聞けば、風の音を勘違いした彼女が間抜けをやらかしたように見えなくもない。
常人であれば何だよそれと笑い飛ばせていたことだろう。
「ふ、ふ~ん…と、トイレの花子さんね…」
「霊歌先輩、声が震えてます」
「う、うるさい!!」
この先輩、退魔の一族の割に心霊現象にとことん弱いという弱点を持つ。
何故かは知らないけど、退魔の一族なのにそれでいいのだろうか。
「何とかできませんか!? 私、あのタオルを一人で探すことが出来ません!!」
すごい剣幕で女子中学生に詰め寄られた。
「と、友達とかに頼めなかったのか?」
「一緒にトイレに行ったんですけど…そこにはすでに何もなくて…」
「なるほど。落とし物として教員室とかで預かったりしていないのか?」
「は、はい…先生に話したんですけど…トイレの花子さんなんて言えず…」
そりゃそうだろう。そんな言葉口走っただけでもう変人扱いだろう。
「頼めるのはあなたたちしかいないんです!!」
橋崎さんが頭を下げる。
「…とりあえずそのトイレに行ってみましょう」
こうして、オカルト研究部員たちは彼女の言うトイレに行くことを決意した。
ちなみにオカルト研究部の活動に人助けは、ない。
女子トイレの前に来た。そこで俺の前に立ちはだかったのは性別の壁だった。
「ちょっと待て。普通に考えれば分かることだ。タオルを落としたのは女子トイレということが!!」
俺は頭を抱える。
女子3人男子1人が部室棟の女子トイレ前で並んでいる光景は、傍から見なくても異常である。
ちなみに、異常な理由の99%は俺である。
「さて、俺は男だから中には入れない。お前ら二人がチェックしてこい」
「え~~~~!!!」
「に、逃げるのか!? 幽霊が、そおそそんなに怖いのか!?」
「霊歌先輩…、震えすぎて説得力無いんですが」
「うぐ」
さすがに今回は自分の目では見れないので、退散しようとする。
「待て」
「な、なんですか?」
人間には強気な巫先輩が俺の胸ぐらをつかむ。男子の胸ぐらをつかむ女子、恐るべし。
「お前も来い」
「ええ!?」
「滅多に出来ない体験が出来ますよ!! 真さん!!」
「繋目お前は面白がってるだけだろ!」
繋目は珍しく霊歌先輩と共闘して俺をはめようとしていやがっていた。
「女子トイレにすら入れないようでは男が廃りますよ! 真さん!!」
「余計に廃ると思うのだが、気のせいなのか!?」
「さあ憧れの女子トイレにレッツゴー!」
「うわああ待て引っ張るな!!」
霊歌先輩と繋目は俺を馬鹿力でズルズルと引っ張り、とうとう俺は禁断の聖域へと足を踏み入れてしまった。
「…」
「真さん、そんなに落ち込んでいるんですか? 憧れの女子トイレですよー?」
「俺は別に憧れちゃいない!!」
俺は出来るだけ目線を伏せ、キョロキョロ周りを見ないように努めた。
唯一の救いは、部活の時間のためにトイレ使用者がいなかったことだ。
「あ、このトイレです」
「…3番目の個室。ベタベタのベタだな」
俺はまず扉を撫でるように触る。
「ゃん! そんなにっ…あぁん…撫でないでぇ…」
「…さて繋目。お前グーとパーどっちがいい?」
「あぁんすいません!!でもちょっぴり叩かれたい…!」
「…」
繋目が馬鹿なことやっているのを横目に、俺は扉を開けた。
「…」
「…」
「…何も起こらないな」
「まだ陽が昇ってるからじゃないですか~?」
確かに夕暮れ時であるが、この時間帯も中々怪異に遭遇しやすいと言えばしやすい。
「…とりあえず今日は切り上げだな」
俺は急ぎ足で女子トイレを出ようとする。
「早くしないと部活が終わった女子たちと鉢合わせするかもしれないですしね!」
「うるさい」
俺はずっと黙っている巫先輩に手で合図を送りながら外へ出た。
ひとまず、誰にも見られるようなことはなさそ…
「え。ま、真君? 今…」
「ち、ちな…橘さん!?」
だが、現実はそう上手く行かない。甘くない。
しっかりと幼馴染の生徒会長にその姿をばっちりと見られる始末。
「真君…今、女子トイレから出て来なかった…?」
「えっ!? や、やだなぁ…そんなわけないじゃないですか~…あはは…」
あー何だこの挙動不審さ。聡明な彼女ならそんな嘘すぐにばれてしまうのに。
「…そ、そうなんだ。ごめんね。勘違いして」
橘千夏生徒会長はそう言って俺の前から去って行った。
俺と同い年の高校1年生なのだが、その圧倒的なカリスマというかスペックで、生徒会長に就任した。
昔から俺と一緒だったため、いろいろとやっかみを受けたこともある。
そのせいか、現在は疎遠とかそんな感じになってしまっているのだが。
まあそれはどうでもよい。
「…何故嘘が通じた?」
「聡明な生徒会長とあろうものが、葛城ごときの嘘を見破れないはずがあるまい」
「霊歌先輩…トイレから出た途端、急に強気ですね」
「…グーとパーどちらがいい?」
「さっきの話を聞いていたのか!?」
「それにしても…あの生徒会長がこの薄暗い部室棟に一体何の用なんだろうな」
「…」
「まさか…私の正体に気付いたとか!?」
「正体?」
「うわああああああ!! 何でもないです!!」
繋目がボソッとヤバいことを言い出したので、慌てて止めに入る俺。
霊歌先輩はむしろ止めなかったが。
「とりあえず、今日のところはこれでお開きということで、どうでしょう?」
「そうですね…今日は本当にありがとうございます」
「また後日、何か分かったら連絡させていただきます」
橋崎さんは深くお辞儀をして、俺達の元を離れていった。
「…今回の件、怪異が関係あると思うか?」
「あるといえばあるが…無いといえば無いっぽいな」
「トイレの花子さんって所詮怪談話じゃないですか♪ 幽霊だし存在しませんよ~」
「幽霊が幽霊の存在を否定すんな!!」
ひとまず、俺達3人は部室へと戻ることになった。
まとめに入る。
事件名「トイレの花子さん事件」。
中等部の生徒がトイレで謎の声を聞いた。そして、その際に失くしたタオルが紛失したまま。
花子さんに取られたのでは? 疑惑。
「こりゃマジでガセネタかもな、実際は別の生徒が間違って持って行ったとか、そんなところな気がする」
「本当にトイレに忘れたのかどうかも怪しいしな」
「それは本当だと思いますよ♪」
「「は?」」
繋目が俺達に指を突き付けて語り始めた。
「だってさっき私がトイレで拾いましたし♪」
繋目は花柄タオルをヒラヒラさせた。
言いたい事がいっぱいできた。何故もっと早くいわなかったのかとか。だが…
「…おい、まさか女の子を脅かした幽霊ってお前じゃないよな?」
「まあ私は幽霊ですけど…」
「葛城。やっぱりこいつは滅ぼした方がいいかもしれん!!」
霊歌先輩が刃を抜きかける。
「わーわーわー!!! 霊歌さん!! そんなことしたら呪っちゃいますよ~!」
「う」
「折れるの早っ!」
心霊系の物を突き付けるだけで、戦意をすぐに失うのは、退魔の一族としてどうなのだろうか。
「で、どうなんだ?」
「私、彼女のことは今日初めて見ましたし、本当にトイレで拾っただけですよ~」
「…なんだ」
どうやら繋目は誤解を招く言い方をしていただけで、実際何もしていないようだ。
まあこいつが犯人だったら、巫先輩と一緒に締め上げるところだ。
「あ、でも…」
「?」
繋目が話を続ける。
「それ拾ったの、男子トイレです」
「何で入ったんだ!?」
「葛城! つっこむのはそこじゃないぞ!? いや、そこもだけど!!」
どうやら事件はあっさり解決しないようだった。