59 DAY3ゴルフ要塞攻略戦Ⅲ【打開策】
前線基地にまで戻ったアスカは人の少ない場所を見つけて着陸。
近くにいたトランスポートアーマーから弾薬の補給を受けると、すぐさまクロムの居る指令所へと移動した。
テントで仕切られた簡易指令所。
そこにはクロムが招集したのか、ファルクやマルゼスなどの他、各部隊の隊長と思われるランナーの姿があった。
強面のランナー達が集結し、重苦しい雰囲気が支配する指令所に入ってくのはやや気が引けるが、皆がアスカの情報を待っているという状況では逃げる事も出来ない。
アスカは出来る限り他の人と視線を合わせないように指令所に入ると、そそくさとクロムの傍まで歩み寄った。
「リコリス1、戻ったか」
「うん。写真、撮って来たよ」
アスカはメニューを開いて先ほど取った写真をクロムへ転送。
受け取ったクロムもメニューを操作し、指令所を成しているテントの幕に画像を表示させた。
「これか……」
「モンスターの癖に綺麗な陣地形成してやがんな」
「いえ、これはいくらなんでも整い過ぎよ。何かに沿って形成してるんじゃないの?」
敵布陣の航空写真を見たランナー達の第一印象は、アスカ同様『不自然なほどに整い過ぎている』という物だった。
通常、モンスター達が搭載しているAIはそこまで高度なものではなく、連携や弱点を突いてくる攻撃などはしてこない。
だが、そこに上位種、統率を行うことが出来るモンスターが加わるといきなり連携した動きを見せるようになり、脅威度が一気に上昇する。
そこから考えれば、これほどまで綺麗な曲線を描いた陣地形成は何かに従い、統率されたうえで築かれたものだと推測できる。
「統率のできる上位種っつーと、オークキングか?」
「あり得るわね。でも、なんでこんな曲線を?」
各隊長から様々な意見が出るが、明確な答えは出てない。
アスカも意見を求められるが、他のランナー同様思い当たる事はない。
「……おそらくですが」
そんな重々しい雰囲気を察したのか、ファルクが口を開いた。
「この曲線、これがシメオンが放つ支援魔法の境界線なのだと思います」
「えぇっ!?」
その答えに指令所の面々は騒然となった。
確かに、まるで円の外周のような曲線ではあるが、中心と思われるゴルフ要塞シメオンのいる位置からはかなり離れている。
ランナー側にも確かに『範囲内にある味方にバフをかける』という物は存在するが、それはせいぜい半径一〇〇m程度のものであり、こんなに離れて支援魔法を飛ばすことは出来ない。
「ゴルフ要塞から一㎞は離れてるぞ!?」
「いくら何でもそれは極論過ぎるんじゃないのか?」
あり得ない。
そう考えるランナー達の意見はもっともだ。
だが、ファルクには何か確信めいたものがあるのようで、アスカに問いかける。
「リコリス1、昨日シメオンを見たとき『複数で支援魔法を形成している』と言っていましたね?」
「あ、うん。そうだよ。昨日はシメオンを中心とした複数のモンスターで大規模支援魔法を形成して、周囲のモンスター達にバフをかけてたの」
昨日のユニフォーム上陸作戦。
そこに敵の増援として現れた軍神シメオンは、戦闘区域に入ると同時に大規模支援魔法を発動した。
周辺に魔法陣が現れ、淡く光るのは今の状況と酷似している。
唯一違うのは、その範囲。
「今攻めてるのは敵の本丸。防衛の準備も万端でしょう。ならば支援魔法の範囲が昨日の物よりもかなり大きくなっていたとしても、不思議ではありません」
そう話しながら、新たに表示させたイベント全体マップを拡大し、ゴルフ要塞を中心に円を表示させる。
すると、その円の縁がモンスター達が形成した防衛ラインの曲線とピッタリと一致した。
そこの光景にランナー達は息をのんだ。
おそらくファルクの推測は正しく、モンスター達が築いた防衛ラインの内側全てがシメオン軍が放つ支援魔法の範囲内なのだろう。
そう考えれば、先ほどメディックアーマーが使用したバフ解除の魔法の効果がなかったことも納得がゆく。
魔法の効果でバフが解除されてもそこはシメオンの放つ敵支援魔法の範囲内。
解除してもすぐに再付与されるため、意味がなかったのだ。
そして、敵もそれを把握している。
だからこそ、そこに居座ったモンスター達はバフの有利を生かすため攻撃は仕掛けてこず、防衛に徹しているのだ。
「なら、どうやって攻め落とすんだ?」
「円形の範囲を持つなら、要塞後方にも効果があるはずだ。奇襲部隊も動けないぞ」
当初の予定で計画していた奇襲部隊はすでに配置を終えている。
だが、シメオンの放つ支援魔法を何とかしなければ奇襲は間違いなく失敗するだろう。
このままでは昨日相当数の戦力をつぎ込んだにもかかわらず大敗した、ユニフォーム上陸作戦の二の舞になってしまう。
そして、今日の重要拠点攻略失敗はイベント攻略失敗に直結する可能性が極めて高い。
指令所内に焦りの声が広がる中、口を開いたのはまたしてもファルクだった。
「策はあります。複数人で大規模支援魔法を発しているのなら、それを妨害すればいいのです」
「妨害って……そりゃ、できるならそれに越したことはないけどよ……」
「どうやって? 支援魔法を放っているシメオン軍は敵陣の奥深く、要塞の中なのよ?」
バフを受けたモンスター群に戦線を押し返され、今の戦端はゴルフ要塞からかなり離れている。
この距離では迫撃砲も魔法攻撃も届かない。
加農砲なら届くだろうが、壁もシメオンの魔法で強化されている上、距離減衰まで実装しているゲームの中では要塞の壁を破壊するのは難しい。
誰もが無理だ、不可能だと声を荒げる中、今度はクロムが口を開いた。
「少数のランナーが直接乗りこむ。砲弾や魔法に頼るよりもよっぽど確実で信頼がおける方法じゃ」
「はぁ!?」
「だから、どうやるんだよ! こんな距離スラスターを吹かしたって届かねぇぞ!」
批判の声がクロムに殺到した。
当然だろう。
敵陣のど真ん中にいきなり乗りこんで敵の魔法を妨害することが出来るなら既にやっている。
ポータルがまだ敵の手の内にある現状ではポータルの移動は当然できず、アームドビーストやスラスターを満載したエグゾアーマーであっても要塞までたどり着くことすら不可能だ。
「皆忘れていませんか? 私達には空神様が付いているんですよ?」
「えっ?」
突然放ったファルクの一言で、皆の視線がアスカに集中した。
「リコリス1に空輸してもらう。エアボーンだ」
「ええぇぇっ!!!」
私、そんな話は聞いていないよ!?
アスカが驚愕するのも無理はない。
「そ、そうか! 空からなら地上の敵を無視して乗りこめる!」
「敵の布陣からしても本丸であるゴルフ要塞の守りは手薄なはず……行けるわ!」
「か、可能なのか、そんな事……。だが、もし可能なら……イケる、イケるぞ……!」
動揺するアスカを他所に、状況を打破する策を見出された他のランナー達の士気は上がって行った。
だが、懸念事項がないわけではない。
「降下するランナーの人選は? 敵陣ど真ん中に降りるんだ。片道切符の神風アタックだぞ?」
「言い出したのは私ですからね。こちらの小隊から抽出します。何人か助っ人を頼むことにはなると思いますが」
「じゃあ、こっちは敵が浮足立ったのを見計らって攻勢を仕掛ければいいんだな?」
「えぇ。よろしくお願いします」
その後は主要メンバーで念密な打ち合わせを行うというクロムとファルクの指示もあり、他の部隊長たちは指令所のテントから退出してゆく。
残ったのはクロムとファルクの小隊。
そして機動部隊長マルゼスだ。
「さて……」
「さて、じゃないよ! 私その話も聞いてない!」
「ま、まぁまぁ、アスカ……」
「何の相談もなく、勝手に私を主軸にした作戦を決めないでよ! うきいぃぃぃぃ!」
悪びれるそぶりもなく話を始めようとしたクロムにアスカの堪忍袋の緒がついに切れた。
クロムに食って掛かろうとするアスカを、キスカが慌てて止めている。
「すまん、リコリス1。皆の士気を下げないためにも、あの状況ではああいうしかなかったのじゃ」
「私もあくまで策の一つとしてクロムに前もって伝えていた作戦なのですが、他のランナーがあれほど前向きになるのは想定外でした……申し訳ありません、アスカ」
クロムとファルクがアスカに頭を下げてくる。
今だ怒りは治まらないが、頭を下げて謝ってくる相手をさらに責め立てることはアスカにはできない。
喉まで出かかった暴言をかみ殺し、振り上げた怒り拳を理性で下ろす事にする。
「ぐうぅ……次はちゃんと前もって相談してよ?」
「約束しよう。……それで、実際どうじゃ? 空輸は出来そうか?」
それはどうだろう? とアスカは考え込む。
ゲームを開始してここまで、人を担いで飛行などしたことが無い。
可か不可かと聞かれても、答えようがないのだ。
「う~ん、こういう時は……」
「こういう時は?」
「アイビス!」
『はい』
「どう、人を担いで飛べる?」
困った時のアイビス頼みである。
『可か不可かという事であれば、可能です』
「おぉ!」
『ですが、いくつか条件があります』
「条件?」
アイビスが伝えてきた空輸の条件。
まず、空輸が可能なエグゾアーマーは『飛雲』もしくは『レイバード』であること。
そして人を担ぐにしても重量の問題があり、武装を満載した状態では飛行することは無理だという。
次に、担がれる側、空輸されるランナーはエグゾアーマーを装備せず、生身の状態でなければならないとの事。
ランナーが装備するエグゾアーマーは重金属製であり非常に重い。
身に付けているランナーは魔導回路などゲーム内設定のパワーアシストでエグゾアーマーを動かしているため重量を感じることはないが、それを運ぶとなると話が別となる。
そんな重量物を担いで飛行できるほどフライトアーマーの性能は高くないのだ。
「その二つなら、飛雲かな。レイバードは繊細な制御が難しいから……」
「エグゾアーマー装備状態では無理か……。かなり厳しいが、やるしかないじゃろう。ファルク、人選はどうするのじゃ?」
「送り込むのは一小隊。私とアルバは確定です。後の二名は……」
一回で空輸できるのが一名である以上、戦力の逐次投入になるのは避けられず、アスカにもずっと輸送をしてもらう訳にもいかない。
そのため、投入するのは一小隊のみになる。
そうなると問題になるのは降下するメンバーだ。
自らが言い出した以上、ファルクは確定。
ファルクと連携が取れ、エグゾアーマーの性能、プレイヤースキル等を考慮すればアルバも当確だろう。
彼の持つオークキングのプレミアムエグゾアーマーは現状でも最上位の性能を有し、所有者も少ない貴重なエグゾアーマーなのだ。
「キスカとホークは?」
人選は無難にファルクの小隊で行けばよいのでは? と思うアスカだが、皆の表情を見るにどうやらそうもいかないらしい。
キスカはやや困った表情をし、ホークに至ってはどういう訳か顔を真っ青にしている。
「私は遠距離狙撃がメインだから。空挺降下作戦は無理よ」
「なるほど。……で、ホークはなんでそんなに真っ青になってるの?」
「い、行かない! 俺は行かないぞ! 絶対だ!」
「え、いきなりどうしたの?」
いつも強気なホークにしては明らかに動揺し、焦っている。
ファルクや他の面々を見ても、「仕方ない」と言わんばかりに首を振っているではないか。
「ホークはな、駄目なんだよ」
「何が?」
「……高いところが」
「……あぁ」
「何だおまえら! そんな憐れむような目で人を見るのはやめろ!」
今作戦の空挺降下はエグゾアーマーも装備せず、文字通り身一つで高度数百mからダイビングするもの。
高所を苦手とする人にはとても耐えられるようなものではない。
「……という訳でキスカとホークは除外です」
「ふむ……そうじゃな。それとリコリス1。聞きたいことがあるのじゃが?」
「なに?」
「小柄で体重が軽いものならば、二人同時に運べるのではないか?」
その言葉に驚くアスカの前には、何とも悪い笑みを浮かべる年季の入った老兵の顔があった。
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嬉しさのあまり新島空港から飛び立ってしまいそうです!




