57 DAY3ゴルフ要塞攻略戦Ⅰ【騎兵突撃】
作戦開始五分前。
支給品の弾薬を補充したアスカはフォックストロットを他のランナーに先立って離陸。
目の前には両脇を海で挟まれた陸繋砂州が続き、その先には強大な壁がまるでここで行き止まりだといわんばかりに砂州の幅一杯に広がっていた。
アスカは視線を目の前の壁から後方の地上に移す。
そこに居るのは土煙を上げながら進軍しているマルゼス率いる5000の機動部隊だ。
馬、鹿、狼、虎、牛、猪、生体やサイボーグなど、ビーストの種類こそ統一されてはいないが、エグゾアーマー装備のビーストに騎乗した時の機動力は非騎乗時のそれを凌駕する。
当然、ビースト達が動いてもランナー達にMP消費などはなく、毎秒MPを消費するフライトアーマーに比べれば騎乗が一番機動力を確保できる方法だろう。
次にアスカはマップを見て配置を確認。
展開は事前の打ち合わせ通り。
アスカが先行、遅れて機動部隊続き、その後に歩兵部隊。
拠点の反対側、ジュリエット側からも奇襲をかける別動隊三万がすでに出立しており、もう間もなく配置につく手はずになっている。
その奇襲のタイミングを決めるのはアスカだ。
先ほどは頭も下げられた手前返上することが出来ず受け入れた形にはなったが、やはり荷が重い。
はぁ、と重苦しい溜息を一つ吐いた後、気分を入れ替えようと空を見上げた。
イベント初日、雲一つない快晴だった空は、そのほとんどが雲に覆われてしまっている。
合間合間からは青空も見え、雲も薄く、日の光は差し込んでいる為戦闘に支障はないが、すっきりとした天気でないのは確かだ。
そんな愚図りかけている空を睨みつけていると、全体通信が聞こえてきた。
作戦開始を告げる、クロムの大号令だ。
《さて諸君。本日曇天なれども、風弱し。絶好の戦闘日和となっておる。昨日、ユニフォームで苦渋を味わった者も多く参加している今作戦。攻略の立て直しという意味でも負けるわけにはいかぬ。総員、死力を尽くし、眼前にある渡りの門を開け! これより、重要拠点ゴルフ攻略作戦を開始する!》
《うおおおおおおおおおおおおお!!!》
その大号令に呼応し、ランナー達が盛大に鬨の声を上げる。
同時に機動部隊が進軍速度を上げ、要塞までの距離を一気に詰める。
アスカもその動きに合わせ、フライトユニットの回転数をあげ、増速。
目の前のゴルフ要塞をセンサーブレードの索敵範囲内に捉えると、一気に敵の反応がレーダー上に表示された。
「事前情報通り、かなりの数だね」
『敵はまだ迎撃態勢を整えていません。今が好機です』
「先手必勝! いくよ、アイビス!」
昨日、アスカ達が最重要拠点ユニフォームを攻略していたのと同時刻。
上陸作戦に参加しなかったランナー達数万がポイント獲得のためこのゴルフ要塞に攻撃を仕掛けていた。
結果は要塞が今も健在であることから察する事ができるが、彼らも黙って返討ちにされたわけではない。
再度の攻略の際に要となる重要な情報をいくつも持ち帰っていたのだ。
そのうちの一つが敵の配置。要塞の壁の上に設置された複数の設置式重機関銃と、壁の前に築かれたトーチカ群だ。
昨日の攻略ではこの重機関銃とトーチカにより、壁に接触するだけでもかなりの被害を被ったという。
地上に埋め込まれるように築かれたトーチカのうちのいくつかは昨日の攻略部隊が無力化しているが、分厚い壁の上に築かれた重機関銃は手が出なかった。
これが健在な間は、機動力に秀でた部隊であっても容易に近付くことが出来ない。
アスカの最初の任務は、この重機関銃を沈黙させること。
その方法も、すでに目処が付いている。
「スモークグレネード絨毯爆撃!」
アスカは大きく旋回。一度海上へ出ると、要塞の壁の上空を沿うようにして飛行する。
そしてインベントリから取り出したスモークグレネードを狙いもつけず無差別に投下してゆく。
当然、上空を通過するアスカを黙って見過ごすモンスター達ではない。
だが、壁下の敵を攻撃する目的で設置された重機関銃は俯角は取れても仰角は取れない。
やむなくライフル銃や魔法攻撃でアスカを迎撃するのだが、その程度の攻撃はアスカの翼にはかすりもしない。
投下されたスモークグレネードは、モンスター達の対空射撃に撃ち落とされる事もないまま壁の上に弾着。
同時に周囲に大量の煙をまき散らし、周辺の視界を完全に奪い去る。
これでスモークが発生している間は壁の上からの攻撃はない。
「こちらリコリス1! 壁の上の機関銃の視界を奪ったよ!」
《了解した! 全騎、全速前進! 壁にとりつくぞ!》
応答したのはマルゼス。彼の言葉で機動部隊はその速度をさらに上げる。
だが、ここで敵も反撃の動きを見せる。アスカが任されたのは壁の上の重機関銃への対処のみ。
地上には今だ複数のトーチカが残り、進軍してくる機動部隊へ向けその砲口を向け、射程距離に入るのを待っている。
「敵、トーチカ群、射撃体勢! 大丈夫なの!?」
《それは対処済みだ! 防御隊、前へ!》
トーチカの射程に入る寸前。機動部隊に動きがあった。
今まで先頭を切っていたアームドホースの部隊が下がり、代わりに虎やライオンなどの猫型のビーストたちが全面に出てきたのだ。
《俺たちの見せ場だ!》
《簡単に抜かせはしないわ!》
《いくぞ相棒! お前の力を見せつけてやれ!》
その言葉を合言葉にするように味方機動部隊が光に包まれ、敵トーチカ群からは砲弾が放たれた。
アスカが味方へ弾着の警戒を促すが、機動部隊は進路そのまま。
降り注ぐ砲弾へ向け突っ込んでゆく。
対処済みとの話だが、昨日も嫌というほど味わった敵火砲の威力。
本当に大丈夫なのかと焦るアスカだが、トーチカから放たれた砲弾は機動部隊に直撃する寸前、光る壁に遮られ機動部隊に被害を出すことなく爆発した。
「す、すごい! 砲弾を防いだよ!?」
『猫科のみが装備できる、レイシールドと思われます』
《その通り! 猫科のパートナーを持つ奴には必ず装備させて、ランナーもメディックアーマーを身に付けて幾重にも重ねたレイシールドさ。これをぶち抜きたきゃ四六〇㎜砲でも持ってこいってんだ!》
マルゼスの言葉通り、トーチカからの砲撃は猫科のビーストたちが張ったレイシールドにより完全に受け止めることが出来ていた。
これは、昨日のユニフォーム上陸作戦での最後の抵抗時、駄目で元々の考えで張ったメディックアーマーのレイシールドが、予想に反し敵砲に対して極めて有効であったことを踏まえての作戦だ。
ランナーよりも大きな体と魔力を持つ動物達が使うシールド発生装置。
アームドビーストの顔周辺に取り付ける物であり、シールドは板状のシールド発生用ジェネレーターが展開することで発生。
さながらライオンのように見える、非常に魅力度の高い装備だ。
防御力は現段階で張ることが出来るシールドの中でも最上位。
それこそ、幾重にも重ねればトーチカに備えられた八八㎜砲でも貫通することが不可能なほど。
しかし、効果が無いからと言って敵からの砲撃が止むわけではない。
残存するトーチカ郡は絶えず砲撃を続け、機動部隊を執拗に狙う。
中には、運悪くシールドの切れ目に砲弾が入り、ダメージを負ってしまう者も出てしまうが、機動部隊の脚は止まることを知らない。
《ここまで接近すれば大丈夫だ! 全員散開! 各個にトーチカを制圧せよ!》
十分に接近したところで密集陣形だった機動部隊が散開。
様々なビーストに騎乗したランナー達が、次々にトーチカへ向け突撃してゆく。
基本的にトーチカには出入り口が存在せず、唯一内部が見えるのは砲身が出ている銃眼のみ。
だが、エグゾアーマー装備のビーストたちは臆することなく銃眼目掛け加速する。
決して大きくはない銃眼だが、動物や人が入れるだけの大きさはあるのだ。
狼や猫型の中でも、より小さい体格を持つものは銃眼から内部へ入り込み、制圧。
続けてマスターであるランナーが突入し重砲を破壊。
トーチカを完全に無力化する。
銃眼から中に入れない大型の動物をパートナーにもつランナー達は、あえてトーチカの射線上に出るとジグザグに動いてトーチカを挑発。
当然砲撃を受けるが、来ると分かっている砲撃ならば多少は躱しやすく、猫型のビーストが展開しているレイシールドでも防御可能だ。
こうして味方機動部隊は速度を落とすことなく次々にトーチカを制圧してゆく。
本来ならば要塞の壁の上にに配置された重機関銃により鉄の歓迎を受ける羽目になるのだが、肝心の重機関銃群は今だ濃い煙の中。
ほとんどが沈黙している。
中には往生際の悪く煙の中から闇雲に撃ってくるものもあるが、照準もままならない状態での射撃は高速で動く機動部隊に対し威嚇にすらなりえない。
その光景を上空から見ていたアスカ。
所々で進行方向やトーチカの動きを地上に伝え、進軍をサポートしていた。
「すごい! 圧倒的だね」
『しかし、モンスター達も黙ってやられるつもりはないようです。敵、来ます』
アイビスのその言葉に、慌ててレーダーを確認する。
すると、ゴルフ要塞のある一角にモンスター達が集中しているのが見て取れた。
それは今まさに機動部隊が攻勢をかけている壁の内側。
陸繋砂州と要塞内部を唯一行き来出来る巨大な門の前手前で、大量のモンスター達が出陣態勢に入っていたのだ。
「グオオオォォォォ!」
上空にいるアスカにも聞こえる、集合したモンスター達の大声。
盛大な鬨の声を合図に、重厚な門が開いて行く。
「敵騎兵、及び歩兵部隊、来ます!」
《こちらでも城門は確認している! 総員、接敵用意!》
解放された門から飛び出したのはエグゾアーマー装備の馬に跨る獣人達。
レーダーで把握するだけでも万に近い数を有し、後続としてオーガ、ホブゴブリンの歩兵部隊数万が続く。
対するこちらの機動部隊の数は5000しかいない。
圧倒的数的不利を目の辺りにしても、足を止めるランナーはいなかった。
ようやく見つけた大事な相棒との晴れ舞台。
ここで引いたら名が廃る。
敵を見て士気をさらに上げた味方機動部隊が、敵騎兵と正面からぶつかった。
当初、敵の数を見たアスカの脳裏には昨日の悪夢が思い起こされていた。
奇襲され、包囲され、なすすべなく壊滅してしまった味方部隊。
全滅を懸念したアスカは一時離脱を打診したが、マルゼス達はこれを拒否。
正面から突撃した。
10tトラックが正面衝突したかのような轟音が連続し、空にいるアスカにも聞こえてくる。
当たり負けてしまうのではないかと思ったその結果は、アスカには予想に反した物だった。
猪、牛型は自らの重量でもって獣人を馬ごと吹き飛ばし、猫型は鋭い牙で馬の喉元にかみつき、狼型はすれ違いざまに馬の足元を切りつける。
馬型に至っては馬上のランナーと獣人が槍でもってお互いに交差際で相手を突き刺すという、まるでジョストのような戦闘になっていた。
数では圧倒的不利だが士気ではこちらがはるかに上。
相棒と共に戦えるという精神的安心感もあって、ランナー達は鬼神のごとき活躍を見せている。
そして敵の歩兵部隊であるオークたちが機動部隊と騎兵の戦場に到達しようというその時。
こちらの要塞攻略本隊が主戦場に到達した。
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嬉しさのあまり八丈島空港から飛び立ってしまいそうです!




